薬草畑3
このお話はフィクションです。アンナがポロポロ愚痴を溢していますが、実在の人物や団体等に関係ありません。
「…チッ、またスライムか」
ディックは舌打ちしながら徐にアンナを肩から降ろした。
そこには緑色をしたドロドロしたモノが薬草に近付いていた。いや、一部は既に薬草に絡み付いている。
あれってグリーンスライムだよね?初めて見たー。
アンナは食い入るように見いる。
「お利口にしてちょっと待ってて」
そう言うとディックは納屋に駆けて行った。
戻ってきたその手には剣が握られている。
「パ…パパ?」
「アンナ大丈夫だ。こいつ草食なんだ」
え?草食???
グリーンスライムって草食なの?
瘴気に侵されてなければ人を襲わない生き物なの?
マジか…。
あっ、でもそう考えると今回の【グレーゾーンサーガ】から派生した新作ゲーム【グレサガワークショップ】でスライム牧場が…
アンナが思考の波に飲まれそうなっていると、ディックはスラリと剣を抜いてヒュンヒュン、と風切り音をさせながら数匹いたそれらをあっという間に切り裂いた。
「ほ~ら、もうやっつけたぞ」
緑色のぬめっとしたドロドロの中からディックは核を拾い上げる。
なっ!何で薬師が剣を使い慣れてるのっ!
確かに的も大きいし動きも鈍かったけど、如何にも使い込まれた剣って感じだし、剣術はよく分からないけど素人って感じじゃなかった。
「パパ、めっちゃカッコいい…」
思わずポロリとアンナの心の声が溢れた。
それを聞き逃すディックではない。
満面の笑顔…いやだらしなく緩みきった崩壊した顔面でバッとアンナに振り返った。
「パパー、見に行ってもいい?」
「いいけど、面白いモノじゃないぞ?」
デレデレの笑顔を何とか引き締めながらキリッと答えるディック。
アンナが駆け寄るとディックはポケットから小瓶を取り出した。アンナには見覚えのある特徴的な小瓶だった。
聖水だ~!うわぁ本物見ちゃった!カッコいい!!!
ディックはスライムの死骸に聖水を振りかけた。
「何してるの?」
「聖水をかけてるんだよ」
「何で?」
「お化けにならないようにするためだよ」
あぁ、なるほど。聖水で供養?するとアンデッドにならないのか。
ゲームではそんな描写無かったけどさすが現実、設定が細かいわ。
って、現実で設定とか言っちゃダメじゃない!
いや、でも一々死骸にかけてたら魔物退治の時に聖水どんだけいるのよ。
アンナは初めて見た魔物に若干混乱気味である。
ちなみにスライムは獣ではないので魔獣ではなく魔物と呼ばれている。
「勇者様も聖水かけてたの?」
「いや、勇者様方は女神様の加護があったから倒すと勝手に浄化されてたな」
「へぇー」
「あれは便利で羨ましかった」
「ふーん」
ははは、そんな特典があったんだ。それなら聖水をかける描写が無いのも納得だわ。
………もしかして、私にもその特典有ったりする?
いやいや、勇者一行のなりそこないだもん、あるわけ無いか。無いよね…無いかなぁ?
うーん、大きくなったら検証してみてもいいかも。
特典かぁ…そもそも人と違う特別な力ってどうなの?って思うわけよ。
チート?要らないでしょ普通の生活に。勇者みたいに戦うわけでもあるまいし…。
って言うか勇者の力ははチートではない。制作側が認めた規定内のぶっ壊れキャラなだけだ。制作側が認めていない第三者が勝手にデータをいじくった力がチート。
ライトノベルで読む分にはチート能力って面白いって思うけど、実際オンラインゲームでチートをやられた日には腸が煮えくり返るってのよ。
違法にゲームデータを改竄してガチャの確率を変えて当たりを引きまくったり、自動で狩りをさせて他人に迷惑掛けながら経験値を美味しく得たり、敵の動きや攻撃を無効にしてフィールドで無敵状態を作り上げ入手困難なアイテムを取りまくったり…。
対処をしてもすぐに新たな手口で引っ掻き回す。ホント迷惑!
運営側にどんだけ被害報告メールが来ると思ってるんだ。
運営使えねぇ、クズだゴミだカスだポンコツ運営対処が遅いと罵られるんだぞ!めちゃくちゃ凹むんだから!心を抉る言葉が書き連ねてあったりするんだからね!
迷惑行為をしたIDに警告メールを送りそれでも無視してゲーム内を荒らしまくる悪質ユーザーをBAN(排除)すると消されたIDの持ち主がネットに好き放題悪口を書き込んだりする。
お前が悪いからBANされたんだろうが!
声を大にして言いたいね。
悪質な迷惑行為絶対反対。ゲームは正しく楽しく遊びましょう。
ゲーム内でのチート行為はもはや敵認定。
ええ、何度でも言いましょう、チートは敵!
但しライトノベルのチート持ちキャラは大好物よ!!!それが美少年なら尚良いわ。
アンナは聖水の小瓶をじっと見ながら考え込んでいた。既に思考は愚痴の嵐と化している。
「ここは畑だから薬草を守るために聖水をかけたけど、燃やしてもいいんだぞ」
「へ?へぇー」
アンナは一瞬話の途中であった事を忘れていた。
せっかく畑に連れてきてもらったのだ今はディックの話に集中しなければ、と気を引き締めた。
「勿論、聖魔法でもいいがママを呼びに行くよりこっちの方が早い」
おおお、ママは聖魔法が使えるのかぁ。
勇者召喚の場にいたんだから魔法が使えることは分かってたけど、扱える属性を聞くと更にテンションが上がる。
アンナの目がキラキラと輝き出す。
「じゃあ他の人も?みんないつも聖水持ってるの?」
「魔法が得意じゃない冒険者は持ってるかもな。どこでも燃やせるとは限らないし」
「パパは魔法が得意じゃないの?」
「燃やす魔法は出きるけど聖魔法の適正は無いな」
適正という言葉にアンナは食いついた。
「アンナは?アンナは魔法出きる?適正ある?ねぇパパ教えて!」
実はアンナはこの世界がゲームに酷似していると知ってからこっそりと魔法のトレーニングをしていたのだ。
【グレーゾーンサーガ】を愛してやまないアンナが魔法を試さないはずがない。とりあえず知っている魔法名を片っ端から唱えてみた。家の中で水や炎を出すと危険なので窓から外に向かって唱えていたのだが、そんな気配りを嘲笑うかのように魔法は全く発動しなかった。
しかし、その程度のことでアンナはめげない。
こういうときライトノベルの主人公達はどうしてた?
アンナのライトノベル脳が適正解を導き出す。ただしその適正解はアンナの中での解答であり、全くもって個人的なものなので答えが正解である可能性は低い。
魔力の循環だ!
魔力が足りないとかそういうときは体内の魔法の流れを感じとり、ぐるぐると体の中で流れて行くイメージを…そう、瞑想すると感じとりやすくなるのよ。
本の中では七割方おへその辺りが温かくなって血液が流れるイメージで魔力を流して感じとる…はず!
間違いない!知らんけど…。
と、まあ色々試しているのだが今のところ成果が出ていない。
しかしやっと魔法に関する手掛かりがつかめそうだ。
アンナが興奮するのも仕方ない。
ディックはいとおしそうにアンナの頭を撫でる。
「それは4歳のお楽しみだな」
「4歳のお楽しみ?何で?」
「教会で儀式を受けるんだよ」
「???」
不思議そうな顔をするアンナの頭を優しく撫でた。
そうか…普通ならこの時期にある花祭りで授かりの儀式の事を自然と覚えるのに、俺達がここで引き籠った生活をしているせいでアンナにこんな弊害が…。
ディックはギュッとアンナを抱き締めた。
アンナには友達もいない。祭り一つ見たことがない。両親以外は生活品の補給のため、商人を装った騎士団の人間がこっそりとやって来る程度だが、会わせた事が無い為その存在すら気付いていないかもしれない。
ディックもマリラも今の生活に不満は無い。
しかしそれはアンナにとって幸せなのだろうか。
このまま人付き合いもなく成長していくアンナ。
ご近所がいない。
店も無い。
友人がいない。
相談できる人は両親だけ。
恋人もいない。
結婚できない。
子供も持てない。
両親が死んだら独りぼっち。
誰にも知られずに孤独死。
ディックの想像は止まらない、顔面蒼白だ。
まずい。まずいぞ。
アンナを嫁にやる気は無いが、孤独死はまずい。
何か手を打たないとアンナの未来が…。
そうだ、とりあえず先ずは外の世界を見せてみよう。
「よし、花祭りに行こう」
「え?」
突然のディックの宣言にアンナは驚いた。
「花祭りは暗い冬を超えて新しく息吹く生命を祝う祭りなんだ。でも子供達に女神様が魔法を授ける儀式を祝う祭りでもあるんだ」
何そのファンタジー、行きたい。
アンナのライトノベル脳を刺激する案件だ。
「行くー。いつ?いつ行くの?」
「んー、まずママと相談しないとな」
「ママ駄目って言うかなぁ」
「それは無いと思うけど、祭りの時期は宿が一杯になるから色々しないとね」
「色々?」
「うん、荷物の準備や馬車の手配とか泊まる場所の確保とかね」
そっか、そうだよね。旅行なんて簡単には行けないよね。移動も大変そうだけど大事な畑もあるしね。
旅行中にグリーンスライムに畑を荒らされたりしたら国を上げての一大プロジェクトが台無しになっちゃう。
アンナはおずおずとディックに声をかける。
「パパ、祭りの間畑どうするの?」
「数日の事だし結界を張るかな」
「結界?」
またしても出てきたファンタジー要素にアンナがピクリと反応する。
「そうだよ、それを張るとスライム達が入って来られなくなるんだ」
「ほぉ~」
「ほら、お家にも結界が張ってあるから入って来たこと無いだろ」
「うんうん」
「畑にも普段から結界を張れたらもう少し楽になるんだけどなぁ」
「畑には駄目なの?」
「結界が何かを遮ってるんだろうな。薬草が育ちにくいんだ」
「じゃあ結界を張らずに“魔物避けの香”を使えば?」
「“魔除けの香”は上級でも以て1日だから時間的にちょっとなぁ」
「“魔除けの香”ってくらいだからお香でしょ?素材の植物を畑の周りに植えるとか」
「成る程、効果はあるかもな」
「それか、触ると毒が出るとか食べると毒になるとかの植物を周りに植えるとか?」
「おお、いいなそれ。グリーンスライムには効果的だな」
ディックとアンナは見つめ合った。
ハッ、とアンナは息を飲む。
ヤバイ、今私何しゃべった?スライムだの魔法だの祭りだの楽しすぎて注意力を怠ってた!
とてもじゃないけど3歳児の会話じゃなかった。
アンナの背中に冷たい汗が流れた。
「ちょっと待てアンナ“魔除けの香”を何で知ってる?」
胡乱げにディックは尋ねた。
「えっと、えっと…絵本」
「絵本?」
思い出せ、私。“魔除けの香”の話があったはず!頑張れ私の灰色の脳細胞!
アンナは必死に頭を回転させる。
そして何とか思い出せたアンナはにっこり笑った。
「うん。金色のスプーンのお話」
「あー、あれか。そういえば出てきたな」
「うん、メルダが病気のお母さんのために“魔除けの香”を持って森の精霊に会いに行くの~」
「じゃあ毒は?」
「エルとオークでエルが毒の草を使って大きなオークをやっつけたの~」
アンナは上目遣いで精一杯可愛く言ってみた。
じっとディックの反応を待つ。
「そうか…うん…絵本か…」
ディックは目を瞑り拳を口に当てながらボソボソと呟いていたがカッと目を見開いた。
「俺の娘は天使かと思っていたけど叡知の女神ソフィアーナだったのか!」
いや、もういいからその親バカ発言。
アンナは心の中でそっとツッコミを入れたのだった。
多くの作品の中からお立ち寄り頂きありがとうございます。
さて、やっとプロローグで百合さん達が作成中だった放置ゲーのタイトルが出てきました。
【グレサガワークショップ】です。何の捻りもありません。
前世で百合さんは社長を筆頭に役員達に「名前は百合なのにショタにハマるとはこれいかに」なんてからかわれたりしてたのかなぁ…なんてふと思ってしまいました。