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放置ゲーの錬金術師  作者: treetop
3歳です
13/20

招かれざる客人3

神聖なる(ディバイン)(プロテクション)


 マリラの声とともに光の盾が現れディックを守る。

 夜に闇色を纏う槍は大変見え辛いのだが盾は確実に相手の魔法の槍を弾いた。

 いつの間にかマリラは家から出てきていたようで自分の背丈ほどもある大きな杖を構えている。

 月明かりの中に立つ白い薄手の寝間着姿の彼女ははとても神秘的で女神のような美しさだった。


「アンナは?」

 ディックは空に浮かぶ新たな男を睨みつけたままマリラに尋ねた。


「落ち着かせてから魔法で眠らせたわ」

「そうか」


 一先ずアンナの容態が落ち着いた事を確認したディックは、少し心に余裕ができた。危ない目には会わせたくはないが側にマリラがいることで更に高ぶっていた気持ちが鎮まる。


「ノアー!」

 新たに現れたもう一人の男は槍を構えペガサスに乗って急降下で宙を駆けてくる。


 ディックの足の下で血を流し倒れている仲間を目にし男は焦っている様にもみえるが、ディックへの敵意は十分に感じられた。


「うおおおおおおっ」

 槍の男は気合いを込めた声を上げペガサスの勢いのままにディックに突きを放つ。ディックは剣で攻撃を流し、すれ違い様にペガサスの脚の骨を粉砕する。できれば相手の男の体に粉砕の魔法を当てたかったのだが、剣とは違い槍は相手までの距離が若干あるため届かなかった。次善の策としてペガサスに当てたのだが驚いたペガサスは倒れこみ槍の男は馬上から体を投げ出された。勢いが付きすぎていたのか上手く受身が取れなかった為体を強く打ち付け男は咳き込んだ。


 すかさずマリラが杖を掲げ魔法を唱える。


風の大爪(ウインドウクロウ)


氷の狂刃(アイスエッジ)


神の(ジャッジメント)審判(オブゴッド)


紅炎の(プロミネンス)(ダンス)


火炎の矢(フレイムアロー)


 ゴオオォ、バシューッ、チュドーン、ドカーン、ドドドドッ


 これでもかと打ち込まれる魔法で、辺りの大気は揺れ轟音が響き熱風や埃が舞踊る。

 男は防御魔法で辛うじて耐えているが無傷ではいられない。服と一緒に肉も抉られ火傷に凍傷、打撲刺し傷…次々と体にダメージが加算されていく。


「まだまだ行くわよ、こんな程度で済ませない」


 マリラの目が据わっている。

 彼女の怒りも限度を越していたのかもしれない。

 魔力残量など気にもかけず思い付くまま魔法を唱える姿は狂気すら感じる。

 子供を守る母親の姿がそこにはあった。

 自制も配慮も全くしない徹底的な攻撃。

 もし彼の命が助かればもう二度と彼女へ攻撃しようなどとは考えないだろう。


 血塗れで転がる槍を持っていたと男は既に意識を失っているのかもしれない。辛うじて上下する胸のお陰で呼吸をしていることが分かる。


「アルティミットォ」

「マリラ、それ以上は駄目だ」


 ディックがマリラの杖を掴んで攻撃を止める。


「止めないで、許せないわ」

「気持ちは分かるよ俺もそうだ。しかしこいつらには聞きたいことがある」


 ディックはマリラの目を見て静かに首を振る。


 マリラは大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。その息は少し震えている様だった。

 辛い時期を乗り越えやっと掴んだ幸せをいきなり壊されそうになったのだ。恐怖と怒りがこみ上げてくる。

 先程アンナを抱きしめた時の感覚が蘇ってきた。

 ガクガクと震えるアンナの小さな両手足は血の気が引いているのか異常に冷たく、愛らしい瞳は見開かれているもののまるで何も映していない様に視点が定まっていなかった。浅く早い呼吸は息苦しそうで止まってしまうのではないかとマリラは恐れで胸が締め付けられる思いだった。


 マリラは過去にアンナのような症状を見たことがあった。


 それは勇者様支援特別隊に所属していた頃のことだ。勇者様方と魔獣に襲われている村を助けに駆けつけた時、恐怖で足がすくみ逃げ遅れた少年を父親がその背中で庇い魔獣の大きな爪に身を抉られ倒れた。直ちに救助し魔獣を倒して治療を行った。幸いにもディックの効果の高い薬とアコライト·クボタ様の高度な治癒魔法で父親の怪我はすぐに完治したのだが少年は心に深い傷を残した。

 自分のせいで父親が血塗れで倒れたことで後悔や魔獣の恐怖が激しく少年の心を襲ったのだ。

 少年はその日の夜に避難所で魔獣の遠吠えを耳にしたとたん激しい痙攣を起こし倒れた。勇者様方は少年の症状をトラウマとかパニックという聞いたことの無い言葉で表現した。心の傷は目には見えないがとても辛いもので完治には時間がかかるか、あるいは治らないこともあると説明していた。この先この少年は魔獣を目にしたり鳴き声を聞く度に心の傷がぶり返し恐怖に駆られて倒れることになるかもしれないとも言っていた。支援隊の隊長は辛そうな声でこのような症状は珍しくはないのだと語っていた。瘴気がもたらす病気や食糧難に魔獣や魔物の恐怖、次々と魔神に殺されていく人々の噂等々、平静でいられる者などいなかった。皆心の何処かが病んでいるのだと悲し気に隊長は話を締めくくった。

 もしかしたらマリラやディックも心の何処かが病んでしまったのかもしれない。殺らなければ殺られる、と数々の戦闘で頭に刻み付けられているのだから…。

 生き残る為には盗賊や裏切り者等、人に向かって迷いなく剣を振るい魔法を撃ち込めるのだから…。


 勇者様方は仲間内で何かを相談した後奇跡を起こした。


 勇者様が未来を予言し新しい魔法を編み出して見せたのだ。


 勇者·シャチョーは内緒なんですけどね、と言いながら話した。

女神の(ゴッデス)祝福(ブレェシング)という魔法があるんです。いや250年先にはあるんです、今は存在しませんが。魔神が倒されてから250年の間のどこかで見つかり250年後には教会で一般的に扱われている魔法です。心の病に効果があり安らぎをもたらす魔法です。本来は精神攻撃解除魔法ですがおそらく効果があるはずです。いつどこで見つかる魔法かは分からないのですが、まぁ250年も待てませんから魔神を倒したらすぐに普及させて下さい」


 それを聞いた支援隊隊長は勇者様に問いかけた。


「なぜ魔神討伐後なのですか」


「6の世界で存在しない魔法を使用し何か取り返しのつかない事が起これば責任が取れません。ここがゲームではない事は十分に理解していますがエラーやバグは怖いんですよ」


 隊長達には勇者様の答えた言葉の半分は理解出来なかった。しかし魔神討伐前にその魔法を使えば良くないことが起こる危険がある、ということは理解出来た。


「心の病にどれ程効くかは分かりませんが、全く効果が無いということは無いはずです」


 そして勇者様から授けられた魔法は魔神討伐後教会を中心に広まっていった。



 マリラはあの時見た少年の姿が震えるアンナと重なった。つまりアンナはそれほどの恐怖を味わったということなのだ。暗闇の中で一人っきり、耳が痛くなるような大きな音に激しい揺れ…小さな子供にとって怖くない筈がないのだ。今まで三人きりの静かで小さい平穏な世界しか知らないアンナには刺激が強すぎたに違いない。



「…アンナの所に戻るわ」

 マリラは魔法を放つのを諦め踵を返し家の方へ向かったのだが途中で思い直したのか小走りで戻ってきた。


「どうした?」

 不思議そうにディックが聞くとマリラはぷくっと頬を膨らました顔で見返してきた。


「やっぱりまだ気持ちが収まらないわ!えいっ!」


 気合い一発。ギンッと鋭く睨み付けたマリラは、杖で倒れた男の頭を大きく振りかぶってポカリと殴った。そしてもう一人の男にも近付いてまた頭をポカリと殴る。

 ディックはその様子を呆気に取られて見ていた。何故なら魔術師とは直接攻撃を非常に嫌い命の次に杖を大事にする人達なのだ。ひと昔前の魔術師は直接自分の手で攻撃を加えるなど野蛮で品性に欠けると蔑んでいたという。魔術師の殴りあい、とはあり得ないことを意味する諺である。しかも大切な杖で殴るなど考えられない行為なのだ。


 しかしディックはこのあり得ない行為を見た後、驚くよりも笑い出すのを押さえる方に苦労した。


 いくらなんでもあれはない!


 ディックの率直な感想だった。大きく頭上に振りかぶった杖をそのまま下ろすだけでもそれなりの攻撃を与えられるだろう、何せ相手は動かないのだ。しかし長い杖は振り下ろされる時に若干寝間着に絡まり勢いが削がれヘロヘロと落ちる。しかも当たる瞬間に目を瞑り半分以上土を叩いている。ほぼ当たっていない上に竜人の皮膚はとても硬い、痛みなど全く感じていないであろう。むしろマリラの手の方が心配である。


「気が済んだ?」

「全然足りないけど、ええ少しは気が済んだわ」


 どや顔でやりきった感を醸し出すマリラにディックの頬はピクピクするがここは笑う場面ではない。頬の内側の肉をぎゅっと噛んで笑みを堪え、キリッとした顔を作る。


 やばい、俺の嫁は何でこんなに可愛いんだ。


 思った以上に手応えが無かった襲撃者にディックは張りつめていた気を緩めた。しかしこの時の気の緩みのせいでどれ程後悔とすることになるか今のディックには想像もつかなかっただろう…。


「ねえディック、これどうするの?」


 マリラはゴミを見るような目で転がっている男達を見た。


「そうだな、とりあえず拘束して地下室にでも放り込むか」

「何の目的で此処に来たのかしら」

「さあな、畑が珍しいには違いないが何の成果も挙げていないのに探りに来たってのもおかしいし…」

「竜人族、よね?」

「ああ、この角はそうだろうな」


 マリラは少し考えると嫌そうに口を開く。


「竜人族の回復力は目を見張るものがあるわ。今は重症でも短期間に動ける様になるはずよ、また襲ってこない様に厳重に対処してね」

「うん」

「魔法も得意な筈がだから魔力封じの腕輪も忘れないでね」

「分かった」


 少し安心したのかマリラはディックに頷いて家に向かおうとした。

 しかしその時、マリラの目の端に動くものが映った。


 ノアと呼ばれていた男が、背中を向けてるディックへ魔法を撃とうとしていたのだ。


 それは咄嗟の判断だった。


「…アイ…ス…ニード…ル」


 男が氷の針を作り出しディックに魔法を放った。


 防御魔法が間に合わないと感覚で分かったマリラは人生でおそらく一番速く動いたに違いない。


 彼女はディックの背後に身を投げ出した。


 振り返ったディックの目には氷の針に胸を射られ崩れ落ちるマリラの姿がやけにゆっくりと映った。


「マリラーーーー」


 ディックの叫び声が夜のしじまに響き渡った。







主人公がなかなか活躍しない…( ´-ω-)

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