にょぜがもん!
自殺を決意した人間は、戸締りなどどうでもよくなる、死体を早く見つけてほしいあまり、わざと鍵を開けておいたりするものだ、と深く頷きながら、城の奥へと進みます。
そうして、二回ほど廊下の角を曲がったところで、兵士の集団と遭遇しました。兜の下からは、見目麗しい、エルフの顔が覗いています。彼らは、川端の真意など知る由もないようで、私たちの姿を見ると、一斉に切りかかってきました。
魔法の名手である私に、刃物で挑んできたのです。愚行、としか言いようがありませんでした。当然、剣が届くより早く、私の水魔法が命中しました。鎧がひび割れ、まだ少年の気配を残した悲鳴が、あたりに響き渡ります。
しかし、エルフの青年たちは、負けるとわかっていながら、なおも立ち向かって来るのでした。魔王様万歳、魔王様に栄光あれ、と叫びながら、無謀な突撃が繰り返されます。
これではまるで、……と悲しいものを連想せずにはいられませんでした。
「胸に手を当てて、考えてみたまえ。川端が、こんな戦法を望むと思うかね」
もっとも、戦時中の川端は、特別攻撃隊を賞賛するような文章を書いているので、本当のところはよくわからないのですが。
「我らの忠義を愚弄するか!」
エルフの若者たちは、そんな風なことを叫ぶと、またも挑みかかってきました。
私は、もはや言葉でどうこうできる段階ではないと悟ると、魔法を一発ずつみぞおちに打ち込んで、速やかに意識を奪い取ってやりました。これが、一番穏便な解決策だと思ったのです。
「命知らずですネー……」
呆気にとられたような顔のトミエに、尋ねます。
「惨い戦い方だ。エルフの戦とは、いつもこんな感じなのかね」
「まさか。森の中をひらひら飛びながら、弓矢でチクチクやるのがエルフ流ですよ。よく言えばヒットアンドアウェイ、悪く言えば蚊みたいな戦闘スタイルです」
「蚊」
しかし、目の前の若者たちは、どう見ても勇猛果敢な猪武者でした。川端にかかれば、昆虫が猪になってしまうというのでしょうか。川端は、己に心酔した青年たちが、命を散らすような戦法を取ることを、どう感じているのでしょうか。
私は、川端が新聞に寄稿した、特攻兵器を賞賛する記事を思い出していました。あれは、嫌々書かされたものなのか、それとも進んで書いたものなのか、……志賀直哉の推薦を受けて、ほいほいと海軍報道班員になったのを見るに、乗り気だった可能性はもちろんあります。それなのに、戦後は一貫して、最低限の戦争協力しかしなかった、という面で通しているのですから、私などはその二面性に、呆れ返った覚えがありました。
私は、自分が戦争に反対しなかったことを、素直に認めています(この点に関しては、文壇の誰よりも潔いと自負しています)別段、軍国主義者というわけではなかったのですが、時代の空気に流された、愚かな大衆の一人だったのです。けれども、戦後の、善悪が入れ替わった社会にだけは、絶対に流されてやるものか、と決めたのでした。
本当に、今の世の中はひどい。あれほど軍部に媚びていた文壇が、手のひらを返したように軍人を悪者扱いするのです。皆、あの戦争を支持していたくせに、まるで無理やり従わされていたようなふりをするのです。いくら何でも、あんまりでした。あさましいなんてもんじゃありません。
だから私は、戦後のあらゆる権威を否定するのです。もう、何とか主義だとか、修身教養的な道徳だとかは、いっさい信じないことにしました。そうして、そんなことを続けているうちに、人々は私を、無頼派と呼ぶようになりました。他の多くの作家のように、民主主義万歳、おれは最初から負ける戦争だとわかっていた、これからはアメリカと仲良くやっていこう、とでも言えたら、さぞや生きやすかったのでしょうが、それだけはしたくなかったのです。というより、できなかったと言った方が正しいかもしれません。
私と比べれば、川端は随分と器用に世の中を渡り歩いているように見えます。あれほど繊細な文章を書く男が、まるで政治家のような処世術を持っているのは、まったくもって不可解でしたし、失望したのも事実です。
私は、第三回芥川賞で、川端に長文を送りつけ、賞を与えるよう懇願しました。見殺しにしないでください、とまで書いたのに、冷たくあしらわれてしまいました。無論、当時は激しく憎みましたが、同時に、地主の息子である私に、まるで媚びようともしない態度に、潔癖さも感じていたのでした。この男には、津島家の威光など通用しない。心のどこかで、見上げた男だ、と思っていました。
そして、そんな川端だからこそ、「女生徒」を絶賛してもらった時は、嬉しかったのです。
かつて、私の前に立ちはだかった壁が、ようやく私の作品を認めてくれたのだから、そりゃあもう、飛び上がるほど喜びました。
なのに、その川端が、卑しい俗物作家と化してしまったのです。よりによって志賀なんかとつるんで、醜く世の中に媚び、べろべろと権力の靴底を舐め始めたのです。
許せませんでした。そんな川端は見たくありませんでした。
あげく、今では魔王を名乗り、ひょっとしたら、若者に自滅めいた作戦を命じているのかもしれないのだから、手の施しようがありません。
どうしてなんだ、川端。
なんで、あのままでいてくれなかったんだ。
いいさ、お前がそのつもりなら、
「僕が、引導を渡してあげよう」
魔王を終わらせるのは、勇者の仕事。
いっさいの迷いが消えました。
更新が滞ってしまって、申し訳なく思っております。書くのをやめたとかではないのです。腸出血を起こして、病院に担ぎ込まれてしまったのです。大丈夫です。ちゃんとやる気はあるので、ご安心ください。決着の着くところまで、必ず書き上げます。




