どうだ明るくなったろう
こうなった私に、できないことなど何もありません。
風を切るように城内を駆け抜け、襲い来る兵士達をちぎっては投げ、ちぎっては投げの、まさしく一騎当千の働きでした。
はじめのうちこそ、トミエは凄い凄いと黄色い声を上げていたのですが、途中で「ん? もしかして勇者様、本気になればいつでもこれくらい戦えたんですか? 少し甘やかしすぎたかな……?」と余計な事実に気付きかけたため、あえて苦戦しているかのような演技を加えながらの、激戦でした。これはもはや、自分との戦いと言えるかもしれません。
やがて、兵士たちの顔に諦めの色が浮かび始めた頃、一際大きな扉が見えてきました。家柄を自慢するかのように、くっきりと北条家の三つ鱗が刻印された、観音開きの扉。川端家は金は無くとも武士の家系、と暗に自慢しているかのようで、見ているだけで腹が立ってくる紋章でした(我が津島家は、財力こそ県内屈指の規模を誇っていましたが、所詮は成り上がった地主に過ぎないため、血筋の高貴さとなると微妙なところで、つまり、的確に私のコンプレックスを刺激してくるのです)
「水上温泉」
ノックするのも癪なので、水魔法で扉を吹き飛ばしてみると、穴の向こうから、
「いらっしゃい」
と声がしました。
玉座に腰かけた、川端と目が合います。
「そろそろ、来る頃合いだと思っていました」
魔王の名にふさわしい、悠然とした身のこなしで、川端は立ち上がります。
「……私の門下に下りに来た、という雰囲気ではなさそうだ」
「貴方を終わらせに来たのです。それがお望みなのでしょう?」
「……」
「ここに来てから、何度も自殺未遂をしたと聞きました」
顎に手をやりながら、川端は答えました。
「私がただ、盲目的に死にたがっていたとでも思うかね」
なお、トミエは容赦がないので、会話の最中だというのに遠慮なく槍を投げつけたのですが、川端が最小の動きで回避したため、天井付近に深々と突き刺さり、取れなくなってしまったようでした。
武器を喪失した以上、トミエには解説役に回ってもらうことになりそうです。
「太宰君も、心当たりがあるのではないかな。自殺未遂をするたび、強くなるのを感じたでしょう」
「それがどうしたというのですか」
「全ての召喚勇者は、自殺防止の加護がかかっている。過去、呼び出された勇者が、この世界に馴染めず、首を吊る事故があったようでね。それ以来、自害を試みると強制的に蘇生され、耐性が引き上がるようにされたのだ」
衝撃の真実でした。なんと、私が死ねないのは、魔法による加護が理由だったのです!
「馬鹿な……僕はてっきり、子供の頃からいいものばかり食べてきたせいで、体が丈夫になったのだとばかり……」
食べ物にそこまでの力はありませんよ、と川端は首を横に振ります。
「つまり貴方は……強くなるために、あえて自殺を繰り返していたと、そう言いたいのですか」
川端の口元が、幽かに笑みを作るのが見えました。
どこか挑発的な微笑でした。
「僕には、貴方がそんなちんけな人間だとは思えないのです。確かに貴方とは、何度も対立してきた間柄だ。けれども、とても力に溺れるような男だとは……」
「これを」
言いながら、川端は懐から一枚の紙を取り出しました。
繊細な筆遣いで、「芥川賞」と書かれているのが読めました。
「どうする、太宰君。今ここで私に忠誠を誓うというのなら、この場で芥川賞作家にしてあげても良いのですよ」
「貴方は……どこまで僕を幻滅させれば……っ」
背後では、トミエがハツコに向かって、「隙をついて魔王を噛み殺してくだサーイ」と言い聞かせているのが聞こえます。
「もう、迷わないと決めたのです」
「……」
川端は、紙を破り捨てる動きを見せました。
「あっ、待って」
「やはり欲しいのではないですか」
「いや、違う。今のは何でもないんです。そ、そんな紙切れ、これっぽっちも欲しくない。煮るなり焼くなり、好きにすればいいじゃないですか」
「なら焼くとしましょう」
「あっ」
川端の手元で、芥川賞に火が点けられました。
真っ白な紙が赤々と輝き、やがて黒ずんでいく様を、震えながら見つめます。
「どうだ明るくなったろう」
「川端ぁ!」
それが開戦の合図でした。




