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穂麦の短編

アイアンクローから始まる幼女との日常 ~ハネムーン言うな!~

作者: 穂麦

 世界の3分の1を支配するラヴァール帝国。

 その第3皇子として生まれた。


 人生勝ち組じゃん!

 などとハシャいでいた自分をぶん殴ってやりたい。


 そうか。

 帝国の繁栄には、このような裏があったんだな。


 魔法陣から放たれる光に感じるのは、清らかさを感じる神聖さ。


 部屋の色すら白く変える光量は、目を閉じたくなるほどの物であるハズ。

 しかし目に痛みがないどころか、癒されている感じすらある。


 これは、帝位の継承権を持つ者が17歳となると同時に行われる儀式。


 偉大なる力と素晴らしい人格を得ると聞いていたが、こういう裏があったのか。


 眩い光が収まらない部屋。

 そして俺にアイアンクローをかまされている黒い影。


 前世から時折あった。

 変な物を見ることが。


 時折しか見えなかった上に、誰かに言ったとしても信じてもらえないことは簡単に想像できた。


 だから誰にも伝えなかったのだが。

 そんな役に立たない特技が、死んだ後に役立つとは。


 いや。

 それとも俺が、既に前世という異物と混ざっていたのが原因なのか?

 取り憑かれるのを防げたのは。


 魔法陣が光を放つと共に現れたこの影は、決してよい物ではない事が分かる。


 出現と同時俺に突進してきたコイツ。

 それを防ごうとしたら、コイツの顔がスッポリと手の中に収まってしまった。

 結果、アイアンクローをかます形になっている。


 だが俺の魔力程度で取り憑くのを防げたのだ。

 この黒い影は弱いのかもしれない。


 ──さて、どうしようか?


 思わず防いでしまったが、どうするべきか判断がつかない。

 幸いにも儀式に立ち会っている神官たちが、チラチラこちらを見ているが黒い影は見えていないようだ。


 アイアンクローをかましている俺の様子は、右手を上げているようにしか見えているのだろう。


「手をお下げください」

「あ、ああ」


 そっと後ろから声を掛けられたが、この黒いヤツをどうするべきか──とりあえず簡易的な重力魔法を掛けてみるか。


『ぶへっ』


 効いた。

 悪霊っぽいのに重力の影響を受けるんだな。

 更に不思議な事に、地面に叩きつけられると同時に縮んだ。


 ワンピースを着た幼女のような姿。

 もっとも黒い影のままだから輪郭がそう見えるだけだが。


 しかし、このまま重力魔法を続ける力など俺にはない。

 かといって逃がせば取り憑かれかねない。


 どうするべきか考えたが、アイアンクローのときと同じ要領で抑え込めないか試す事にした。


『むぎゅっ』


 魔力を足に纏わせて頭を踏んでみる。

 成功だ。


 変な声が聞こえたが、周りに聞こえていないようだから問題はない。


 それに俺の服も神官達と同じく足が隠れるようになっている。

 だから踏んでいる様子は見られないハズだ。


 しばらくするとバタバタ暴れ始めたが、踏む力を少し強くするだけで静かになった。


 *


 聞いた話によれば、俺の儀式は通常よりも長く時間が掛ったとのことだ。

 取り憑かれなかったせいなのだろう。


 それでも光は収まり、一応は儀式の終わりを告げられた。

 成功したと評価されたようだ。


 で、あの黒い影なんだが──。


『いやーーーーーーっ!!』


 仕方がないので、連行することにした。


 頭を踏んでいた足を除けると、すぐに取り憑こうと襲いかかってくるのだ。

 しかも他のヤツは姿を見ることすら出来ない。

 だから俺の手で連行するしかない。


 重力魔法で地面に押さえつけられた黒い影。

 それをつま先よりも伸びた髪の毛らしき物を手で引っ張っている。


 床に寝っ転がる幼女の髪を掴んで引きっている。

 これが周りから見えた場合の状況。


 事案だ。

 地球であれば、すぐにお巡りさんを呼ばれたことだろう。

 もしくはSNSに写メが投稿され、俺の住所や電話番号が公開されたかもしれない。


 しかし周りからは見えないから問題はない。

 それに幼女とはいえ影でしかないのだ。

 罪悪感など皆無。


 しばらく引き摺り、ようやく目的の場所に到着した。

 幼女の影はグッタリしている。


「頼んでいた物を取りに来た」

「はっ、ご案内いたします」


 儀式が終わってすぐに頼んだ物は、既に用意されているようだ。


 案内されて部屋に入っていく。

 中に置かれているのは拷問器具や不気味なオブジェばかり。

 ここは呪いの道具を保管して置く場所。

 通常は封鎖されている。


 だが一部の品は、皇族であれば簡単な手続きで受け取れる。

 先程の儀式を終えた者であればだが。


「いくつか種類があるのか」


 部屋の奥。

 案内された先まで行くと、そこには7種類の首輪が置かれていた。


「隷属の度合いや、対象がどのような存在かで使い分ける必要がございますので」

『へっ』


 俺がやろうとしていることを理解したのか。

 幼女の影が逃げ出そうとしたので、とりあえず頭を踏みつけておいた。


「対象は悪霊や悪魔のような実態の無いヤツで……普通は姿が見えない黒い影のような存在。この条件の首輪はあるか?」

「ええ。でしたらコチラがよろしいでしょう」

『ぃやーーーー』


 差し出されたのは、チョーカーのような細い首輪。


 幼女の影は理解したようだ。

 これが隷属を強いる首輪であると。

 全力で逃げようとしている。


 もっとも頭を踏みつけられた状態であるため、手足をバタつかせることしかできていないが。


「ありがとう」

「は、はい」


 案内してくれた者に礼を言うと恐縮されてしまった。

 皇族が礼を言うなんて滅多にない世界だからそのせいだ。


『やーーーーーー』


 頭を踏みつけられ、手足をばたつかせる幼女の影に目を向ける。

 すると己の未来を悟ったのか、なおいっそう手足のバタツキが激しくなった。


「諦めろ」

『悪魔ーーーーーーーっ!』


 首輪をはめる瞬間、悪魔っぽい幼女に悪魔呼ばわりされてしまった。


 この隷属の首輪。

 名前の通り、はめた相手を奴隷とする魔法道具。

 意思の消える物もあるが、今回使ったのは行動を制限すだけのタイプ。

 それ以外の効果はないハズであったが──。


「……これは」

「ほう」


 首輪をはめた途端、黒い影に色がつき始めた。

 ただの影であったにもかかわらず美しい少女に──いや、どうみても幼女だな。


 黒いワンピースを着た5~6歳ていどの幼女。

 顔はうつ伏せになり、地面とキスしているので分からないが。

 それにしても頭が悪そうな姿勢だな。


 しばらく眺めていると、幼女が起き上がった。


 そして服に付いたホコリを、ポンポンと手で払う。

 先程までは騒がしかったのに、まったく喋ろうとしないのが不気味だ。


 重い沈黙。

 俺達は幼女の様子を黙って見守る。

 ようやく顔を上げると、あまりにも整い過ぎるほど美しい容姿に思わず声を漏らしてしまった。


 容姿のせいか、所作の一つ一つすら美しく思える。

 コチラに歩いてくるのは分かったが、見惚れているため何も言えない。


 ようするにだ。

 完全に油断していたということだ。


 幼女はトコトコ歩いて来て──


「ていっ」


 ──すねを蹴りやがった。


 的確に攻められた急所。

 足の奥深くにまで響くかのような鈍痛。

 蹴られた個所を押さえて、思わず座りこんでしまった。


 だが俺とて皇族。

 護身の技は身につけている。


 思わぬ攻撃であった。

 だが、すでに反撃へと移っているのだ。


 反射的に伸ばした手。

 それが掴んだのは幼女の顔面。


「痛い、痛い、痛い!」

「元気で安心したよ」


 幼女の顔をキッチリと掴んだ状況で行うべきは一つしかなかった。

 それすなわちアイアンクロー。


「こめかみに指が入って痛いから! ねえ! ねえってば!!」

「クックック。とつぜん耳がおかしくなってねー。君が何を言っているのかサッパリ分からないよ」

「絶対に聞こえているでしょーーッ。痛いってばーッ、バカーーーーーッ!!!」


 この日から、俺と幼女の日常が始まった。


 *


 ~幼女との日常1日目(儀式の翌日)~


 ラヴァール帝国の皇帝は、代が変わろうとも常に公明正大な賢君であったとされる。


 良き君主に恵まれた国。

 優れた統治で繁栄してきた大国。

 これが帝国に対する他国の評価。


 あの儀式を境に人格が変わることは他国にも知られている。

 だが、まさか皇帝が変な物に取り憑かれているとは。


 国のために何かに取り憑かれて、本来の人格を失う。

 これでは生贄のような物ではないか。


 自分の置かれた状況を知らず、勝ち組などと浮かれていた自分が恥ずかしい。


「それとって」

「ほら」


 幼女を拾い部屋で飼うことにした。

 皇子である俺にジャムをとらせるあたり、コイツの図々しさと馬鹿さ加減は推し量れない物がある。


「昨日の儀式について少し聞かせろ」

「それが人に物を頼む態度な「チョコをやろう」何を聞きたいの?」


 あっさりと手の平返しをする辺り、かなりいい性格をしているのがうかがえる。


 図々しく、馬鹿で、いい性格。

 こんなのに体を乗っ取られていたらと考えると──。


「お前は悪魔や悪霊の類なのか?」

「うーん。どっちも近いけど違う」


 一言だけ答えると、すぐさまジャムタップリの食パンに齧りつく。

 食い意地も張っているのか。


「じゃあなんだ」

「こっちの世界の言葉だと説明しづらいけど……違う世界の一部?」

「よくわからん」

「私もよくわからない」


 無理やり解釈をするのなら、違う世界が切り離されて取り憑くということだろうか?

 実際は細かな点で違うのだろうが。


 これ以上聞いても答えは出ないだろうから、別の質問に移ろう。


「お前らは悪魔をどう定義するんだ」

「聞きたいのは、私と悪魔の違いっていうこと?」

「そういうことになるな」


 考え込む幼女に、さらにチョコを渡す。


「私は世界の一部で、悪魔は生物。私は全体で、悪魔は個体」


 よく分からん。


「違う物っていうことでいいのか」

「そう」


 ”コレは全体で悪魔は個体”

 なら悪霊の類とも違うわけか。

 憶測でしかないが。


「次の質問だ。お前らが取り憑いた場合、取り憑く前の状態に戻せないのか?」


 前世の記憶があった上に、接触すら滅多になかった。

 だから皇帝や兄弟、母に情など無い。

 それでも一応は身内だ。

 戻せるのなら何とかしたい。


 少し幼女は考えていた。

 何かを思いつくと、ジャムを紅茶に入れて混ぜ始めた。

 せっかく淹れた紅茶にイタズラをされて、メイドさんの目が鋭くなったが全く気付いていない。


 しかし、見ているだけで胸焼けをしそうだ。


 いくらなんでもこの量だとな。

 紅茶のかさが明らかに増えている。


「これジャムと紅茶に戻せる?」

「無理だな」

「そういうこと」


 儀式を行うと混ざってしまうのか。

 この答えで、スッパリと元に戻すのは諦められた。


 答えを聞いただけで諦められる辺り、家族に全く情が無かったのが分かる。

 我ながら何とも薄情なヤツなんだろうか。


「うまうま」


 さっきジャムと混ぜた紅茶をおいしそうに飲む幼女を見て思う。


 下手をすれば、俺はコイツと混ざっていたのか。

 本当に防げて良かったと思う。


「体に良くないぞ」

「ふっふーん。人間じゃないから大丈夫。たぶん」


 隷属の首輪が干渉して人間の姿になっているが、実際は幽霊みたいな感じなんだよな。


 いま外したら、あの姿に戻るのだろうか。

 それともこのままなのか。


 気にはなるが、また取り憑こうとされても面倒だ。

 やめておこう。


「あっ、おばさーん。クッキーおかわりー」


 一瞬。

 メイドさんの方から、冷気が流れてきたような気がした。


 コイツ。

 平然と地雷を踏みに行きやがる。


 呼ばれたメイドさんと接するのが少し怖い。

 だが、テーブルの上に置かれたベルを鳴らし結界を解く。


 これは一定以下の声が外に漏れないようにする結界。

 だが非常時には大声を出せば、周囲に聞こえる。

 そのような場合には、無理やり結界の中に入ってくるが壊れてしまう。

 すると、とんでもない修理費用が必要になるのだとか。


「バカで済まないな」

「いえ。これも仕事ですから」


 小声でフォローを入れるも、これだけでは足りそうもない。

 後で何か差し入れでもしておこう。


 メイドさんが離れると、再びベルを鳴らして結界を貼る。

 儀式の内容を外に漏らすわけにはいかないからだ。


「これが最後の質問だ」

「うーん?」


 口一杯に食パンを頬張った幼女。

 飲み込むのを待ち、最後の質問をする。

 それにしても、まさか皇子である俺が待たされる日が来るとは。


「お前の名前って何だ?」

「えー知らないのー?」

「知っているワケがないだろ」


 どうでもいいから後回しにしていたが、なんで知っている前提なんだ。

 っつうか、心底バカにしたような瞳がムカつく。


「私に名前なんてないよ」


 コイツ。

 名前が無いのに俺をバカにしたのか。


「名前が無いと不便だからな。名前を決めてくれ」

「名前って、あんまり詳しくないから決めて」


 いい加減なヤツだ。

 一瞬、あのメイドさんと同じ名前にしてやろうかとも思った。

 だが面倒事になる未来しか見えない。


 若い皇族が名前を付けて、それが貴族令嬢の名前だと面倒な事になるんだよな。


 ”あの人を想っているからこの名前にした~”だとか変な噂が立ってしまう。


 そうだなー。

 いっそのこと、地球で馴染みの深い名前にするか。


 和風の名前っていうのは、コイツの髪色を考えると違和感しかない。

 かといって外国の名前も詳しくはない。


 だったら地球のメディアでよく出た──


「アリス」

「ん? アリスね。うんアリス。今日からアリス」


 ──いつの間にか思考が口から零れていた。


 ぞんざいな感じではあるが、アリスという名に文句はないようだ。

 考えるのも面倒だし、もうこれでいいだろう。


 *


 ~アリスとの日常3週間目~


 黒いワンピース。

 それがアリスの普段着。


 例え城の中とはいえ、素材が良いためこれで問題はない。

 だが、式典などでは通用しない。


 コイツを正式な場に出してヤル気はないが。

 それでも皇族である俺の側に置くのだ。

 形だけでも礼装を用意する必要がある。


「ふふーん」


 大きな鏡の前で、ドヤ顔を決めるアリス。


 そうしたくなる気持ちも、認めたくはないが分かる。

 本気で悔しいが。


 フリル多めの白いドレス。

 このようなドレスは、服ばかりが目立つものだ。

 しかしアリスは顔が過度とも言えるほどに整っており、むしろドレスよりも目立っている。


「お前が普段着ている服に合わせて黒にしても問題はない。だが帝国では礼服の基本は白だ。無意味に基本を外す必要はないからドレスは白にした」


 感謝の言葉が全く出てこない。

 ドレスの説明をしようとも、その様子から全く聞いていないのも分かる。

 先程からずっと鏡に映る自分に夢中だ。


 コイツ。

 誰が金を出したと思っているんだ。


 使ったのは税金なんだが、俺に当てられた予算なのだ。

 少しくらい怒る権利はあると思う。


「なあ、アリス」

「えっ、な、なに」


 鏡の前に立つアリスを後ろから抱き締めると、徐々に手を移動させ太腿ふとももへ。


 状況を理解できず、身を強張らせるだけで何も出来ない。


「本当にキレイだ」

「あ、うん。ありが……ぇっ」


 やがてワンピースの裾にまで手が届くと、腰に手をまわして抱き寄せた。

 子ども特有の滑らかな肌に高めの体温。

 

 予想だにしないスキンシップを図られ、困惑するアリスの顔。

 鏡に映ったその表情は、あまりにも滑稽すぎて俺の加虐心に油を注ぐ。


「こんなにキレイなら、二次性徴を迎えていなくてもイケる気がするんだ」

「………………!」


 しばらく考え、ようやく言葉の意味を理解したのか。

 抱き止めた腕にアリスの緊張が伝わってきた。


 震え強張る体から、本気で身の危険を感じていると分かる。

 そんなアリスの様子に、思わず口角が上がった。


 だが、このまま言葉だけというのは詰まらない。

 もっと面白く。


 ああ、そうだ。


 異常な高揚感に、もはや自分を止めるという選択肢はない。


 いけないと分かっていた。

 だが衝動のままアリスの頬へと口を近付け──ペロッ。


「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃいやーーーーーーーーーっ」


 頬を一舐めすると、アリスの感情が爆発した。

 怒りにまかせ俺の腕から逃れると、彼女は反撃を開始する。


「変態、ド変態、ロリコン、人間のクズ!!!」


 俺の腕から脱出すると同時に、顔を真っ赤にしてポカポカ叩いてくるアリス。


 もちろん幼女の力で叩かれても全く痛くない。


 なんとも面白い存在なのだろう。


 *


 ~アリスとの日常2ヶ月目~


 世界の3分の1を支配するラヴァール帝国。

 だが圧倒的な軍事力を有しているというわけではない。

 確かに周辺の国よりもは軍事的にも強い。だが、それ以上に食料事情が良好なのが大きい。


 世界にはマナと呼ばれるエネルギーが巡り、このマナによって植物が育つ。


 他の国は、このマナの巡りを遮る魔柱石と呼ばれる結晶が発生しやすい。

 更に魔柱石は育ち、マナを完全に断つ程になるとモンスターが発生し始める。


 帝国は運よく、この魔柱石が発生しにくい土地であった。


 もっともそれは国土が広がる前の話。

 他国の土地を奪ってきた結果、今は他の国と同様に魔柱石の悩みを抱えている。

 俺もまたこの件で悩みを抱えるハメになった。


 ──どうしよう。


 ウチの馬鹿。

 もといアリスがやらかしてくれた。


「話を聞こうか」

「えっ、えっ、え?」


 部屋に戻り、テーブルを挟んで座るもアリスは状況を理解できていないようだ。

 アホ面が更に酷いことになっている。


「お前が畑にした土地から拾ってきた、黒い宝石について教えてくれ」

「あげないよ」


 抱えるように持つ黒い宝石を、隠すように腕で覆っている。


「取ろうなんて思っていないさ……アレを持ってきてくれ」

「はい」


 指示を出すと、控えていた兵士が動く。

 そして持ってきたのは、金細工を施された赤い箱。


「この中に保管しておくといい」

「いいの!?」

「お前のために用意したんだからな。受け取ってもらえない方が困る」


 ──お前のために用意した。


 嘘はついていない。

 物置きと化している部屋から、不用品を”お前のために”引っ張り出して用意したのだから。


 3時間前に手に入れた石を入れる箱を、こんなに早く用意できるハズが無いのに。

 気付かない程のバカで良かった。


「仕舞ったのなら質問に答えてくれ」

「なんか言った?」


 コイツ。

 皇族をなんだと思っているんだ。

 宝石箱に入った黒い石を眺めたまま、全くコッチに注意を向けようともしない。


 そして俺の護衛騎士と専属メイドよ。

 生温かい視線を向けるのはやめろ。


 お前ら1週間もせずアリスに懐柔されやがって。


 それに知っているんだからな。

 このバカを陰で餌付けしていることを。


「上手に説明できたら、今日のティータイムに俺の分の甘味(かんみ)もくれてやる」

「さあ、なんでも質問なさい」


 食欲に支配されやがって。


 まあいい。

 バカの御し方が分かったのだ。

 これからはこの手でいこう。


「その宝石はイルマ植物園で手に入れたと聞いているが間違いないか?」

「あそこがイルマ植物園っていうところかは知らないけど、草がたくさんある所で見つけたのは確かよ」

「どうだ?」


 視線を護衛騎士に向けると頷いていた。


「ふむ」


 こいつが手に入れた黒い宝石は魔柱石。

 時間と共に成長し、やがて巨大な柱となる。


 だが成長途中の魔柱石はエネルギーでしかない。

 なんらかのキッカケで結晶化することはあるが、それはあくまで例外だ。

 基本的に成長途中の魔柱石は、地面から取り出す事は出来ない。


 これが公式の見解となっている。

 だが報告によればアリスは──。


「その石は魔柱石っていうんだが。報告書にはソイツのある場所までまっすぐに歩いていったとある。これは地面の深くにあるハズだった魔柱石の場所が分かっていたからか?」

「モワ~っていう感じでなんかありそうで、近くでエイッてやったら出てきたの」


 ドヤ顔で説明している。

 だが表現に擬音が多過ぎる上に抽象的すぎて理解できない。

 やはりバカとの会話は疲れる。


「もう一度、同じことは出来るか?」

「うーん。分かんない」


 肝心なところは分からなかったが、今はこれで十分か。


「リグル」

「はい」


 護衛騎士であるリグルを呼ぶと、すぐに側へとやってきた。

 アリスにほのぼのとした目を送っていたので、仕事を忘れているのではと心配だったが大丈夫だったようだ。


「アリスに魔柱石の影響を受けていると考えられる土地を周らせる。後で上に掛け合って護衛をする騎士を決めるように伝えておいてくれ。ただし今回の件が必要以上に漏れないように注意をしろ」

「ええ~」


 バカでも分かったようだ。

 面倒な外回りをさせられることが。


「その土地の料理を好きなだけ食べる許可をやる」

「がんばる!」


 鼻息荒く了解をしたアリス。


 なぜだろう?

 コイツがやる気を出すほど心配になるのは。


 *


 ~アリスとの日常4ヶ月目~


 皇族には仕事がある。

 主に書類仕事が。


 皇子にも執務室が与えられており、とうぜん俺にも用意されている。


 今日もまた書類との格闘中だ。

 もっとも帝国では仕事の整理がしっかりとなされており、皇族の権限が必要な書類のみが俺の所まで上がってくる。

 このため、普段はハードスケジュールというわけではない。


 そう普段はな。


 しかしトラブルがあれば話は別だ。

 一気に忙しくなる。


 例えば、今回のように小さいとはいえ内乱があったなどすると──。


 しかし空気の読めないバカは、どこにでもいるものだ。

 例えばアリスとか。


 アイツ。

 俺がいつも暇だとでも思っているのだろうか?

 定期的に俺の仕事場に飛び込んできやがる。


 今回もいつも通り。

 だから珍しく忙しいのでイラっとはしたが、適当な甘味(かんみ)を与えて部屋に返す──そのハズであった。


「すごいでしょ!」


 部屋のドアを勢い良く開けたアリス。

 壊すつもりかと苦情を伝えようとした瞬間、時間が止まった。

 この部屋にいる誰もが、同じように感じたと思う。


 激しく開けられたドアへと目を向けると、そこには信じられない程に美しい女の子がいた。


 メイド服を着た少女。

 彼女は、14~15歳くらいか。


 流れるような銀色の髪に勝ち気な笑み。


 それは幼ない笑顔。

 しかし僅かにのぞく大人の表情。

 少女と女の境目とも言える危うさを孕んだ美しさに、思わず心を奪われてしまった。


 これがいけなかった。


「ふっふーん。美少女過ぎて言葉も出ないんでしょー」


 一気に現実へと引き戻された。

 感動は冷め、いまとなっては得意げな顔にムカつくだけ。

 普段はこの程度であれば何とも思わないんだが、久しぶりに仕事が過剰と言えるほどあったせいかもしれない。


 この瞬間、我に帰った俺は目の前の少女が誰なのか理解できた。

 アリスだと。


 もう少し良い夢を見せて欲しかった。

 まさか正体が分かっただけで、ここまで心が冷めてしまうとは。

 今はドヤ顔のアリスに対して、ムカつく気持ちがあるだけだ。


「なんでエプロンドレスを着ているんだよ」

「他に服が無かったからよ」


 やはり無意味なドヤ顔。


 似合っているんだがな。

 とんでもない程に。


 だがアリスというだけで色々と台無しだ。


「あー、アリス。チョコをやるから、そこにある絵の横に立ってもらえるか?」

「ん、ここ?」


 アリスが立った斜め横上にあるのは薔薇の絵。


「そのままでいろよ」


 ちょうど息抜きが来てくれた。

 息抜きといっても、するのは八つ当たりだが。 


「えっと……目が怖いんだけど」


 いわゆる壁ドンに、体を一瞬だけ震わせたアリス。

 だが発した言葉が表したのは、恐怖ではなく戸惑い。

 

「なあアリス」


 壁を背にしたアリスに逃げ場はない。


「ほら。約束のチョコだ」

「え……と」


 チョコを口元に差し出すも、戸惑う事しかできない。


「ほら。口を開けないと食べられないだろ?」

「う、うん」


 ようやく観念したか。

 頬に熱を帯びさせながらも口を開けた。


「ほら」


 小さな口にチョコを入れると、素直に受け入れた。

 そんなアリスの従順な様子に、イタズラ心が芽生えてしまった。


 チョコを口に含ませるた手で、小さな唇を撫でる。

 だが驚くも、アリスが大きな声を上げることはない。


 当然だ。

 口にチョコを含んでいるのだから。


 なにも出来ない様子のアリス。


 その様子に、さらにイタズラ心が刺激される。

 顔を近づけた。


 キスをされるとでも思ったか。

 目を強くつむり顔を逸らすも、やはり声を上げることはない。


 どこまで食い意地が張っているのだろうか?


 イタズラ心とは違う想いが頭を過った。

 すると胸の奥に湧き出てきた、先程までとは違う温かな感情。

 その感情と共に冷静になった。

 なってしまった。


 ──どうしよう。


 壁ドンをされて動けない状況のアリス。

 そして相手は顔をそらしているが、キス寸前まで行っている俺の姿勢。

 周りの人間も、俺を止められる権力を持っているやつなどいない。


 このまま無かったことには出来ない。

 それは、なんか色々とダメな気がする。


「……デューク」


 よりにもよってこのタイミングで、顔を向き直しやがった!


 瞳を潤ませた美少女に、儚げな声で名を呼ばれグラッと理性が揺らいだのを感じた。


 その後は衝動のまま動いていた。

 徐々にお互いの顔が近づき、やがてアリスの温かな吐息が唇に触れる。


 そのまま唇を──


「次はチョコを口移しで食わせるからな」


 ──唇を避けて鼻の頭にキスをした。


「ぇっ」


 あー。

 顔が熱い。


 変な気分になってやり過ぎてしまった。


 ようやく理性を取り戻すと、周囲が騒がしくなっていることに気づいた。


 アリスが開けっ放しにした扉の向こう。

 仕事部屋の前を偶然通りかかったメイドさんが”キャ~”と嬉しそうな声を。


 とてもではないが、そちらに視線を向ける勇気はない。


「きゅ、休憩にするぞ」


 仕事を手伝わせていた者たちに、無理やり休憩をとらせることにした。


 本来であれば、仕事が多くて無駄に休憩などしている暇はない。

 だが誰も俺を止めることはなく、そのまま部屋から逃走することに成功した。


「うぅ~~~~」


 背を向けた部屋から、アリスの唸り声が聞こえた。


 その声が焦りを加速させ、俺の足を早める。


 頬が熱い。

 この顔を見られるわけにはいかない。


 自分の仕出かしたこと、俺の邪な想い。

 なによりも本来の幼女姿のコイツを思い出して感じた”なんちゅう想いを抱いているんだ!”という自責の念。


 きっと気の迷いだ。

 一緒にいて面白いから、その気持ちを勘違いしたんだ。


 自分にそう言い聞かせるも、頬の熱さが消えることはない。


 恥ずかしい気持ちから逃げたく、つい歩みを早めてしまう。

 部屋がどんどん遠ざかっていく。


 そのまま振り返ることなく角を曲がろうとしたとき。

 部屋に残ったアリスも、自分の身に起こった出来事をようやく理解したようだ。


「バカーーーーーーーーーーーッ」


 部屋から逃げる俺の背中に、彼女の怒声が響いた。


 *


 ~アリスとの日常6ヶ月目~


 あの出来事から、顔を合わせるのが辛かった。

 アリスも警戒しており、その様子がなんとも言えず──。


 自業自得と言えばそれまで。

 嫌われるのは仕方がないが、償いくらいはしよう。


 そう考えたが、何をすれば良いのか分からない。


 とりあえずご機嫌取りをしてみた。

 最初に行ったのは、ティータイムの菓子を多めにしろという指示。


 手始めのつもりでいた。

 だが、これだけでアリスの機嫌が直ってしまった。


 良かったと思う反面、色々と複雑な想いが今でも残っている。


 だがこの状況は糖分の過剰摂取になりかねない。

 体にいいハズが無いのだ。


 人間ではないと言っていたが、あくまでアリスの憶測。

 近いうちに菓子の量を戻さねば。


 だが、これは追々正していけばいい話だ。


 いま注視するべきは別にある。


 あの一件以降、部屋にいた者達の俺を見る目が変わった。

 絶対に幼女趣味だと思われている。


 いや違う。

 気のせいだ。


 そう自分になんど言い聞かせたことか。

 まだ自分の風評を諦められるほど、俺は大人ではないのだ。

 無駄なような気はするが、もう少しあがいてみようと思う。


 あとアリスの扱いが、明らかにランクアップしている。

 これが気になって仕方がない。


 数年前に、同じような扱いをされる人物を見たことがあるからだ。


 アリスの扱いが似ている。

 従者たちが兄の婚約者にやっていたのと。


 ──やべー。


 俺もアリスも全く意図していないのに、周りが勝手に外堀を埋め始めている。


 だが、どうしようもない。

 時間を掛けて、外堀を掘り返していくしかないだろう。


 今はどうしようもないんだ。

 頭を切り替えよう。


 今は、いつも通りのティータイム。

 中庭のテーブルの上に用意されたのは紅茶とクッキー。


 もちろん贖罪のため、クッキーは山盛り。

 だが用意された椅子は一脚のみ。


 すっかりメイドさん達に覚えられたからだ。

 俺がアリスを膝の上に乗せることを。


「うまうま」


 花が咲き乱れる、世界一の大国が有する中庭。

 選ばれた者しか踏み入れる事の出来ないこの場所。


 そこで幼女を膝の上に乗せている俺のなんとも滑稽な事か。


「それ取って」

「ほら」

「あーん」


 クッキーを頼まれて取ると、そのままアリスの口まで運んでしまった。


 やってしまった。

 メイド達よ、そんな温かい目を向けるな。

 護衛騎士リグルよ、テメェもだ。


 あの一件以降、しばらく罪悪感からアリスのわがままを5割増しで聞いていた。


 それがいけなかった。


 調子に乗りやがったのだ。

 最初は菓子を俺に取らせる程度だったのだが、やがて膝の上に座った方が食べやすいと気付かれた。


 で、付き合っていたら、アリスを膝の上に乗せないと物足りないと感じるようになってしまった。


 実はアリスを──などと気の迷いが生じたこともあったが違うんだ。


 これはだな。

 ほらアレだ。


 お気に入りのペットを抱きしめると幸せを感じるというアレだ。

 現に、この幼女に性的興奮など抱いてはいない。


 そうだ。

 決して俺は幼女趣味などではないのだ。


 いや、違う違う違う!!!


 思い出してしまった。

 成長したアリスの姿を。


 頭をよぎっただけで生じた激しい動揺。


 これは気の迷いだ。

 そう、他に変な理由などあるはずがないのだ!!


 2、3、5、7、11、13、17──


 よしっ、大丈夫だ。

 素数を数えて少しは落ち着いた。


「食べながらでいいから聞いてくれ」

「うん」


 膝の上でクッキーを頬張るアリス。

 このまま見ていたい気持ちを抑──違う。


 2、3、5、7、11、13、17──


 よし、落ち着いた。


「魔柱石を取り除く旅が決まった」

「頑張れ」


 ほう。

 俺一人で行けと?

 なんか凄くイラッとする。


「お前も行くんだよ」

「ええー」


 イラッとした気持ちはまだ残っている。

 だが、感情に流されては話が進まない。


 俺、皇子さま。

 英才教育たくさん受けてきた。

 だからこの程度問題ない。


 そう自分に言い聞かせて、話を進めることにする。


「今回は、前よりも広い範囲の移動になるからな。色々な街で個性的な料理を食べられるぞ」

「じゃあ行く」


 すでにアリスを飼い始めて半年。

 魔柱石を意図的に地面から取り出せるか確認してから1ヶ月間。

 ついに皇帝から旅の許可をもぎ取れた。


「この旅で良い結果を出せれば、お前の食事が豪華になるかもな」


 食事が豪華になる可能性に気合の入るアリス。

 そんな彼女に、この旅が持つ真の意味を教えることはない。


 ──俺達は危うい場所に立っている。


 俺とアリスは知っている。

 あの儀式が、正体のわからない何かを取り憑かれる物だと。

 そんな俺達を、皇帝はどう扱うだろうか?


 皇族は公明正大である。


 この事を知る帝国民。

 もしも皇族が、得体の知れない何かに取り憑かれていると彼らが知ったら?


 俺とアリスが、そのことを世の中に告げる可能性がある。

 そんな俺達を皇帝はどう考えるのだろうか?


 皇帝は公明正大な判断を下す。

 だから肉親の情など無い、もっとも国のためになる判断を下すだろう。


 これだけなら良い。


 だが公明正大で無い俺を私欲のために担ごうとする者が現れたら?


 国に何らかの悪影響が出るのだ。

 公明正大な判断を下す皇帝が、これを見逃すハズが無い。


 俺達は、利用価値を示さなければならない。

 最低でも殺すのが惜しいと考える程度の利用価値を。


「どうしたの?」


 未来に見た恐怖は、アリスの何気ない言葉に打ち消されてしまった。

 だから何を恐れたのかもう覚えていないのだ。


「なんでもない」

「そう」


 再びクッキーをバクバク食べ始めたアリス。

 その姿は、これまで出会った令嬢とは違う粗野な姿。


 だがこの場にいる誰も咎めない。

 粗野であっても、所作の至る所に美しさがあるから。

 それにアリス自身の見目の美しさもあるのかもしれない。


 だからクッキーを夢中に食べるアリスに向けられる視線。

 それはどれも生温か──うん?


 なんで生温かい視線なんだ?

 それにメイドさんや護衛騎士が向ける視線が、アリスの少し上のような気が。


 視線の向かっている場所に目を向ける。

 そこはアリスの頭。


 いつからだろう。

 アリスの髪を指で()いていたのは。


 気まずい。

 そっと手を頭から離すと、アリスが残念そうな目をこちらに向けた。


 その視線に呼応するかのように、メイドさん達がなんとも言えない雰囲気を見せる。


 なんということだろう。

 俺とアリスの日常は、メイドさん達に娯楽を提供していたようだ。


 ──ムチャクチャ恥ずかしい。


 紅茶で乾いた喉を潤おす。


 ああ、紅茶が美味しいなぁー。

 動揺して乾いた喉が潤されていくのが分かる。

 だが、いつまでも飲んでいるわけにはいかない。


「あー。旅の出発は1ヶ月後だ。準備はもう進められいるが、担当者が何か聞いてくるかもしれない。分からない場合は、周りに聞いてから答えてくれ」

「わかった」


 旅に意識を向けると、少しは恥ずかしさがやわらいだ気がした。


 やや早口であったが、誤魔化せただろうか?

 周囲の様子を気にすると、誰もが俺の動揺に気付いているような──。


 そのせいか、更に誤魔化そうと焦りが出てしまった。

 これがいけなかった。


「いい思い出にしたいな」

「うん!」


 元気良く帰ってきたアリスの返事。


 この瞬間にそれが起こる。


 俺がそれを聞き逃す事はなかった。

 メイドの一人が、ある言葉を零したのだ。


 俺が見逃す事もなかった。

 彼女の言葉に、他のメイドと護衛騎士が頷いたことを。


 俺は大きな声で主張したかった。

 だが彼女達の責任問題となるので、心の中でだけ叫ぶとしよう。
















 お前ら──新婚旅行(ハネムーン)ですねとか言うな!






最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _ )m

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