江戸ういん
「お前さんたち、はろういんという祭りを知っとるか?」
源庵先生がたずねたのは、大家の家で設けられた庚申待ちの席だった。
いい加減夜も更け、話題も尽き始めた時分。格好の謎だと長屋の面々は顔を合わせ、大家の次郎兵衛も首を傾げる。だが、異国の祭りなど、知るわけがない。
「はろういん? なんでぇ、そいつは?」
仕方なく青菜売りの熊吉が代表してききかえすと、源庵先生はうむ、うなづいた。
「はろういん、というのはな、異国の祭りなのだそうな。薬種問屋の番頭から聞いた話なのだがな、秋の終わりにその年の豊作を祝うのだそうだ」
「なんでぇ、それなら別に珍しくもねぇや」
建具職人の芳三爺さんが反論する。
「いや、ここからが面白いのだが、なんでもその祭りでは、子供らが鬼や天狗のなりをして村中の家々を練り歩き、団子を集めるのだそうだ」
「ほう、団子ですか? まるでとおかんやですな」
次郎兵衛が興味深そうに身を乗り出してきた。
「しかし、どうしてまた鬼や天狗の格好などするので?」
「子供らを村を訪れた悪鬼に見立て、団子を与えることで次の一年を息災に過ごせるように、という願掛けらしいのです。子供らは最後、村の鎮守に詣でて自分たちの息災を祈るそうです」
相手が大家とあって、源庵先生の言葉遣いもいくぶん丁寧になる。
「また、この祭りでは蕪の中身をくり抜いて提灯にするらしいのです。おそらく、祭りが終わったら厄と一緒に川へ流すのでしょうな」
長屋の面々は再び顔を見合わせた。
子を持つ親もそうでない者もいるが、同じ長屋で暮らす者どうし。考えたことはほとんど同じだった。
「なあ、芳三父っつぁん。蕪のくり抜き、頼めねぇか?」
「なら熊よぉ、いい蕪を仕入れつくんな」
「だったら俺っちは鬼や天狗の面を作るか」
「かかぁに団子を頼んでくらぁ」
誰も聞く者がいないにも関わらず、男たちはささやき声で約定を交わした。
「これは、楽しくなってきましたね」
次郎兵衛は店子たちの様子を見ながらにこりと笑った。
「さてさて、こんなところでよろしかったですかな」
「ええ。ここにいる誰だって、年に一度くらいは、子供にたらふく食わせたいと思っているでしょう。そのきっかけが作れれば、それで満足です」
源庵先生の酌を受けつつ、相好を崩す。
「子供がにこにこ、親もにこにこ。たらふく食べれば出るものも出る。それで私もにこにこです。まあ、異国の祭りとやらを持ち出してきたのは驚きましたがね」
「え、へへ、へ……。薬種問屋の番頭に相談したら、そんな祭りがあると教えてくれましてね。異国は異国でも、御法度の切支丹とはまた別の宗旨なんだそうで。確か、どるいど、とか言ってましたか」
「なんでもかまいませんよ。どうせ形をまねるだけです。ああ、秋の終わりというなら、やるのは十月の晦日……あさっての夜がいいでしょう。蕪提灯は祭りの後、大川にでも流せばそれらしいでしょうね」
次郎兵衛の思いつきは早速取り入れられ、いかにもそれっぽい祭りが形作られていく。
やがて、明け方になると青菜売りの熊吉を先頭に、男たちは必要なものを買い込むために外へ飛び出していったのだった。
悪ふざけだったかしら……?
もちろん、これはフィクションであり、実際のハロウィンとはまるで関わりがないことだけは断っておきます。