薬草畑1
朝。
春の早朝はまだまだひんやりとした冷気に支配されている。
今日も元気な3歳児は薄暗い中、鶏の声で目を覚ます。
と言ってもこの習慣はまだ二日目なのだが…
アンナはもぞもぞとベッドから抜け出し床に立つとブルリと身震いをした。
寝間着一枚では寒かったようだ。
「ひ~とり~でお~着替え~で~きる~かな~」
適当な節を付けてご機嫌に歌いながら木製の衣装箱に向かう。
「どっこいっ」
気合いを入れて衣装箱の蓋を押し上げ…られない。
蓋は予想以上に重かった。
3歳児らしからぬ掛け声だったが体力は並の子供だ。
「無理~」
簡単に諦めた。
果敢にチャレンジしたところで無理なものは無理。
自分を知ることは大切だ。
アンナは家の西側に広がる薬草畑に行こうと思っていた。
動きやすい服を着て颯爽と父親を迎えに行くはずだったのだが、出足で躓いたようだ。
明日からは寝る前に服を出してもらおう。
そう心にメモして両親の部屋に向かう。
やはり気を使ってそっと扉を開ける。
「おっ、アンナおはよう」
「まぁ、アンナ今日も早起きしたの?もっと寝てていいのよ」
今日はもう両親は起き出していたようだ。
「パパ~ママ~おはよー」
そう言いながらアンナはとととっと走ってギュウっとディックの足に抱きついた。
「どうしたアンナ?」
「今日はパパのお仕事見るー」
若干、いやかなりわざとらしい。
「畑に行ってもつまんないぞ?」
「つまんなくない!」
「うーん、パパはアンナがすぐに飽きちゃうと思うなぁ」
「飽きない!」
ディックは困ったようにマリラの顔を見るがマリラはクスクス笑っている。
「仕方無いなぁ」
ディックは頭を掻きながら渋々承諾する。
「アンナ、よかったわねー。さぁお着替えしましょう」
「はーい」
うふっ、うふふ、うふふふふ、やばい、嬉しすぎて顔がにやける。
笑いが止まらない。
異世界の薬草、なんて夢があるの。
こんなにワクワクしたの、この世界に来て初めてかも!
アンナは着替え中も、朝御飯の間もずっとご機嫌でニコニコしていた。
それに反してディックは浮かない顔である。
あんなに期待されてるのに畑に3歳の子供が楽しめる物なんてないぞ。
草しか植えてないんだから…。
昨日はカッコいいって言われたのに草だらけの畑とか地味だ、地味すぎる。
誇りを持って育てている薬草だがその良さが3歳児に理解出来るとは到底思えない。
心の中で葛藤しつつもアンナの手を引いて畑にやって来た。
「さぁこれが薬草畑だよ」
今までほとんど家の中に引きこもり状態だったアンナは、まともに畑を見た事が無かった。これはアンナが出不精という訳ではない無い。
幼い子供が家の付近とはいえ、外を出歩かないのはこの世界の田舎では常識的な事である。
勇者の活躍により魔神が倒され瘴気が随分薄くなり、魔獣の脅威が減った。しかし全く魔獣が存在しないわけではない。あくまで魔神が現れる前の状態に戻っただけである。
王都のような大きな町では、ぐるりと高い塀に囲まれ更に高度な結界が張られているため、魔獣の心配は無い。しかし田舎では金銭的理由により、木の柵程度の守りと簡易結界の気休め程度の守りしかできない。そのため各家庭で自衛が必要なのだ。
ディックの畑では一般的な農家のように魔獣や獣避けの簡易結界さえ張っていない。これは最近判明したことなのだが、結界を張ることで何がしかの影響を及ぼし薬草が上手く育たないのだ。なので、結界は家にのみ厳重に張ってあった。
アンナは畑をまじまじと見た。
長い畝が何本も並んでいる。畝の上には朝露か、それとも昨日の雨のせいか薬草についた雫がキラリと光っている。そこは、アンナの予想以上に広い、そして様々な種類の草が植えられた畑だった。
これをディック一人で管理しているとは素直に感心してしまう。
アンナは目をキラキラさせてディックを見上げた。
「パパ、すごいねぇ。こんなに大きな畑でびっくりしたー。アンナ大きくなったらパパのお手伝いするね」
もちろん異世界の薬草畑でスローライフができるかも、という下心もある。
ディックは尊敬の眼差しを向けるアンナからそっと目をそらして口元を手で覆った。
うちの子が可愛いすぎる、マジ天使。女神様ありがとう、こんなに良い子を授けてくれて!
ディックは女神に感謝した。
「パパ、近くで見てもいい?」
「ああ、いいよ」
アンナは一番近くにある薬草をじっと見る。
ヨモギっぽい?あ、でも葉の表は黄緑色だけど裏は薄いピンクだ。匂いは…やっぱりヨモギっぽいかな。
畝にはゼルグナード産と書かれた木札が刺さっている。
「パパ、この草のお名前何?」
「キッカだよ。薬草の中で一番有名なんだ」
「何に効くの?」
「止血効果に鎮痛効果、解毒効果、増血効果、体温上昇効果が確認されている。これをベースにして他の薬草と組み合わせていくんだ…ってアンナにはちょっと難しかったか」
「これが傷薬になるの?」
「そうだよ」
「食べられる?」
「え?食べたいの?」
「うん!」
葉っぱの裏の色は何か違うけど、ヨモギっぽいもん。食べられそうな気がする。天ぷらとかできないかな。おばあちゃん家で春先になると色んな調理法で食べさせてもらってた。
「うーん食べることはできるけど、美味しくないよ」
「食べたことあるの?」
「あるよ、この草を丸薬…えーっと丸めてお腹が痛い時に飲むと治るんだ。美味しいとは思ったことないな」
「ふーん」
いやいや、料理せずに食べたって美味しいわけないじゃない!
増血効果があるなら貧血に、解毒効果はデトックスに、体温上昇効果は冷え性に効くと思うんだけどなぁ。料理して毎日のように摂取できたら体質改善できたりアンチエイジングとかできたりしそう。いや、まてよ解毒効果って毒素を出すんだからニキビや吹き出物のにも効果があるんじゃない?体温も上昇したらインフルエンザとかかかりにくくなるんじゃなかったっけ。
これってレシピを研究したら美容と健康に役立つんじゃない?
うわあああ、ライトノベルっぼい。
アリだよね絶対!
考え込んでいたアンナはふと畝の先の方を見た。
同じヨモギっぽいのに少し色が濃い。
更に先にあるのはもう少し濃い。
品種が違う?
アンナは色が少し濃いキッカの所に来た。
アグラム産の木札が刺さっている。
産地で色が違うんだぁ、面白い。
形は同じなのにほんの少し濃い黄緑色で裏もほんのりピンク色が濃い。
観察しながらゆっくりと進んで行く。
ケーシュラー産、ミシュシュ産、イルディナ産、モルヴィー産、サマリアン産、ヤッティアーデ産…どんどんと色が濃くなっている。
そしてアンナは気がついた。
これって【グレーゾーンサーガ】の旅の順番に並んでる。
最後のユーディニュー産になると表は深い緑で裏は赤に近い。
アンナはディックの方を見た。
彼は雑草を抜いたり、枯れた葉を摘んだり、薬草についた虫を取って踏みつけたり、何かに気が付くとメモをとったりと忙しそうだ。
アンナは自分なりに考えてみる。
旅の順路…それは、少しずつ魔獣が強くなって装備が強化されていく順番。
主人公のPTは色々な都合で、砂漠の国に行ったり、海を渡ったりする。けっしていきなり魔獣の強い国には行かない。無駄に回り道を進むように見えるが、少しずつ強い敵に当たるように計算された道順。
これが現実なら都合良すぎて不自然だ。
この順番を考えたのは誰?
そう、シナリオライターのコンブWAKAMEさん。
謎人物すぎる。
コンブWAKAMEさんは何を何処まで知っているんだろう。
今の私はコンブWAKAMEさんのシナリオ通りなのだろうか?
それとも不慮の事故でシナリオから外れた存在なのだろうか?
【グレーゾーンサーガ】7のシナリオはもう出来ている。
つまり250年後の世界までもコンブWAKAMEさんは知り尽くしているということだ。
【グレーゾーンサーガ】シリーズで異世界から勇者が召喚されるのは3と6。
2は初代勇者の弟の子が勇者になり、4は勇者しか開けられない宝箱で選定され、5はラスボスの双子の兄弟である弟が勇者になった。
ちなみに7の勇者はまだ公表されていないが妖精国の王子だ。今の時点では妖精国はまだ発見されていないけど。
「あーーーーーっ!」
アンナは突然声を出してしまった。
ヤバい、現時点で妖精国の存在を知り、行き方を知っているのはこの世界で私だけなんじゃないの!?
大人になってから観光旅行で訪れちゃったりできる?
美男美女揃いの妖精国で眼福三昧を謳歌できる?
嬉しすぎる~
保守的な思想を持つ妖精国にそんな怪しい考えの人物が入国できる筈がないが、アンナの妄想は膨らみ続ける。
「どうした、アンナ!」
熱心に薬草を見ていたアンナが突然叫び声を上げたのでディックは驚いた。
ハッとアンナは我に返った。どうしたと聞かれても妖精国の事など言えない。
「あの、えっと、その…」
咄嗟に良い言い訳が思い付かないので、つい先程思いついた事を言ってしまった。
アンナは木札を指しながら
「段々色が濃くなってる順番、勇者様の旅の順番と一緒」
「なんだって!」
今度はディックが大きな声を出した。
何故ならそれは大発見だったのだ。
ヨモギは草餅でしか食べたことは無いのですが、検索すると色々と料理があって驚きました!!(゜ロ゜ノ)ノ