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放置ゲーの錬金術師  作者: treetop
3歳です
15/20

父の決断2

「ん…う、ふわあぁ~」


 アンナはベッドの中で欠伸をしながら大きく伸びをした。


 ドンドンドンドン


 誰かが表の扉を叩いているようだ。


「ディックー、マリラー、いるのー?開けてーー」


 ドンドンドンドン


 どうやらこの音で目覚めたらしいとアンナは思った。


 お客さんなんて珍しい!しかも声から察すると女の人だよ。


 ドンドンドンドン


 しつこく扉が叩かれている。


 あれ?何で誰も出ないの、二人で出掛けちゃってるのかなぁ。


 アンナはカーテンの隙間から太陽の光が見える事を確認した。早朝という感じではない。


 ヤバい寝坊した!一人でお着替え計画が~。

 

 ドンドンドンドン


 ホントに誰もいないの?しょうがないなぁ、私が出るか。


 アンナは3歳にして「よっこいしょ」と掛け声を掛けながら起き上がった。そのあたり三十路の意識は根強く残っているらしい。


 起き上がる時にコロリと何かがベッドから落ちた。

 ついつい動く物を視線が追ってしまう。

 アンナは転がったそれを拾い上げた。


「あ、もしかしてこれって」


 ドンドンドンドン


「ディック、マリラいないの?」


 女性は大声で両親の名を呼んでいる。

 アンナは取り敢えずそれをを握ったまま玄関ホールへと急いだ。寝間着のままだが仕方がない。


 アンナは入口の扉の前に立つと少し気取った声を出す。電話に出るとき声が高くなる女性ならではのあの習性だ。


「どちら様ですか?」


「っ!!!誰か居るのね!私はミランダよ、お願いここを開けて」


 ミ、ミランダですって~!

 あのミランダなの?

 嘘、やだ、マジで?


 アンナのテンションが一気にマックスに跳ね上がる。


「今、開けます」


 ガチャリと古めかしいカギを回し扉を開いた。


 うわ~本物だー!

【グレーゾーンサーガ】6で活躍した天才テイマーのミランダだぁ。

 流石にもう少女ではないけど顔立ちは変わってない。

 なるほど画面のCGキャラが現実になるとこんな感じになるのね。


 アンナはまじまじとミランダを見上げたがミランダもアンナを凝視していた。


「あなた、お名前は?」


 ミランダは若干放心したような顔でアンナに尋ねた。


「アンナです。ディックとマリラの娘です。」


 そう聞いた途端にミランダは膝をつきアンナの視線の高さに自分の視線を合わせた。


「…あなたが…そう、アンナちゃんって言うのね」


 ミランダはなんとも言えない表情でアンナを見る。嬉しいような、驚いたような、ちょっと照れたような…。


 あれぇ?ミランダと言えば無表情キャラなんだけどなぁ。


 アンナはそんなことを考えつつミランダに尋ねた。


「こんにちは、何のご用ですか?」


 ハッとミランダは表情を引き締めた。


「ディックとマリラはどこかしら」


「今日はまだ会ってません」


 ミランダは少し焦っているように見える。


「アンナちゃんは今起きたところかしら?表の男達の事は何も知らない?」

「表の男達?」


 アンナはキョトンとして聞き返す。


 ミランダは握り拳の人差し指を唇に当てぶつぶつ呟いている。


「知らないみたいね。あの傷の感じだと昨夜襲撃されたみたいだけど…」


 アンナの耳が襲撃という言葉を拾った。


 襲撃…夜…あっ!


 アンナは一気に昨晩の大きな揺れを思い出した。

 途端に顔が真っ青になりガタガタと震え出した。


 何で私呑気に昨日の夜の事忘れてたの!

 あんなに怖かったのに、信じられない。

 怖い…怖い…


 ミランダはアンナの異変に気がつき抱き上げた。


「大丈夫…大丈夫…」


 ミランダは落ち着いた声で背中をとんとんと優しく叩きはじめた。


「ゆっくり息を吸って…そう上手ね…息を吐いて…ゆっくり…ゆっくり」


 アンナは落ち着き始めた。

 今は揺れているわけではない。深呼吸のお陰で段々周りが見えてくる。


「少し顔に赤みが戻ってきたかしら」

「ありがとう、ミランダさん」

「さんは要らないわ。むしろ、その、あの…」


 何だろう、ほとんど動かない表情筋が微妙にデレて見えるんですけどぉ?


 ミランダの表情の変化のお陰かアンナは平常心り取り戻してきた。


「お姉ちゃん、なんてどうかしら」


 アンナは【グレーゾーンサーガ】でのミランダのバックグラウンドを思い出した。


 母親はミランダの出産時に他界し、父親とはお互い想い合っているのに誤解とすれ違いで仲を拗らせていた。幼少の頃より使用人達に育てられ家族愛に飢えていたミランダは徐々にその心を閉ざしていったのだ。表情が乏しくなっていくミランダに使用人達は気味悪がり彼女との溝は深くなっていくばかりであった。彼女は人間との関わりを避けテイマーの才能を生かし動物達に愛情を注ぐようになった。

 勇者にミランダが力を貸す理由は、とある事件で知り合ったミランダの父親と親交を深めた勇者が拗れた親子仲を修復する切っ掛けを与えた為である。その後、動物にしか興味が無かったミランダは少しずつ人々とも交流を持っていくのである。

 エンディングで流れるアニメーションでは魔神討伐後ミランダは父親の再婚に大賛成し、自分は同居を望まず世界中を巡りたいと旅立つのだ。


 一瞬にしてこれらの情報を記憶から引っ張り出したアンナはにっこりと笑って、


「お姉ちゃん」


 と呼んだ。


 ぽっ、とピンクに染まった頬を誤魔化す為かコホンと一つ咳払いをしてアンナに問いかけた。


「思い出したくないかもしれないけれど、昨日の夜に何があったの?」


「あまり覚えてないんだけど、眠っていたらとても大きな音がして家がグラグラ揺れて、怖くて目が覚めて」

「うん」

「それで何度も音と揺れが続いて、怖い怖いと思ってたら体が動かなくなって息も出来なくなってきて」

「うん」

 ミランダは少しでも怖さを和らげようと優しくアンナの背中を擦る。


「そしたらママとパパが部屋に入ってきて、ママが抱き締めてくれて何か魔法をかけてくれたみたいで、何だか気持ちが落ち着いていつの間にか寝ちゃったの」


「そう、とても怖かったね。頑張ったね」

 ミランダは偉い偉いとアンナの頭を撫でた。


「お姉ちゃん、アンナも聞いていい?」

「ええ」

「さっき言ってた表の男達って?」

「ここを襲った男達のことよ。ディックのことを悪い人だと勘違いして襲撃したの。私はそれを止めに来たんだけど間に合わなかった…」


 何て傍迷惑なやつらだ!

 呆れてものも言えないわ!!!

 でも…


「お姉ちゃんまさかその男達って死んでないよね?」

 ミランダはそっと視線を逸らす。

「えーっ!死んでるの?」


「まだ死んでないわ。でもこのまま放置していたら危ないかもしれない」


 ミランダは正直に答えた。


「ウソー!早く手当てしないと!!!」


「そうなんだけど竜人はとても強いから、もしまともに戦ったのならディックやマリラの方が重症なんじゃないかと思って」


「なっ!?何で先にそれを言わないの!お姉ちゃん降ろして」


 アンナは慌てて両親の部屋に向かった。

 ミランダもアンナの後を追いかけて二階に駆け上がる。


 勢いよくドアを開けてアンナは部屋の中に入った。


 部屋にはベッドで横になって目を閉じているマリラと武装したままマリラの手を握り座り込んだままピクリとも動かないディックがいた。


 アンナはそっと近付きマリラを見る。


 嫌な予感にドッドッドッと心臓が煩く騒いでいる。


 まるで血の気のない顔色は生きているとは思えなかった。


 ディックが握っているマリラの手にそっと触れてみる。


 …冷たい。


「アンナ、起きたのか」


 ディックはアンナが部屋に入ってきた事に漸く気付いた。


「パパ、ママはどうしたの?」


 アンナは震える声でディックに聞いた。死んでるの?とは聞けなかった。


「ママは…ママは寝てるだけだよ」


 ディックは小さく呟いた。


「ディック」

 ミランダが思わず声をかけた。ディックはゆっくりと振り向く。


「ミランダ、何故此処に?」

 ディックはミランダに問いかけたが本当に聞きたいという顔ではない。勝手に口が動いているといった感じである。


「ディック本当の事を言って。マリラは生きているの?寝ているだけなの?」


 ディックはピクリと片方の眉を動かした。


「生きてはいる…辛うじて」


「そう、生きているのね。なら本当に寝ているだけなのね」


 ディックは小さく首を横に振った。


「昨日マリラは竜人の男の魔法を受けて倒れた。氷の針が深く胸に刺さったんだ。俺はすぐにマリラを手当てしたんだ、最高の薬を湯水のように使って」


 ディックはふぅーっと息を吐いた。


「傷は完璧に治った。なのにマリラは目覚めないんだ。鼓動が弱く呼吸も浅いし体温も低い。死んではいないが、生きているようには見えない」


「傷が治っているのに目覚めないなんて呪いを受けているのかしら…でも大丈夫よディック私に任せて」


 ミランダはドンと自分の胸を叩いた。


「任せてって、教会に治療に連れていくのか?こんな珍しい症状の患者を治療できるほどの腕利きの治癒術師を知っているのか?」


 ミランダはふるふると首を横に振った。


「私を誰だと思っているの、世界中を勇者様方と旅したミランダよ。奇病の治し方ぐらい心当たりがあるわ」


 唇の左端を少し上げサムズアップして見せるミランダ。


 こんなに一寸だけの表情筋の変化でおどけて見えるなんてお姉ちゃんやるな!


 アンナはどうでもいいことに感心する。


「ミランダ、本当にそんなものが?」


「ええ、世界の果てにガーディアンに守られた不思議な泉があってね、その泉の水はどんな病や傷でもたちどころに治してしまうの。ガーディアンに認められた者しか泉の水は汲めないんだけど私は勇者様方と一緒にガーディアンに認められているの。だからマリラだって治せるわ」


 そう聞いた途端ディックはがばりと立ち上がりミランダの両肩を掴んだ。


「そんな話しは初耳だがいったいそれは何処にある。今すぐ行こう」


 しかしミランダは首を振る。


「ごめんなさいディック、勇者様なら転移魔法で一瞬で行けるけどたとえドラゴンでもこの国からなら片道3ヶ月はかかるの。ディックはドラゴンには乗れなかったでしょ。私が必ず手に入れるから待っていて欲しいの」


 ディックは絶望的な顔をする。確かに以前ミランダのドラゴンに乗ろうとしたがドラゴンに認めて貰えず断念したのだ。


「この状態で6ヶ月も生き続けられるのか…」


 アンナはぎゅうっとディックの足に抱きついた。


「パパ何言ってるの!生き続けられるかじゃなくて、生き続けさせるのよ。パパは勇者様も認める優秀な薬師なんでしょ。どんな手を使ってもお姉ちゃんがその水を持って帰って来るまで命を繋げるの!」


 アンナの目にはぶわりと涙が盛り上がった。万が一ママが死んでしまったらと思うと怖くて仕方がないが震えそうになる声を必死で抑えて話し続ける。


「大丈夫だよ、パパならきっとできる。絶対ママだってそう言うはずだよ。何時だってママはパパを信じてるんだから」


「そうよディック、私達でマリラを助けましょう」


 ディックは自分の足にしがみついている娘の頭を撫でた。不安なのだろう小さく震えている振動が足に伝わる。彼はその腕に娘を抱き上げた。子供特有の少し高めの体温とぷにぷにとした弾力のある肌がディックの心を和らげる。


「分かった、やってみよう」


 ディックは抱き締めたアンナの首もとに顔を埋めくぐもった声で答えた。


 その様子を見ていたミランダが遠慮がちに口を開く。


「急かすようで悪いんだけど…少しでも早く旅立ちたいから諸々の事を決めてしまいましょう」


 アンナの首から顔を上げたディックはミランダの顔を見た。


「諸々?」


「ええ、ディック達の家を悪く言うつもりはないのだけど此処では何か有ったとき誰も助けに駆け付けられないわ。マリラの体調維持にはこの場所は向いていないと思うの」


 ミランダはディック達が何故こんな人里離れた場所に住んでいるのか理由を知らない。


 ディックはミランダに言われ「ふむ」と考え込んだ。


「そうだな、確かに此処では設備や薬が足りないかもしれない。万全の態勢を整えるならやはり宮廷薬物研究所の一室を借りるか…」


「次にアンナちゃんの事」


「アンナの?」

 ディックは不思議そうに答えた。


「ディックはマリラに掛かりきりになるでしょ?誰が面倒をみるの?研究所に連れて行くつもり?」


 ハッとディックはアンナを見た。いくら手の掛からない賢い子供とはいえ一人で放っておくわけにはいかない、何と言ってもまだ3歳なのだ。マリラの状態はまだ何とも言えない、昼夜側に付いている事になるだろう。


「実家に預かってもらうか…」


 ミランダは少し悲しげな目でアンナを見た。家族と離れる辛さは嫌と言うほど知っている。


「アンナちゃん…ごめんなさい」


「ミランダが謝る事ではないだろう」


「いいえ…私のせいなの。私が…私が…」


 ミランダは大きな金色の瞳からポロポロと涙を溢した。

 今まで必死に耐えていたが兄と慕う人の前では我慢しきれなかった。自分の言葉であまりにも大きな事件が起こり大切な姉のような人に大怪我を負わせ、その家族も傷付けている。ミランダの精神もギリギリで平静を保っていたのかもしれない。

 ミランダは事件のあらましを語った。

 話を聞いていたディックとアンナは激しい怒りが沸き起こった。

 マリラが怪我をして倒れた理由が酷すぎる。

 ノアという男が馬鹿なだけでミランダに罪が有るとも思えない。


 何とも言えないやるせない気持ちが押し寄せる。


 しかしだからと言って立ち止まるわけにはいかない。


 今は自分に出来る事をやるだけだ。


 ディックとアンナはお互いをしっかりと抱きしめあった。







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