【美しき光の勇者様】1
まだまだ錬金術師にはなれません。
「…そして光に包まれた魔神は女神様がいらっしゃる天へと登って行きました。世界は平和を取り戻し、使命を終えた勇者様達は元の世界へと帰っていったのでした。ありがとう勇者·シャチョー、ウィザード·イクタ、ナイト·マツシタ、アコライト·クボタ、アサシン·ササキ。皆様方に永遠の感謝を!おしまい。」
いやいやいや、おしまい?
どういうこと?
はああああああぁ???
何さらっと魔神倒しちゃってるの勇者社長!他、重役達!社長が勇者なのは忖度か!
前世の記憶があるアンナ…元、桂川 百合は目下大混乱中である。
現在は前世での日本人顔とはかけ離れた西洋人的な顔立ち3歳の女の子。
フワフワした綿菓子のようなプラチナブロンドの髪に水色のキラキラした瞳。
ぱっちりとした大きな目を長い睫毛が縁取っている。
彼女は就寝時にいつも絵本を読んでもらっている。彼女なりに考えた3歳児として不自然にならない文字の習得と、今世での一般常識を知るためだ。
ただ、残念なことに家は裕福ではないと考えていた。
田舎の大きな一軒家だが、良く言えば素朴、悪く言えば時代遅れな家具ばかりが家には置いてあった。
電化製品は応接間の天井に設置された地味なシャンデリアだけ。
水は井戸だしトイレはぼっとん式。
父親が外で畑仕事をしているのを見たことがあるので、きっと農家なのだろうと推察した。
母親も何か内職をしているようだったが詳しく教えてもらっていない。
生活にゆとりがないのだろう、なかなか新しい絵本を買って貰えなかった。しかし、図書館ででも借りてくるのだろうか、いつもやけにどっしりとした革表紙のいかつい装丁の絵本ばかり目にしている。ちょっとした美術品のような本ばかりだ。
両親のこだわりなんだろうか?情操教育ハンパない。
アンナはいつもそう思っていた。
今日は初めて見る絵本だったから新たな知識を期待していたのだが、予想の遥か上だった。
母親が優しくベッドの横で読んでくれた絵本【美しき光の勇者様】に心の中でブーイングの嵐だ。
「素敵なお話でしょ、アンナ。これは数年前に本当にあったお話なのよ。ママも勇者召喚のお手伝いをした魔術師だったのよ」
うふふ、と可愛らしく笑う二十歳前後にしか見えない女性はアンナの母親マリラ。平民なので姓は無い。但し目を見張るような美人だ。
ブロンドの髪をゆるく三つ編みにして片側に流し、アンナより濃い青い色の少したれた瞳はとても印象的である。ぷっくりとした唇に高い鼻。まさしく正統派美人と言えよう。
マジか!何そのカミングアウト!!!
と、もう少しでツッコミを入れるところだった。
元関西地方出身の彼女が上京して十数年経ってもなかなか抜けなかったクセの一つである。
3歳児が的確にツッコミなど入れてはいけない。不自然な態度の子供は何かと面倒になるに違いない!と彼女は思っている。
ダメだ。絵本の内容に驚きすぎてもう一杯一杯でボロがでそう。
一気に情報入りすぎぃ。
一人になってゆっくり考えたいよ。
ここはいつもの例の手で…
何の事は無い、アンナは子供の常套手段、目を閉じ眠ったふりを実行した。
マリラは少し様子をみた後、母性溢れる微笑みを浮かべいつものようにそっとアンナの額に唇を落とす。
小さく「おやすみなさい」と呟いて衣擦れの音をさせながらゆっくり部屋から出て行った。
足音が遠ざかるとアンナはパチリと目を開け天井を見つめる。
心臓がドキドキして変な汗が出てきた。
落ち着くために深呼吸を繰り返す。
今いる世界の情報をとうとう手に入れた!
今まではここが何処なのか、国の名前も世界情勢も、下手をすると一般常識さえ3歳児には難しすぎると判断され大したことは教えてもらえなかった。
なるほどね、つまりここは【グレーゾーンサーガ】の世界で私は異世界転生したってことなのね。
いやぁ、うっかりだわ。私としたことが全く気付かなかった。
異世界特有の派手な髪色や瞳を見かけたことが無かったのも理由の一つかもしれない。
私の両親は地球と変わらない金髪と茶髪に青と緑の瞳だもの。
家からほとんど出たこと無いから魔獣も見たこと無いし…。
言語が英語じゃないのは分かってたけど、てっきりマイナーな国の片田舎だと思い込んでたわ。見たことも聞いたことも無い言葉や文字に前世の不勉強さを呪ったけど、なるほど…知らないわけだわ。
そっかー、異世界かぁ。
剣と魔法の世界。
ゲームの世界。
素敵すぎる。
ん?でも、ゲームの中なの?それとも、ゲームに酷似した別世界なの?
こういう場合、ライトノベルではゲームの中と思い込んで現実を見つめなかった登場人物達は必ず痛い目をみてるよね。
注意深くしないとね!
こう見えて(3歳児だが)彼女はちょっとイタイ、ライトノベル脳の持ち主なのだ。
勿論いい年なので(3歳児だが)厨二病は完治している。
…と本人は思っている。
かつての彼女の部屋にあったライトノベル達を思い出す。
大きな本棚にに収まりきらず追加で買ったカラーボックスからも溢れ出して、床に山積みになっていた彼ら(ライトノベル達)。彼らは心のバイブルだ。
ああ尊い彼らに会いたい。
既に彼女の中ではライトノベルは擬人化したショタっ子になっている。
しかし彼らショタっ子達は今回実にいい仕事をした。
百合の異世界転生を受け入れ易くする下地を作ってくれたのだから。
ライトノベルと言えば異世界だ!異世界転生などもはや常識!…とは勿論彼女の思い込みだ。
あー、いけない思考が脱線するところだった。
うっかりライトノベル愛に浸りそうになった気落ちを元に戻す。
多分あの時私は死んじゃったんだろう。
めちゃくちゃ頭が痛かったもんなぁ。
おかげで一部記憶が欠けてるし。
脳が破損したのかも。
欠けているのは人物の記憶。大切だった両親や兄弟、友人達の記憶。もしかしたら覚えていないけれど恋人や夫がいたのかもしれない。旧世界に後ろ髪を引かれるような人物は、ぼんやりとしか覚えていないのだ。会社の仲間達も名前は覚えているが顔はなんとなくしか記憶にない。
でもそれは彼女にとって非常に都合がよかった。
今の両親に素直に愛情を感じるから。
前の両親を裏切っているような申し訳なさや後ろめたさを感じなくてすむから。
ダンボールが当たったあたりをそっと擦る。
会議室に現れた魔方陣。あれで6人共こっちの世界に呼ばれたのだろう。
但し、魔方陣の上で死んだ私は魂の状態で体を置いてきてしまった。
あはは、我ながら何か微妙すぎる。
私の魂は召喚の場にいたママのお腹に入っちゃったんだね。
その後冒険の旅に出た社長達は魔神を倒し帰って行った。
うーん何だろう、この置いていかれた感。
いや、分かってるよ。万が一魂を連れて帰ったところでどうにもならなかっただろうってことは。
死体に魂を入れたところで絶対に生き返るという保証も無い。
そもそも抜けた魂の戻り方なんて知らない。
まてよ…あの時私が死んでることに誰か気付いていたんだろうか。
アンナは少し落ち着いて考えられるようになってきた。
もしかして召喚された時、私だけいなくてみんなに心配かけたんじゃない?
何処か変な所にでも飛ばされたんじゃないかと探してくれてたのかも…。
私が気が付くようにわざと勇者社長とかウィザード生田とか名乗って私からの連絡を待ってたとか?
元の世界に帰る時も私が見つからなくて後ろ髪引かれる思いだった?
そう考えると申し訳ない気もしてくる…。
まぁでも帰った時点で私がいなかった理由が分かるよね。
驚くだろうなぁ。
何かそれはそれで更に申し訳ない。
うん、とりあえず社長達の事は一旦脇に置いて現状把握しないとね!
何せあれから三年も経っている。
今さらくよくよしてもどうにもならないし、転生直後は十分すぎるほどにに落ち込み悩んだのだ。
さっきの絵本に出てきた魔神の名前はアプルスアルガーだった。
ってことは、今は【グレーゾーンサーガ】6が終わった時点?
絵本だったから細かい描写は分からなかったけど、勇者達が辿った行程はゲームと同じだった。
この世界がゲームと同じ流れだとすると、次に世界の根幹を揺るがすラスボス登場は250年後。開発中の【グレーゾーンサーガ】7の時代。
つまり…
アンナはゴクリと唾を飲み込んだ。
勇者達と違って何の使命も無い私はこの世界を好き放題堪能してもいいってこと?
行きたい所に行って、憧れの異世界飯をガッツリ食べて、クエストもせず、魔物も狩らず、のんびり暮らしてOKってこと?
何それ、めっちゃ楽しい。
必要無いけど魔法使ってみたい。
戦う予定無いけどレベ上げとか興味ある。
人間いつ死ぬか分からないんだから楽しまないと損だよね。一度死んだ私が言うんだから間違いない。
フフン、次に死ぬ時は走馬灯なんて言わずフルハイビジョンで面白おかしい人生をたっぷり上映してやる。
覚えてろ走馬灯!ギャフンと言わせてやるからな!
ニヤリと笑った彼女はなぜか走馬灯に喧嘩を売ったのだった。
今回は説明回です。