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放置ゲーの錬金術師  作者: treetop
3歳です
12/20

招かれざる客人2

 ドンッ


 それは突然の出来事であった。

 ディックから貰ったグリーンスライムの核を手に、アンナは幸せな夢の世界にいた。眠る前に魔核の実験をどうやって行おうかとあれこれ考えていたせいか、とても面白い夢を見ていた。


 ドンッ


 またしても大きな音がして家が揺れる。


 地震!


 一瞬にしてアンナの意識は覚醒したが体は全く動かなかった。

 魂に刻み付けられた亡くなった時の感覚がフラッシュバックした為、地震の恐怖に体が硬直してしまったのだ。会議室で死の危険が迫った時の方が却って落ち着いていたかもしれない。しかし一度臨死体験をすれば生にしがみつく気持ちが強くなるのだろうか、前とは違い怖くて仕方がない。転生などそうあることでは無いのだから次がある等と考えてはいけない。折角手に入れた命なのだ精一杯生きなければならない。生きるとは極端に言えば死なないということなのだ。


 早く避難しないとまた死んでしまう。

 あんな痛い思いは二度としたくない!


 アンナは生暖かいぬるっとした血が顔に流れる感覚を思い出した。


 嫌だ、怖い、誰か助けて。


 アンナは心の中で叫び声をあげていたが実際にはのどはぴくりとも振れず声を出すことは出来なかった。


 恐怖がアンナを支配し体が言うことを聞かない。


 自由にならない体に心もパニック状態になってくる。



 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 助けて、死にたくない。

 痛いよー、苦しい。


 実際には傷一つないがアンナの脳は頭に大怪我をした錯覚を起こす。

 呼吸も段々出来なくなってきた。


 ハァッ、ハァッ、ハァッ


 アンナは浅い息しか出来ない。


 バンッ


「「アンナっ!」」


 勢いよく扉を開けディックとマリラがアンナの部屋に駆け込んできた。


「アンナ、無事か!」


 ディックは横になったままのアンナを見て一瞬ホッと息をついた。


 マリラはギュッとアンナを抱き締めて叫んだ。


「ディック、アンナの様子がおかしいわ」

「何だと」


 ドンッ


 また大きな音がして家が揺れた。まるで何かが家を攻撃しているようだ。頑丈な結界に覆われている為家が揺れる程度で済んでいるようだが逆に言えば頑丈な結界を揺らす程の攻撃がされているということだ。


 今の揺れを受けてアンナの体は硬直したままガクガクと大きく揺れ始めた。


「不味い恐怖で痙攣を起こしている」


 ディックの叫びにマリラは更に力を入れて抱きしめアンナに語りかける。


「大丈夫よアンナ。ママがついてるわ」


 マリラはディックを見た。


「ここは私に任せてディックは外の様子を見てきて」

「分かった、アンナを頼む」

 ディックは震えるアンナの頭を撫で部屋を出た。


「気を付けてね」

 かろうじてディックの耳はマリラの声を拾ったが足は既に走り出している。


 何者だ、俺の娘をあんなにした奴は!


 ディックは怒りで頭が沸騰しそうだった。

 ディックが向かったのは、地下の武器庫である。人里離れた辺鄙な場所では頼れる騎士など存在しない。魔物や盗賊などが現れないとは限らないのだ。自分のいや家族の命は自分が守らなければならない。世界が平和になったとはいえ、いつ何が起こるか分からないのだ。万が一を考え、備えるのは常識である。


 幸いディックは腕に覚えがあった。

 剣術の腕前は並の騎士より遥かに高い。兎角襲われやすい商人は、自衛の為に護身術を身に付ける者が多い。ディックも幼い頃より師につき剣技を学んだのだが素質が高かったようであっという間に師に肩を並べる実力になった。



 魔神が復活し世界が恐怖に彩られ混沌としていた数年前、戦える者は剣を手に魔獣や魔物と死闘を繰り広げていた。調合した薬は作った横から無くなり材料もいつも足りない状態が日常であった。

 採取依頼を冒険者ギルドに出しても強い魔物を討伐するのに人員を取られ依頼を受けて貰える事が無かった。

 やむ無く薬師達は自ら採取に赴くこととなったのだ。

 薬師の使う錬成魔法は薬草等の材料を対象として撹拌、乾燥、粉砕、圧縮、異物除去等が代表的である。調合に便利な為、適正があればそれに加えて初歩の水魔法や火魔法を覚え煮詰め作業を上手く行う者もいる。

 はっきり言って戦闘には向いていない。

 それが今までの常識であった。


 しかしその常識を塗り替えたのがディックなのだ。錬成魔法と得意の剣術で採取の邪魔になる魔物を随分と討伐したのだ。


 空を飛ぶ魔物には翼の周りの気流を撹拌すると上手く飛べなくなり、混乱した魔物に毒を仕込んだナイフを投げ落下させてから退治した。

 水辺に住む魔物には乾燥させると動きや攻撃が鈍くなるので剣で仕留めた。

 粉砕は効果範囲が狭いため接近戦でしか使えないが、足や腕の骨あるいは眼球等を粉砕することで隙を作り戦い易かった。

 異物除去は剣に着いた血糊を一瞬にして落とす事ができ、切れ味を保つことができた。


 しかしこれらを扱うには抜群のセンスと緻密な魔法のコントロールが必要であり誰もディックの真似は出来なかった。また、ディック自身も自分の手の内を明かすような事はしたくなかったので、人前ではよほどの事が無い限り使わなかった。


 そしてディックの装備もまた強さに一役買っていた。


 実家の財力に物を言わせた一流品揃いであった。鉱石さえ簡単に切ることができるアダマンタイトの魔剣は雷魔法が付与された一品だ。倍速で走る事ができる風魔法が付与されたブーツ、気配察知や索敵効果のあるミスリルの兜、攻撃魔法のダメージを軽減するミスリルと皮でできた軽鎧。

 この兜と鎧は、勇者様からゼルグナードの市場では出回らない上級の傷薬を錬成してくれたお礼として、直々に光魔法を付与していただいた世界に二つと無い品である。勇者様も覚えたばかりの付与魔法を試したいという気落ちがあった為ウィンウィンであった。国宝に指定されてもおかしくない品だがディックはこの二品を上に報告していない。そもそも魔法が付与されていなくともミスリルの兜や鎧は大変高価な物なのだ、国宝に指定され召し上げられでもしたら堪ったものではない。あくまでも薬の礼として個人で受け取ったもの…とバレた時には言い張るつもりだ。


 ディックは手慣れた様子で使い慣れた武器や防具を装備していく。


 ドンッ


 また大きく家が揺れた。


 勇者様一行のウィザード·イクタ様直伝の強固な結界を張っている為、結界が破壊されるとは思っていないがあんな状態のアンナを見た後では気が焦ってしまう。


 フウーッ


 ディックは大きく息を吐いた。

 落ち着かなければ…。

 魔物なら何も考えず戦えばいいし、強盗の類いもまた然り。しかしもし攻撃しているのが他国の者であれば問題である。秘密の研究施設であるこの場所への攻撃は何かしらのトラブルが考えられるのだ。

 捕まえて上の指示を仰ぎ尋問することとなるだろう。

 しかし今の頭に血が上った状態では相手を殺しかねない。

 混沌の乱世を生き残ってきたのは伊達ではない。殺られる前に殺る、それが生き残るコツなのだ。


 少し考え即死の毒を塗った投擲用ナイフと麻痺薬を塗った投擲用ナイフの二種類も装備することにした。


 ディックは一階へ上がるとダイニングのカーテンの隙間からそっと外の様子を伺ってみる。


「なっ!」


 何をやってやがる!


 ディックは窓の外を凝視した。


 外には屋根より随分と高い位置から魔法を放とうとする男がいた。頭から生えた角の特徴から竜人族の男であることが見てとれる。男はペガサスに跨がり両手を高く上げており、その手の先には巨大な氷の塊が浮かんでいた。塊というより寧ろ小山と言った方が正しいかもしれない。それほどに大きな氷であった。


完全なる(アブソリュート)氷山(アイスバーグ)


 男が叫んで両手を振り下ろすと小山のような氷の塊が勢いよく落ちてきて家に直撃した。


 ドンッ


 またもや大きな音がして家が揺れる。


 ふざけた真似をしやがってっ!


 何とか落ち着かせていたディックの感情が、実際に我が家に魔法を撃ち込まれる様を目にして一気に振り切った。


 ユラリ、と揺れる様に歩き出し出入口のドアへと進み躊躇なくドアを開ける。


 怒りがマックス状態のディックの目は寧ろ何の感情も映していない様に凪いでいた。


「やっと出で来たな。貴様がディックかー!」


 ペガサスに乗った青年は高度を下げ地上100セル(1メートル)程の高さで留まった。ディックとの間は1000セル(10メートル)といったところか。


「へー、中に誰が居るかも確認せずに魔法を撃ち込んでいたのか」


 これ以上は無いと思っていた怒りが更に上がる。

 相手の男の非常識さにディックは手加減等忘れた。


 竜人族の男は怒りに満ちた目を向け指を指して叫んだ。


「妻を持ちながらいたいけな乙女の心を弄とは、グフッ」


 ディックは男の能書き等聞く気もなく攻撃に出た。


 まず風魔法で浮いているペガサスの周りの空気を撹拌し動けない様にその場に固定した。次に麻痺薬がたっぷりと塗りつけられたナイフを投げつける。その右手は命中率アップの指輪と腕力強化の籠手が装着されている。

 何者かは分からないが明らかにディックに敵意を持っている事は理解出来た為遠慮はしない。

 竜人族の男の右目に深々とナイフは突き刺さった。

 ナイフを投擲すると同時に走り出したディックは軽く跳んで回し蹴りで目を潰され怯んだ男を勢いよく落馬させ左肩を剣で切りつけた。そして逃げられない様に右足首の骨を粉砕する。


「うがっ、あうっ」


 地面に転がった竜人族の男は痛みと恐怖に目を見開きガクガクと震えだした。

 竜人族の男はただの人間であるディックを最初からなめていたのだろう。

 男の憧れる女性ミランダの心を弄んだ優男など竜人である自分の敵ではない。軽く叩き潰してやる、と息巻いていた。

 

 引き剥がされた逆鱗で正常な判断などとうにできていなかった。


 しかし現実は男とディックの実力の差は余りにも開いていた。いや、この場合は実力の差というより場数の差かもしれない。生死を賭けて戦ってきたディックと騎士に守られ育ってきた男とでは比べること自体間違っていた。いくら竜人族は頑強な体を持ち力が強く様々な能力を持っていたとしても、混沌の時代に大切に守られ温い環境で育った男ではディックに敵うはずが無かった。


「うっ、あ、うう」


 男が上げる苦痛の声は意味を成さない。


 よく見ると男はかなり若いようだ。

 成人したての様に見えるし、今は血で汚れてしまっているが高価そうな身なりをしている。


「おい、お前何者だ?」


 ディックはグイっと傷付いた左肩を踏みつけた。

 こんな程度ではまだまだ怒りがおさまらない。


「うあーっ」


 激痛に男は叫び声を上げる。


「ブルル、ヒヒーン」


 突然のペガサスの嘶きでディックは肩に足を乗せたまま振り返った。

 ペガサスが上空に視線を上げているのでディックも自然とペガサスの視線の先を目で追う。


 新たに現れた竜人族の男が魔力を練っていた。


暗黒の槍(ダークネススピア)


 ディックに向けて闇色の槍が放たれた。







薬師の使う錬成術がどのようなものか少し出てきましたが、あくまで錬成術であり錬金術ではない、という設定です。

そのうちなんだかんだでどうのこうのとなってくる予定なので気長にお待ち頂ければ幸いです。

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