父の決断5
「マリラを運ぶ当てならあるわ。竜人の国ハユーラディアにはペガサスが引く魔道具で空飛ぶ馬車があるって聞いた事があるの。今回の事を説明したら貸して貰えるはずよ。たとえ国宝でも」
そう言いながらミランダは腰の小さなポーチから直径50セル(約50㎝)程の銀の円盤を取り出した。
物理的に絶対に入らない大きさのものである。
おおおおお!
マジックポーチ?それとも収納魔法?それとももっと特別な何か?
アンナのライトノベル脳が疼き出す。
普通に考えればゲームの中で勇者たちが、アイテムや装備をあんなに沢山持ち歩けるはすがないじゃない!
武器、盾、兜、籠手、鎧、靴、装飾品、が各20個ずつ鞄に入ったし、薬やお香などのアイテムは各99個が100種類。
更にお金は999,999,999,999Gまで手元で持ち運べた。
これを持ちながら旅をするとかどう考えても無理。
うん、人間じゃ無いよね!
つまりは何かしらの魔法かアイテムがあったってことだ。表示的には《鞄に入れる》だったから怪しいのは鞄?
異世界人特典のマジックボックスってのもロマンなんだけどなぁ。
そうなるとミランダが持ってるのおかしいし、あぁ聞きたい、今すぐ聞きたい!
アンナの葛藤など全く気付かずミランダは部屋にあったローテーブルの上に銀盤を置き更にポーチから小瓶を取り出す。
「水鏡の魔法か、誰に連絡を?」
「族長閣下…」
うひゃ~、聞きました奥さん?水鏡の魔法ですって!
絶対あれよねぇ。通信的なやつよねぇ。水とか鏡とか相手が映っちゃう感じよねぇ。
気になるわぁ、しかも族長閣下ですって!ミランダさんいい仕事しはるわぁ、気になるわぁ。
アンナは、脳内の知らん関西の奥さんに話しかけてしまう程の大興奮である。ちなみにこの脳内奥さんは、ちょっと上品系な関西マダムでアニマルな小物を上手く身につけている。大阪のガッツリ系おばちゃんではないのは何の拘りだろうか。
アンナの興奮をよそにミランダはキュポッと小瓶の蓋を開ける。
ディックの問いに当たり前のようにミランダは答えたが大国の王と普通は簡単に話ができるものではない。
さすがのディックも相手が大物中の大物のためピキリと固まっている。
「ディックを襲ったのは族長閣下の息子なの。子の不始末は親の責任。ましてや他国の人物への被害は国の責任だから、状況が分かり次第連絡することになってたの」
ディックはブルンと頭をひと振りすると銀盤に目をやる。
「たとえ族長閣下の息子であっても俺は許さないし、怪我をさせたことも謝るつもりはないぞ」
「そうね、当然だわ。ディックは何も悪くないもの。悪いのは私…」
「何言ってる、お前も悪くないだろ」
「でも…」
ミランダはちらりとマリラに目を向ける。
ディックはガシガシと頭を掻くと強い視線をミランダに向けた。
「分かった。もうこの際だ、責任が誰にあるのかはっきりさせよう。ちょっと待ってろ」
ほどなく竜人二人が部屋に転がされた。
「関係者全員で話そうじゃないか」
殺気を放ちながらディックは竜人を睨み付ける。
コクリと頷いたミランダが小瓶の液体を一滴銀盤に落とす。液体は薄く延び銀盤を多い尽くすと青く魔方陣が浮かび上がった。
そのまま何もせずに待つ。
暫くすると魔方陣の上にぼんやりと人の上半身が映し出された。
どうやら相手側が魔方陣に応答したらしい。
『ミランダ殿、今の状況をお伝え願いたい』
「閣下、良くない状況です…」
ミランダは自分が見知った事を淡々と話し出した。相手側のおそらくは族長閣下であろう人物は時折質問を挟みつつ粛々と事態を受け止めているようだ。
ノアは卑怯にも深夜に宣戦布告もなくいきなりの魔法で強襲を行った。しかも外国で、更には死人は出ていないものの意識の戻らぬ妊婦がいるとのこと。ましてや襲った邸は世界が崇拝する英雄の義兄妹当たる人物の邸だ。邸自体は結界のため無事なものの邸の周辺や畑は見るも無惨な状態になっている。
ミランダの状況報告が済むとディックが口を開いた。
「ミランダ、取り次ぎを」
ディックは平民である。たとえ実家がそこらの貴族より金持ちであっても貴族、ましてや王族に直接話し掛けてよい身分ではない。城勤めの経験もあり幼い頃からしっかりと教育を受けているディックは、例え怒りに震えていようともその辺りは弁えている。
ミランダが族長に伺い直接ディックが問いかける許可が出た。
「何故、私どもの住まいが殿下に襲われたのでしょうか」
当然の質問である。
ミランダが言うには、酔って記憶が無く何を話したか覚えていない。しかし酔いが覚めてから周りに説明されたのは、何か誤解を引き起こす会話がなされ義憤に駆られた殿下が飛び出して行ったということらしい。
正直意味が分からない。酔っぱらいの戯れ言で人を襲うものなのか。
『ミランダ殿両名に子細問い質してくれぬか』
「恐れながら…」
族長の息子ノアの侍従エリックが、床に転がされたままチラリとノアの方を見た後口を開いた。既にエリックの口からは詰め物が取られている。
エリックがしゃべり出したのには理由がある。ノアが呆然とした表情でずっと焦点が定まっていない所謂茫然自失状態のままだったからだ。
「ノア様は激しい戦闘中にどうやら逆鱗が破損したもようで現在自我を失っておられます」
後でアンナは説明されるのだが、竜人は逆鱗を刺激されると興奮状態となり怒りが突出され手に負えなくなる。また逆鱗が破損されると興奮が冷めた後、次の逆鱗が生え始めるまで未熟な者は自我を喪失することが多い。ただ逆鱗の生え方には個人差があり喪失後数日で生え始めた者もいれば二度と生えて来なかった者もいる。未成年は男女問わず首にクラバットを巻き保護しているのだ。
それほど竜人にとって逆鱗とは厄介な体の機関なのである。
ミランダとディックはノアの後ろに回り首を確認すると確かに逆鱗が無くなっていた。
『逆鱗が!?』
族長は絶句する。こればかりはいつノアが正気に戻るのか判断出来ないからだ。あるいは二度と戻らない可能性もある。
「ノア様に代わり私エリックがご説明申し上げます」
ノアがミリー嬢に一目惚れしたことから始まり恋心を募らせ、件の食事会での会話を話す。
「そんなっ、私はディックとはそのような関係ではありません!ただ兄と慕っているだけです!マリラも姉のように思っています」
ミランダが悲痛な声をあげる。
アンナもギュッと拳を握る。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。
『誠に、誠に申し負けない。ディック殿詫びは如何様にもさせて頂きたい。謝って済む事では無いことは重々に承知しておる。どの様な弁償でも気が済むようにさせて頂きたい』
「そんな勘違いでマリラが?そんな程度の理由で…」
ディックはガクリと膝をついた。襲われたの理由があまりにも稚拙すぎる。
グルァァァーー、ギャッギャッ
『ミランダ、ご尊父、気持ちはお察し申すが落ち込んでいる場合では無いでござるよ。ご母堂の移動手段の件など詰める話がござろう』
冷静なルードルフの判断が功を奏してミランダとディックが今一度気持ちを引き締める。
話の展開を聞いていたエリックはミリー嬢が彼の英雄ミランダであることに気付き顔面蒼白となったが面倒なので放置されている。
その後賠償問題ではこちらの希望を話すだけでなく他国からの攻撃などの国家間の問題もあり、普段ディックが使用している水鏡の魔法も展開し、事が事だけに宰相と繋げることになり、其々の問題を検討しあった。
ディックの仕事が国家機密のプロジェクトであったのも問題であり中々話が進まなかったのだが、国家間の話は改めて話し合うことになり近接の問題であるマリラの移動とアンナの対処に話が移った。
魔道具のペガサスの馬車は問題なく貸し出される事が決まったのだがアンナに関しては少々問題になった。
ディックは実家に預けるつもりでいたのだが、手厚く面倒を見るので是非一緒に竜人の国ハユーラディアに来て欲しいと族長閣下に懇願された。しかし宰相の横で話を聞いていた魔術師団長であるマリラの叔父はマリラの実家にと強く推す。
アンナをハユーラディアに連れて行けば眠り続ける母親を毎日見続けることになる。父親も少しでも状態を良くするために研究の日々になるだろう。子供の精神にそんな日々は耐えられるのか?
それよりも祖父母と暮らす方が生殺しのような環境よりずっと良いのではないだろうか?
族長閣下も魔法師団長も父親である。幼い子供の精神に何が一番負担が少ないか考える。
しかし世間一般には娘の子供は息子の子供より可愛いというらしい。本当か嘘かは分からないがゼルグナードではそう言われている。
「やはり伯爵家で預かるのが良いと愚考致しますな」
魔術師団長が強く推す。
ディックに嫁いだためマリラは平民になったのだが、元々は伯爵令嬢であった。魔神が現れ世界の終わりが見えていたので、貴族だの平民だの言わず好きな男に嫁ぐ事が許され、すったもんだの挙げ句結婚した二人であった。
実はこの魔術師団長息子は5人居るが娘は一人も居ない。そしてだれ一人結婚に興味が無く未婚のままで孫もいなかった。
実の娘のように可愛がっていたマリラの娘!
ほとんど私の孫と言って過言ではない!
いや勿論過言だろう。間違いなくアンナの脳内突っ込みが入る案件だ。
アンナが伯爵家に来たら毎日通うつもりでいる。誰にも邪魔はさせない。
魔術師団長は密かに決意を固める。
ディックは色々と悩んだ末アンナをマリラの実家に預ける事にした。
余談ではあるがノアとエリックは犯罪者扱いとなりアンナの住む国ゼルグナードで裁判にかけられることになった。
竜人の国ハユーラディアからアンナの住む邸まではペガサスで最短でも10日はかかる。
しっかりと休憩を取りながらの移動ならもう数日余裕がいる。
点滴を持参してもらうも到着までの10日程度はマリラは栄養を摂取できない。妥協案として竜の涙をベースにした栄養剤を口から流し込むことになった。どの程度の効果があるのかは確信が持てないが、点滴の到着までは何としてももたせてみせるとディックは心に誓っている。
従ってディックはマリラとアンナの面倒をみながら、旅の支度をし早くて約10日後にはマリラと共に邸を発つことになる。
ではアンナはというと、マリラの実家は王都にありそちらからアンナの住む邸までは一月ほどかかる。つまり一月後の旅立ちである。
ゲームでははじまりの国とされていたが、つまるところ勇者召還しか取り立てて目立つものがない弱小田舎国であるゼルグナード。ペガサスなどと言う特異な乗り物があるわけでもないため普通に馬車移動すると時間がかかってしまうのだ。
そこで普段日用品や食料をを配達に来てくれる近くの騎士団に迎えに来てもらい早々にこちらを出発し途中で王都からの迎えと合流する手段を取ることになった。
アンナ一人を置いてディックたちが旅立つわけにはいかなかったからだ。
ミランダは一日でも早く世界の果ての泉の水を手に入れるべく翌日に旅立つことになった。
ミランダが旅立つ当日ディックとアンナは彼女を見送るために外に出ていた。
「ミランダ、すまないが頼む」
コクリとミランダは頷いた。
「アンナちゃん、困ったことがあったらこれを使ってね」
ミランダは腰のポーチから青銀色に輝く物を取り出してアンナに渡した。
「ルードルフの鱗に私の家の紋章を刻んであるから」
鱗には炎を吐く竜の横顔の紋章が青く光っている。
「ミランダ、これは?」
「私との繋がりを示す物だから、自分で言うのも何だけど英雄を敵にまわしたくなければ変なちょっかいは出されないと思うの。それにルードルフが簡易結界の魔法を掛けてくれたから旅の途中に何かあってもきっと守ってくれる。だから…アンナちゃん、これは肌身離さず持ち歩いてね」
「お姉ちゃんありがとー」
アンナは体当たりするようにミランダに抱きついた。
「ミランダ、有り難う」
「気にしないで、ディック。私がアンナちゃんが心配で勝手に用意したものだから」
グギュゥゥゥ、グルァァァ
『そろそろ参るか』
「そうね、じゃぁ行ってくるわね」
トンっと地面を蹴ると身軽にルードルフに飛び乗ったミランダ。
ギュギュギュ、グルー
『それではアンナ殿、ご尊父失礼仕る』
バサリ
ルードルフは羽を広げるとほとんど風圧も起こさず飛び立った。
重力的な魔法か?
ぐんぐん遠のくルードルフをアンナは見つめる。
「何でルードルフ殿は俺のことを親父扱いするんだろう?ミランダからしたら兄貴のはずなんだがなぁ」
ディックは不思議そうに呟いた。
ルードルフがアンナをどれ程重要視していたか知らないからだ。
「…まさかアンナを嫁に欲しいとかじゃ無いよな」
やはり親バカである。
「パパ、ドラゴンさんはお姉ちゃんが大好きだよ」
「そうだよな、テイムされてるくらいだもんなぁ」
「うん」
アンナはにっこりと微笑んだ。
「アンナ、パパのお嫁さんになるー」
もちろんリップサービスだ。
「そうか!パパのお嫁さんになるか!よしよしどこにも嫁になんか行かなくていいからな」
ディックはこれでもかと頭をなで回した挙げ句に抱き上げて頬擦りした。
キャッキャッとはしゃぐアンナを更にギュッと抱き締める。
あと10日もせずに幼い娘と半年近く別れて暮らす事になる。
小さな娘は寂しくなってきっと両親を恋しがることだろう。
どんなに手厚く世話をされようが親の愛に勝るものなど無い。
ごめんな。
ディックは心の中でアンナに謝る。
しかマリラのため、新しい命のため、ディックはアンナと離れなければならない。
これが正しい決断だ。
何度も何度も心に言い聞かせるのであった。
評価を付けて頂いた方、ブックマークを付けて頂いた方、お立ち寄りして頂いた方々皆様読んで頂きまして有り難うございます。
書くのが遅くて本当に申し訳ないです(T_T)




