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放置ゲーの錬金術師  作者: treetop
3歳です
3/20

【美しき光の勇者様】2

 衝撃の事実を知った翌朝。


 昨晩は興奮でなかなか寝付けなかっかにも関わらず、アンナは鶏の鳴き声とともにベッドから起き上がった。

 ゆっくり寝てなどいられない。

 兎に角体がウズウズする。


 部屋をぐるりと見渡す。

 畳で言えば十畳以上はありそうな広さ。

 素朴な子供部屋。シンプルと言えば聞こえがいいが、物が少なくガランとした印象だ。

 薄いピンクにフリルが付いたカーテン。

 まだ使った事が無いシンプルな木製の勉強机。

 服は60×90㎝高さが60㎝ほどの衣装箱に納められている。まあ、長さの単位が㎝かどうかは知らないが…。

 オモチャはユニコーンの木馬と籠に入った木製の積木。大人が一緒にいる時だけそれらを使って遊ぶふりをする。正直馬鹿らしくて積木では遊べないし、木馬に至っては罰ゲームかよ!とツッコミを入れたい。羞恥に悶え死ぬ。三十路には高いハードルだ。

 壁紙が貼られているわけでもなく、カーペットやラグが敷かれているわけでもない木の壁と床。

 一番主張しているのは子供が寝るには大きすぎるどっしりとしたベッドだ。ダブル?クイーン?兎に角3歳児には広すぎるベッド。

 家は多分まだ新しいのだろう、使い込まれた感がない。


 今まではちょっと生活が苦しい田舎の家だと思っていた、でもここが【グレーゾーンサーガ】の世界と考えると、我が家ってもしかして裕福なんじゃないの?

 と思えてくる。


 ゲームの中では当然のように世界各地を巡り、各地のお城や貴族の屋敷に商家や民家、色々なところへ遠慮なくズカズカ入って行く。

 そして家のなかを漁ってアイテムやヒント等を勝手に持ち去る。

 実際にやられたら泥棒だし迷惑このうえないだろうがゲームなのでむしろ一般的仕様。

 何度も入った民家に比べるとうちは明らかに広くて立派だ。

 平民の家には小ぶりとはいえシャンデリアなんて無かった。

 いや、貴族の屋敷にあったシャンデリアってロウソクだったじゃない?電気ではなかったはず。

 確かシャンデリアのロウソクを使った密室殺人事件の謎を解き明かし、犯人を捕らえるエピソードがあったよね。

 お礼に代々伝わる氷魔法が使える大剣を貰えるって流れだった。

 ゲーム中盤で訪れる砂漠の国でその剣は非常に役立つ。


 と言うことは家にあるあのシャンデリアは何?


 アンナのライトノベル脳が適正解を導きだす。


 魔道具!

 うん、そうに違いない。

 魔法のある世界なんだから魔道具の一つや二つあったところで不思議ではない。

 いやぁ、いいね魔道具。ロマンの塊だね。


 シャンデリアを見に行きたいところだが、応接間には壊れやすい硝子の置物や陶器のツボが置かれており「このお部屋には入っちゃダメよ」と母親から立ち入り禁止が言い渡されている。

 良い子なのでお約束は守っている。


 では今から何をしよう…


 そうね、もう一度昨日の絵本をじっくり読み返してみたいわ。

 何処に置いてあるのかしら。

 うーん…気は進まないけどママに聞いてみるか。

 田舎の朝は早いからそろそろ起きる時間だろうし。

 やっぱりさ、若夫婦の寝室なんて入るのに躊躇しちゃう。

 色々とさぁ、ねぇ、うん。


 …その遠慮は3歳児の発想ではない。


 子供部屋を抜け出し主寝室へ向かう。

 ドアに耳を押し当てて中のようすを探ってみる。


 物音がしないからまだ眠ってる?

 それとも分厚いオーク材のようなこの扉では中の音は聞こえない?


 そっと扉を開けてみる。

 カーテンが引かれ部屋は薄暗い。自分の部屋のものより更に大きなベッドで両親が並んで眠っている。


 たまには甘えてみちゃう?


 昨晩の興奮状態を引きずりテンションが高くなっている。


 布団の中にゴソゴソと潜り込んで母親にぎゅっと抱きつく。


「ママ~」


 何だかんだ言っても両親が大好きだ。

 前世の自分はもういい年なんだから、と見栄を張ってクールビューティーを目指したりしていたが、子供なんだもん!と開き直って今では素直に甘える事ができる。三年の月日は伊達じゃない。


 目を覚ました母親がぎゅうっと抱きしめ返してきた。


「あらあら、今日のアンナは甘えん坊さんなのね」


「アンナ~パパにもぎゅうってして」


 父親も目を覚ましマリラに抱きついていたアンナを引き剥がして自分の胸元に抱きしめる。

 アンナに頬擦りしながら


「んん~可愛いすぎる」

 とデレデレである。


 父親の名前はディック。平民なので姓はない。

 マホガニー色の髪に緑の瞳。手入れがしやすい短い髪は猫っ毛で今は寝癖でピンピン跳ねている。たぶん二十代中頃だろうとアンナは思っている。何せ両親とも自分の娘に改まって自己紹介してくれないので、色々と推察するしかないのだ。

 彼は畑仕事をしているせいか体は引き締まっていて、なかなかの胸筋をしている。ただ着痩せするタイプなのか服を着るとその筋肉は目立たない。

 精悍な顔つきながら笑うとふにゃりと相好が崩れ途端に少年のような可愛らしい顔になる。またお酒が入ると妙に色っぽい顔つきになりフェロモンを垂れ流すのでマリラはメロメロだ。


 がっちりとディックに体をホールドされているので首だけ回してマリラを見る。


「ママ~勇者様のご本読んでぇ」

「昨日のお話が気に入ったの?朝御飯を食べたらご本を読みましょうね」


 マリラ優しく笑いかける。


「おっ、アンナは勇者様に興味があるのか?」


 ディックはフフンと笑いながらちょっと自慢そうに、


「パパは勇者様に会ったことあるんだぞ」

 とドヤ顔をした。


 なんですと?田舎の農夫と勇者社長の何処に接点が?


 アンナのキョトン顔を見てディックは「うぉぉっ、ますます可愛い!」と更にぎゅうぎゅう抱きしめる。


「んぐっ」

 アンナの口から空気が漏れる音がした。


「ディック!」


 マリラがディックの脳天にチョップを落とし手が緩んだ隙にアンナを奪い返した。


「もう!力加減気に気を付けて、アンナを潰してしまうわ」

 マリラはプンスカ怒ったふりをする。


「マリラの怒った顔も可愛い」

 俺の嫁至上主義のディックはマリラごと二人を抱きしめる。


 天国はここにあった!


 ディックは幸せを噛み締めチュウチュウと二人の頬にキスをする。

 平和のありがたさに胸が熱くなる。



 魔神アプルスアルガー復活がにより日々増えていく瘴気に恐れ、絶望したのはほんの数年前だ。凶暴化する魔獣、夜になると徘徊するアンデッド、瘴気の毒素がもたらす伝染病、枯れていく農作物、死んでいく家畜、汚染された水…

 人々は飢え病気になり体力の無い老人や子供達から倒れていった。皆疲弊していた。


 勇者召喚は人類に残されたたった一つの希望だった。


 今では勇者様達の偉業は劇場で上演され、各地で吟遊詩人が物語を奏で、本にもなっている。


 100人の魔術師による召喚の儀。

 異世界より勝手に呼び出し、命をかけて戦って欲しいと厚かましいお願いをした王族と国民。自分達の世界を自分達の手で守りきれないことに皆恥じていた。情けなく、悔しく、惨めで遣り切れない思いだった。

 王は涙を流しながら勇者様達に懇願する「どうか…どうか世界を救って欲しい」と。


 呼び出された5人の勇者様一行は最初こそ当惑したもののすぐに状況を理解し、快く魔神討伐を引き受けてくれた。それはそれは良い笑顔でやる気に満ち溢れていたと伝えられている。


 そこからは勇者様一行の怒涛の快進撃が始まる。


 まるで全ての魔獣の急所を知っているかのように戦い、初めて見る武器や防具も使い方を熟知しているようだったらしい。

 初めて訪れたはずの町なのに宿屋に迷うことなく直行してみせたり、あり得ない話だがダンジョンでさえ地形を熟知し宝箱の中身を知っているかのように予言してみせたりしたという。


 また、勇者様一行のレベルの上がり方は尋常ではなかった。1500年前に伝説の錬金術師が作り上げたと言われているレベルシステム。それにより自分の実力を知り、魔獣に対し無謀に挑戦する者が減り冒険者や騎士達の死者が激減したという画期的な発明。

 そのレベルがあっという間に達人と呼ばれる人物達を抜いて行き、常人の何倍もの早さでサクサクと上がっていくさまは常軌を逸していた。

 そして一番の驚きは、何レベルまで上げれば余裕を持って魔神を倒せるのかを知っているように見えたことだ。


 全ての敵を知り尽くし的確で計算されたような余裕のある戦い方は爽快で正に物語のようだったとか。

 勇者様だけが持つというたいそう美しく輝く光の浄化魔法はまるで夢のようだったと語り継がれている。


 一行が訪れた場所はどんどん浄化され感謝した各国の住人は出来る限りの恩返しをした。

 それは家宝の宝や武具を差し出したり、ずっと秘匿されていた珍しいアイテムの情報を勇者に伝えたりすることであったり、物資が不足する中で勇者様一行が訪れる町村には優先して傷薬や武具をかき集めて店に揃えたりと王族、貴族、商人、平民皆が一丸となった。


 また、勇者様達一行は瘴気の浄化以外にも困っている人達を助けたり、拐われた貴族令嬢を奪回したり、ある時は密室で起きた殺人事件を解決して見せたという。


 まさしく勇者様一行の召喚は女神様のお導きだったに違いない。


 そしてその日は訪れた。


 魔神アプルスアルガーを倒したのだ。なんと魔神は瀕死に陥った後、第二形態へと変貌し強さを増したという。しかし勇者様一行はそれさえも予測済みであっさりと勝ってみせた。魔神を再び封印し美しい巨大な光の柱をたて地上と天を繋ぎ女神様の元へ封印された魔神を送ったそうだ。


 汚染され濁った空から久し振りに太陽が顔をのぞかせた時全ての人は涙した。

 段々と晴れていく空、汚臭がしていた水が澄んでいき、爽やかな風か頬を撫でた。


 平和が訪れたのだ。

 待ちに待った悲願が達成された。


 その後勇者様一行は元の世界に帰っていった。

 お礼にと用意された金銀財宝は一切受け取らなかった。


「私達には、この冒険を経験できた事が何よりの宝なのです」

 と勇者様一行は語った。


 そして最後にこう付け加えて去っていった。


「私達が召喚されたのは実は6人なのです。1人別の場所に出てしまった可能性があります。私達のとった行動を感謝していると感じて貰えているのならどうかお願いします。その人物が見つかった時その人物の力になってあげて下さい。困っていたら手を差しのべてあげて下さい。その人物の名はユリ=カツラガワです。我々の大切な仲間を宜しくお願いします」


 勇者様の言葉は公式文書にしたためられ世界各地に配布されたのだった。





百合さんはクールビューティーを目指していましたが、達成できたとは言っていません。


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