旅に出る 2
◯◯◯~◯!□□□□!△△?!
賑やかな音がする。何やらわめき声やガチャガチャと金属の音も聞こえてきた。
眠りの中にいたアンナの意識が浮上する。
とりあえず目は覚ましたがまだぼんやりとして頭が働いていない状態だ。
「あ、お嬢様ぁお目覚めですかぁ?煩かったですかぁ?」
ルーシーが明るい声でアンナの顔を見つめている。
ボーッとしていたアンナはハッと目が覚めた。
ここはまだ馬車の中?隊長さんは居なくなっていて正面にはルーシーさんが移動している。
頭の下には柔らかい太股。
太股?
二、三回瞬きして今の自分の状態に気が付いた。
膝枕っ!?
あわわわわ、やばっお貴族様に膝枕させてしまった!
がばりと起き上がるとエマと目が合った。
「も、申し訳ありません。お膝をお借りしましたー」
とてもではないが3才児の発言ではない。
一瞬呆気にとられたエマであったが、拳を口に当て思いっ切り身をひねって肩を震わせている。
どうやら笑っているようだ。
堅そうなイメージがあるエマだが案外笑い上戸の様である。
「お嬢様ぁ喉乾きませんかぁ?お水貰ってきましょうかぁ?」
お世話する気満々のルーシーが声をかける。
「はい、頂きます」
馬車の扉を開けルーシーが外に出た。
扉の向こう側がちらりと見え喧騒の正体を確認できた。
どうやら馬車は小川の側に止まり騎士達は昼食の準備をしているようだ。
「お嬢様、もうすぐ昼食になりますが、苦手な食べ物はこまざいますか」
エマの言葉にアンナはコテンと首を傾げる。
そう言えば今まで食べたものの中に嫌いな物って無かったかも。
前はパクチーがダメだったけど今世ではパクチー出されたこと無いしなぁ。
体が変わった訳だし意外とパクチー食べても平気だったりして。
少し考えた後アンナはプルプルと顔を横に振った。
カチャリと扉が開き「お水ですよぉ」とルーシーが入ってきて木でできたカップをアンナに持たせた。
「ありがとうございます」
丁寧に水を受け取りコクコクと水を流し込む。
かなり喉が渇いていたらしい。カップの水を飲み干した。
「馬車から出ますか?それとも昼食は車内で召し上がりますか?」
あくまでもアンナの意見を尊重しようとするエマ。
「ご迷惑で無ければ、外に出たいです」
アンナの読んでいたラノベでは護衛されるものがフラフラすると大概何かのフラグが立ち事件に巻き込まれていた。
何故そこでフラフラする。
じっとしてろ~。
と何度ラノベに突っ込んだことか。
しかし外ではとても楽しそうな声が聞こえる。
アンナは誘惑に勝てなかった。
「では参りましょう」
扉を開けてエマが先に出る。ルーシーはさりげなくアンナからカップを引き取る。
「お手を」
エマが差し出してくれた手を取ったが思ったよりも車体が高く、一段下の足をかける場所に降りるには少々無理がありそうだ。
躊躇するアンナを見たエマは「失礼します」と断りを入れ抱き下ろした。
爽やかな風がアンナの髪を揺らす。
馬車から外された馬達は木陰で呑気に草を食んでいた。
騎士達は大半の者が兜や鎧を脱いでおり、残りの数人は護衛のためか鎧を付けたまま少し離れた場所に立ち辺りを警戒している。
小川の側の砂利石がゴロゴロしている場所では石を組み上げ簡易的に作った竈で食事の準備が進められている。
騎士達は体も大きいが声も大きい。
「いや、本当に俺をカッコいいってお嬢様が言ったんだって」
「隊長、嘘はいけないっす」
「そうですぜ、んなすぐばれるような嘘ついたって虚しいですぜ」
どうやら隊長はアンナの言った言葉を自慢しているようだ。
うーん、確かにカッコいいとは言ったけど騎士の皆さんカッコいいと言ったつもりだけどなあ。
個人を指定したつもりは無かったが初めて間近で見たフルプレートアーマーにテンションが上がったのは事実だ。
「俺はお前等みたいな凶悪なツラしてねえからな」
「はあ?そんな悪人面の隊長に言われたく無いっす」
「ハッハッハッ。何とでも言え、精々お嬢様に泣かれて落ち込むがいい」
勝ち誇ったように言う隊長。
アンナに泣かれなかったことが余程嬉しいらしい。
エマが口を押さえてまた肩が振るえている。
「お嬢様ぁ、川の近くは石がゴロゴロしていて危ないんで手を繋ぎましょうねぇ」
ルーシーがそっとアンナの手を握る。
空いている方の手もエマにさっと握られる。
囚われの宇宙人のネタが分かる者がここにはいないので、アンナとしてはちょっぴり物足りないがしたかない。
ルーシーの声が聞こえたのか隊長達は一斉にアンナを見た。
サッと緊張感が走る。
隊長達の異変に気付いた他の騎士達もアンナを見る。
見ると言うような生易しい視線ではないかもしれない。
ガン見。
これでもかと言うような凝視。
ピー、ヒョロロロ、ピーーー
鳶に似た鳥の鳴き声が静けさの中に響き渡る。
何これ、めっちゃ見られてるんですけどぉ!
アンナの戸惑いなどお構いなくルーシーとエマは隊長の側へと導いて行く。
「お、おじょ、お嬢様、お目覚めですかっ」
少々吃りながら隊長が口角を上げて必死に笑顔を作ろうと頑張っている。
またエマの肩がまた震え出す。
アンナは、怖がってないよ感を出すために満面の笑みで隊長に笑いかける。
おおっ!おおおおおっ!
何やらあちこちで声が上がった。
「とっても良い臭いです。何を作ってるんですか?」
ちょっとあざとい感じで下からきゅるんと隊長を見上げる。
隊長達は高さが40セル(㎝)程の平たい岩に各々腰掛けていたのでアンナより目線が高い。
アンナの笑みで隊長の妙な緊張が解ける。
しかしそれとは別にハウエル隊長はドクンと大きく心臓が高鳴った。
俺が少女に笑いかけられてる!
しかも満面の笑みだと!?
やべぇマジか。
「さ、先ほど仕留めた山鳥でスープを作っとります」
アンナが寝ている間に隊長達はひと狩りしたらしい。
ドキドキドキドキ
俺の野太い声にも怯んでなさそうだ。
天使か!
可愛過ぎるだろ~。
く~キラキラお目目が愛くるしい!
子供どころか大人にさえ怖がられる見た目を持つ隊長。彼の優しさが伝わる迄にはある程度の期間を要する。
少女に笑顔で話しかけられるなど一体いつぶりだろうか、いや彼の過去にそもそもそんな体験があっただろうか。少年期でさえ近所の子供より頭ひとつ大きく、睨み付けるような三白眼は威圧的で少女に笑いかけられるなど無かったような気がする。
もはやハウエル隊長のテンションは爆上がりだ。
逆にアンナのテンションは急降下だ。
マジか、私ってば一体どれだけ寝てたの。
出会ったばかりなのにポロっと泣いてクッキー食べて呑気に眠りこける幼女なんて面倒くさいだけなのに…。
騎士さん達、呆れてないかなあ?
立派な騎士に子守りなんかさせてごめんねー。
良い子でいるから見捨てないでね。
よし、ここは可愛く笑顔を振り撒こう!
困ったときの日本人の得意技愛想笑いだっ!
うん、笑顔は人間関係構築の潤滑油。
笑顔はプライスレス!
まだ間に合う、頑張れ私。
挽回、挽回。
「山鳥、隊長が仕留めたの?」
ニコニコ笑顔でアンナは尋ねる。
あ、可愛くばっかり考えてたら敬語忘れた。
いや、もういいよね。3才なんだしちょっとぐらい言葉が乱れたって仕方ないって思うよね。だって平民だし。
女は愛嬌!って昔おばあちゃんが言ってたし。
勿論、今世での祖母ではない。
「いや、弓術が得意なジョエルがパシッとこうね」
弓を引く身振りをしながらハウエル隊長が説明しだすと、
「ハイ、ハイ、俺っ!俺がジョエルっす」
隊長の横で座っていた騎士が手を上げてアンナにアピールする。
緑の短髪をツンツンと逆立てて自分を指しながら手をあげる若い騎士をアンナは
笑顔で見つめる。
緑の髪なんだあ。
地毛だよね、眉毛も睫毛も緑だよ。
あれ、これって脛毛も緑?
足から緑色の毛が生えてくるの?
何かちょっと……ダメだ、考えるな。
ファンタジーの世界を受け入れろ。
緑の脛毛を受け入れるんだー。
変な方向に思考が流れかけたがアンナの表情筋は笑顔をキープしている。
但し目線は髪の毛をロックオンだ。
ジョエルはアンナの目線が若干上にあるのに気付き首を傾げる。
「えーっと、俺の頭に何かついてるっすか?」
ジョエルの言葉にアンナはハッと我にかえる。
脛毛が気になりますなどとは口が割けても言えない。恥ずかし過ぎる。
「緑の髪、初めて見て…あの、凄く気になって」
アンナはポッと頬を赤らめもじもじと誤魔化し笑いをしながら恥ずかしがる。
脛毛とか言えないよ~。
しかしそれを見ていた騎士達の反応はというと、
なっ!なんだこの可愛い生き物は!!!
何か知らんが照れてる…。
もしかしてこの子は俺達が怖くない?
むしろあの反応は好かれてる…のか!?
マジか!ついに来たか、来ちゃったのか俺達の時代!!!
アンナを見ていた騎士達は、各々の想いを胸に勝手な解釈をした。殆どの騎士の顔の筋肉が緩みデレッとだらしない表情を晒している。
騎士達にとって今回の任務はこれと言って特殊なものではなかった。
王都から迎えに来る者達へ護衛対象を送り届けるというありふれたものである。
水鏡の魔法で双方の位置を確認しながら進むのでお互いが行き違うことはない。
魔物や盗賊に気を付ける必要はあるものの、商人の馬車とは一目で違うと分かるどう見ても騎士の小隊。わざわざ訓練された者達を襲う盗賊がいるはずもない。
また、護衛対象に万が一があってはならぬと魔除けの香を始終炊いて魔物を寄せ付けないように上から命令されているため比較的安心安全の行軍なのである。
勿論天災などの可能性が無いとはいえないが、雨季ではないので長雨の心配も少ないし気温も穏やかな季節だ。
行軍日程は半月程度、どちらかと言えば楽な任務と言えなくもない。
しかし、護衛対象が問題であった。
僅か3才の平民の少女。
怖がらせないように見目麗しい貴族の子弟で固めれば少女の心情への負担は軽くなるかもしれない。だが残念ながら貴族とは何かと平民を蔑む者が多いのも事実である。魔神が現れた時には国のため、民のために戦っていたのだが、一個人の護衛任務となると選民意識からあからさまな態度に出る者も残念ながらいるのだ。たとえそれが伯爵の孫であろうとも、英雄の義妹であろうとも、平民には厳しい世の中なのだ。
では、目に優しい?貴族の子弟を任務から外すと叩き上げの平民からの騎士となる。
自分の実力一本で這い上がってきた者達は機転も効き腕っぷしも強いのだが如何せん目に優しくない。と言うかもう暴力的な見た目をしている。
平民であるがため傷薬や回復魔法を後回しにされたことは一度や二度ではない。処置が遅れ顔や体に傷跡が残っている騎士も多い。そして体型は厳つくゴツい筋肉お化けと化している。
少女に好かれるなど夢のまた夢、というとレベルだ。
初見で泣かれないだけでも奇跡に近い。
ちょっと勘違いして浮かれてしまうのも許してほしい。
さて、こんな平民の小隊ではあるが、隊長は一応貴族ではある。武勲をあげ叙爵されたため元は平民であであったが今は立派な準男爵だ。
女性騎士の二人も平民となるはずであったのだが、出発前日に一人が怪我を負ったため急遽エマが抜擢された。理由は妹が5人おり、子供の面倒を見慣れていたためである。
要するに幼女から笑顔を向けられたことなどない集団(女性は含まない)なのである。
「お、俺の髪はどうかな?珍しくないか?」
緑の髪を持つジョエルの隣に座っていた、オレンジがかった赤毛の大男がアンナに遠慮がちに聞いて来た。
「サイモン先輩今俺の弓の話っす。髪の話しじゃないっす」
「んなもん知るか、嬢ちゃんほれこっち来な~赤い髪もいいぞ~」
サイモンと呼ばれた赤毛の大男がおいでおいでとジェスチャーするのでアンナはルーシーとエマをを見上げる。
二人は頷いてアンナの手を離した。
「足元にぃ気を付けて下さいねぇ」
少しの距離でも過保護気味のルーシーの注意がとぶ。
数歩歩いてサイモンに近付くアンナ。
サイモンはひょいっと彼女を抱き上げると自分の右肩に座らせ頭がよく見えるようにした。
幅広いがっしりした肩は抜群の安定感だ。
「うわぁ、凄い」
何が凄いのか正直アンナにもよく分からないのだが、肩に乗せらて何となく楽しくなってしまったのだ。
肩車されると妙にはしゃいでしまう子供の心境であろうか。
アンナの喜んだ声に彼は止めていた息をフーッと吐き出した。
「嬢ちゃん高いの好きか?…隊長ちょっと一周してきやすぜ」
勢いで肩に乗せてしまったもののどうして良いか若干固まっていたのだが、よっこいせとアンナを肩に乗せたままサイモンは立ち上がった。
アンナの視界はぐっと高くなり200セル(約2m)位から皆を見下ろした。
視界と一緒にテンションも上がる。
キャッキャッと喜ぶアンナを肩に乗せサイモンはゆっくりと歩き出した。
大人の経験があるアンナであるがこの高さの視界で歩き回るのは初めてだ。尤も自分の足で歩いている訳ではないが。
少し揺れるだけで無性に楽しく笑い声を上げてしまう。
「嬢ちゃん、そんなに楽しいか?」
「楽しいー。ありがとーサイモンさん」
ついさっき聞いた名前をアンナは呼んでみた。
サイモンは一瞬ポカンとしたもののニカッと笑い横を向いてアンナと視線を合わせた。
いつも遠目で見られ恐れられていたサイモンは心がほんわりと温まるようなそんな錯覚を覚えた。
子供に懐かれるなんざ考えたことも無かったぜ。
良いもんだなあ。
ちょっぴりジーンと感動してしまう。
「いつでも肩に乗せてやるからな」
護衛が遊びでないことは十分理解しているが、怯えられ続けた彼にとって子供と戯れる喜びを止める事など今は考えられない。
「本当?やったー」
思わずアンナは嬉しくてサイモンの頭にギュッと抱きついた。
ぎゃーっ、ズルいぞー!
次は俺が!
と次々と騎士達から声があがる。
サイモンはフフーンとどや顔をしながら同僚達の中をゆっくりと見せつけるように歩き回る。
とうとうサイモンとアンナは騎士達に囲まれた。
「次は俺が高い高いしてやるぜ」
「いやいや、俺が高い高いからのぉピョーンだ」
ある騎士が空中に放り上げるジェスチャーをする。
「はあ?俺がビョーンと100セル(約1m)放ってやる」
「俺なら300セル(約3m)はかたい」
「俺は500セル(約5m)だ」
「何をー、1000セル(約10m)投げてやる」
騎士達がアンナ投げの予約に殺到する。
子供を投げるとかバカなの?
それともこれが異世界脳筋のデフォなの?
無理無理。絶対無理!
異世界の高い高いはデンジャラスー!
サイモンの頭に抱きつき髪をぎゅうぎゅう握りしめ、毛根にかなりのダメージを与え、震えながら遠い目をするアンナはきっと悪くない。
俺の毛根頑張れ。
サイモンが隊長の頭にチラッと視線をやったあと、女神に軽く祈ったのは内緒である。




