父の決断3
ゴギューーー、グエェェェーーーー
アンナが暗い気分を少しでも明るくしようと自室の窓を開けた途端地を這うような唸り声が響き渡った。
え、何?怖っ!
アンナは思わず耳を押さえて踞った。
ゴギューーー、グエェェェ、グボォォォー
『勇者殿でござるか、御目に掛かれて光栄にござる』
突然ござる調の言葉が頭に響きアンナはハッと顔を上げた。
いつの間に来たのか窓の外には大きなドラゴンがいた。
「マジか…」
思わずアンナは呟いた。
来たよ、来ちゃったよ、スーパー王道異世界ファンタジー!
異世界と言えばこれ!ドラゴン様の登場だ。
尚且つファンタジーと言えばこれ!テレパシーで話し掛けてくるやつ。
ライトノベルでは高確率で主人公が出会っちゃうのに希少で滅多に出会うことは無いって設定の生き物。
でもって窓から覗き込もうとする王道の出逢い。
鉄板ネタか?捻ろうよもう少し。
窓の外の光景に驚き過ぎて逆に冷静になってしまったアンナ。
青銀色に輝く美しい鱗を持つドラゴンが太陽の光を反射させ優雅にホバリングしている。正直ちょっと眩しくて目が辛い。
アンナはこのドラゴンをゲーム上ではよく知っていた。
ミランダの相棒である。
名はルードルフで、ござる口調で話すキャラでミランダに想いを寄せている。何とこのドラゴンは【グレーゾーンサーガ】7にも出てくるのだ、それも彼の息子と共に。
ドラゴンがござる口調ってやけにコメディタッチだなと思っていたアンナであったが、実際目にするとコメディと言うよりシュールに感じる。
グガァァ、グギュゥー、グボォォォ
『おや、今度の勇者殿は随分とお小さいのでござるな』
あー、これ私の事バレてる。
まあ仕方ないか、ドラゴンは真実の目を持っていて色々なモノを鑑定できるんだっけ?
「こんにちはドラゴンのルードルフさん」
グギュ、グギュゥー、グエェェェ
『なんと!名乗っておらぬのに拙者の名前が分かり申すか!?』
「ええ、まあ。ところでそのグギュゥーとかグボォォォとかちょっと人間には音量が大きすぎて耳が痛いのですが、何とかなりませんか」
『おお、これは失礼つかまつった。以前にも社長殿に注意され申した』
「それで、何故私を勇者と呼ぶのですか」
『社長殿達と同じ場所から来られた、とお見受け致すので』
「なるほど、ルードルフさんの目にはそう視えるのですね」
『如何にも』
「そうですか、でも私を勇者と呼ぶのは半分正解で半分間違っています」
『と申されますと?』
アンナは、もういいやと全て話す事にした。自分一人で異世界転生をした秘密を抱え込むには辛くなってきたのだ。数日前には前世の知識で楽しんでやる!と思っていたのだが昨夜の事件で事情は一変した。
アンナは悔しかった。
自分の不甲斐なさが辛かった。
何より今世では精一杯生きると走馬灯に誓った?のに、目立つのは不味い、とか思って隠れて知識や文字を覚えようと姑息に立ち回っていた自分が許せなかった。
何故ならアンナの知識を使えばマリラを救える可能性があるのだ。
次作の【グレサガワークショップ】の薬品部門ではポーションやエリクサーをガンガン作るのだ。同じ世界のゲームなのだからそれらを作れる可能性は非常に高いと考えられる。
そういうモヤモヤとした負の感情を誰かに聞いて欲しかった。
『成る程、成る程、ふむふむそういう事情でござったか。半分正解というのはアンナ殿が実は桂川 百合殿で勇者殿一行のお仲間で間違いないということでござるな』
「はい」
『半分間違いというのはこの世界で生まれ変わった為勇者殿達のように特異な能力を持ち合わせておられぬということでござろうか?』
「まあそれもあるのですが今から約250年後迄勇者が必要になる事態は起こらないと考えられるので、その頃生きているはずの無い私は勇者ではないのです。世界を救う者が勇者でしょう?私は何一つ救っていません」
『確かに魔神討伐に参加しておられぬし、次に起こるとアンナ殿が予言されておられる異変にも参加致されぬ…勇者殿とは呼べぬか…ふむふむ』
「こんなぐじぐじ悩んだり知識を出し惜しみする人間なんて勇者とはほど遠いです」
ルードルフは数回パチパチと瞬きをし小さくグギュゥーと鳴いて何やら考えるとまたアンナにテレパシーを送ってきた。
『拙者はアンナ殿の選択は正しいと思いますな』
「選択?何の選択ですか」
『目立ち過ぎぬよう生きてきた選択でござる。また、錬金術の知識を披露していないことでござる』
「そうでしょうか」
『拙者の親愛なる相棒ミランダは勇者殿と共に魔神討伐に参加し、その頭角を現し英雄となったことで周りから物珍しげ見られたり、変にすり寄ってくる愚か者が現れたりと大層生き辛い人生となり申した』
「…うん」
『そして錬金術に関してでござるが、アンナ殿はまだこの世界で生を受け3年程度。拙者も人間についてそう詳しくもないのでござるが錬金術師とは勇者以上に希少だと聞き及んでござる。そんな希少な職種の技を知っているというのは世界を揺るがす一大事でござろう。ポーションやエリクサーというものが開発されたならその技術を戦に使われる可能性もござろう。そのての物は時期を見て慎重に開発を進めるのが良いのでござる。誠にアンナ殿は良い選択をなされた』
「錬金術師ってそんなに凄いんですか?」
『如何にも。世間知らずの拙者でも1500年前に大発明を数々残した天才錬金術師以降今に至るまで錬金術師という職業の者は現れてはござらん事は承知してござる。錬金術で作られた品は今では誰も再現できぬ希少な物でござる』
「え、でも…あれ…あ、うん、そうね…言われてみればそうだわ。1~6迄無かった職業だった。今回のワークショップが初披露だったっけ?いや、でも7でも出てこない職業よね?あれ~?あ、でもパパの薬師って職業もゲームに無かったじゃない。ってことは錬金術師も戦闘系ではないからゲームに出てこない職業?7では店でポーションを幾らでも買えたからその頃はありきたりの職業とか?ん~~分からん」
『どうされたのでござるか。拙者不勉強にて申される事の殆どが理解出来なかったでござる。まだまだ未熟者の拙者の為にもう少し分かり易い言葉を何卒』
何故かアンナの目にはドラゴンの頭の上にショボーンと書かれた文字が見える気がする。
ルードルフは愛するミランダの為日々人間を知ろうと努力していたのだ。最近では中々の進歩だと自負していたのだが先程のアンナの言葉は意味が分からず自分の努力不足を実感し若干落ち込んだのだった。
「ああ、違うんですごめんなさい。ちょっと混乱して心の声を垂れ流してしまっただけで大した意味は無いんです」
『心の声?今、思念で会話しておるのに別の声がまだあるのでござるか。人間とは複雑でござる』
あはは、アンナも何だかよく分からないので乾いた笑い声を出す。
『して、一つお聞きしたいのでござるがアンナ殿は錬金術師なのでござるか?それとも250年後の未来を知るように錬金術師をご存知なのでござるか?』
「あー、そうですよね。錬金術師の技の知識をを知っているならそこ気になりますよね」
ドラゴンはコクコクと頷く。
「錬金術師をどんな人物にするか決めてる途中でこちらに来てしまったので、誰が錬金術師なのか、いつ現れるのか実は知らないんです」
『なんと!アンナ殿は錬金術師を選定するお立場なのでござるか?女神様であられましたか!!!』
「いえいえいえいえ」
アンナはブンブンと首を横に振る
「違います!確かに創造主のような事をしていたように聞こえたかもしれませんがそうでは無いんです。シナリオと言ってこの世界の事を書いた書物のような物があってそれに従って物語を作って世間に広める仕事をしてまして…」
『この世界の事を書かれた書物、でござるか?』
「はい、コンブWAKAMEという人物がこの世界の事を詳しく書いてまして、250年後の事まで細かく書いてて…あ、そうだわコンブWAKAMEって名前に心当たりありませんか?あれだけこの世界に詳しいんだものこちらの世界の人のはず」
『申し訳ござらぬが拙者は知り申さぬ』
「そうですか…まあそんなに簡単に正体が分かるとも思ってはいませんでしたけどね」
『拙者は愛するミランダと共に世界中を旅しているので、もし知り得たらアンナ殿にお知らせ致そう』
愛するという言葉にアンナの耳が過剰反応する。
「愛するミランダねぇ、ふーん」
『こ、こここここ、言葉の綾でござるるるる』
キョロキョロと目を泳がせルードルフがあからさまにどもる。青銀色の姿態からほんのり熱を発しているようだ。
何だこれ、めっちゃ可愛いんですけどぉ。
まるでハートが飛んでピンクの靄がかかったエフェクトが見えるようだわ。
アンナはニマニマとルードルフを見つめた。
昨夜からの緊張状態の後のこのほっこり感がありがたくもあった。
エリクサーがあればきっとママを救えるのにと自分を責めていたこともルードルフに話した事で気持ちが少し治まった。
エリクサーを作ろうとしなかった事がむしろ良い判断だと肯定されたときは許されたようで涙が出そうだった。
「ルードルフさん、ありがとうございます。ルードルフさんのお陰で少し元気が出てきました」
『滅相もござらん。桂川 百合殿の力になれたのならば一族の誉れ。世界中と社長殿との約束事でござる。ずっと探していた御仁に出会え感激でござる』
「それでもやっぱり、ありがとうと言いたいです。何かお礼もしたいです」
『拙者は探していた御仁を見つけ興奮して楽しく会話しただけなのでござるが?』
ドラゴンのキョトン顔は中々可愛い、妙にアンナのサービス精神を刺激した。
「今から話すことを信じる信じないはルードルフさんの自由です。でもぜひ聞いて頂きたいんです」
『承知』
「これは約250年先の未来でとあるドラゴンが勇者に語った話です。そのドラゴンは美しい人間の女性に恋をしました。しかしドラゴンと人間では姿形だけでなく寿命も何もかも違う為その恋を諦めていたそうです。しかしあまりにも激しい恋心にとうとうドラゴンは病を煩いました。ドラゴンはどうせ散る命ならと最後に一度だけ女神の使徒の試練を受ける決断をしました。苦難を経てドラゴンは見事試練を踏破し使徒の神力を使う事で人化出来るようになりました」
『そ、それからそのドラゴンはどうしたのでござるか?』
「恋しい女性に何度も何度も気持ちを訴えとうとう女性の心を射止める事に成功しました。神力でドラゴンの寿命を分け与え女性も長い寿命を与えられ幸せに暮らしそのドラゴンは息子も得る事ができました。というお話です」
『…未来にはそのように幸運なドラゴンが存在するのでござるか、羨ましいかぎりでござる』
ルードルフはしんみりと呟いた。
「そうなんです、とても幸運なドラゴンでしょう?そのドラゴンは美しい青銀色の鱗なんですけど息子は英雄と呼ばれた女性の美しい銀の髪に似たのか、鱗が輝く銀色なんですよ」
アンナはにっこりと微笑んだ。
『そそそそそ、それは、つつつつま、つま、つまり拙者の未来でござるるるるかあ?』
「もし未来を知りたくなかったのならごめんなさい。別に未来を変えるわけでもないし、好きな人と結ばれる未来を知ったところで何の問題もないでしょ?」
『ももも勿論でござる。何の問題もござらん!拙者は、拙者は』
いきなりルードルフの双眸から滝のようにダバァーと涙がこぼれ始めた。
「ルードルフさん!勿体無いです、ドラゴンの涙は良い素材になるんですー!いやー何かに溜めてー。無駄にこぼさないでー。泣くなーーー」
ルードルフはズズズっと鼻水を啜りながら枯れる事なく涙を流している。
もしかすると人間の女性に恋をした事を想像以上に悩んでいたのかもしれない、とアンナは思った。
『ドラゴンは涙脆い種族でござる。涙など何時でも集められる故、今は好きに流させて下され後生でござるー』
「そうなの?わかった好きなだけ泣いていいよ」
何時でも集められる素材なら焦って涙を集める必要は無い。アンナはあっさり意見を翻した。
「アンナー」
突然廊下の方からディックの焦った声が聞こえてきた。
「アンナの部屋の前でミランダのドラゴンが」
ディックがガチャリとドア開け慌てて入ってきた。
「ドラゴン?…え?泣いてるのか?」
ディックは一瞬呆然としたがすぐに立ち直った。
「ヤバい、瓶!いや、桶か?とにかく何か涙を溜めるものを」
ディックはポケットを探ったり部屋をキョロキョロしたりと慌て出す。
「パパ?」
「悪い、アンナ今は一刻を争う!ドラゴンの涙を採取できる貴重な機会だ。マリラの薬に使えるかもしれない」
そう言うなりディックは入れ物を求めて部屋を飛び出した。
えーっとつまり貴重なの?貴重じゃないの?
なんだかよくわからないアンナであった。
ちょっと暗い展開が続いたのでコメディ回です。
ござる口調を更に怪しい日本語にして変な言葉づかいにしてみました。
流石にこの日本語はないな。と自分に突っ込みを入れつつ作業しましたが
ちゃんと変になっていたでしょうか?
…って聞き方が既に怪しい感じがする(^_^;)




