プロローグ
はじめまして、宜しくお願いします。
このお話はフィクションです。実在の人物、団体等とは関係ありません。
「幼女はダメだと言ってるじゃないですか!」
第三会議室に唸るような女性の怒声が響いた。
ここ、第三会議室は、社員の間では倉庫会議室と呼ばれている場所である。
六畳ほどの狭い部屋に資料が溢れんばかりに詰め込まれた業務用スチールキャビネットが壁沿いにぐるりと置かれ、圧迫感が半端ない。キャビネットの上にもダンボールが積まれ未整理の資料が押し込まれている。もちろん床にもダンボールが積まれている。
そこにTの字に置いた3台の会議用机に大人が6人。
狭い。
そして白熱する会議は暑苦しい。
空調が壊れているのかと疑いたくなるほどだ。
女性の怒声を浴びても平然と男性は微笑んでいた。
しかし彼はただの男性ではない。
超イケメン。
そう、間違いなくスーパーなイケメンだ。
10人女性がいれば6人は間違いなく「イケメンだ!」と目の色を変えるだろう。
残り3人は「神だ!」と崇め最後の1人は気絶をする…かもしれないほどのイケメンである。
純粋な日本人ではないであろう顔面の彫りの深さに薄い色の瞳と柔らかそうな栗色の髪。
高い身長に長い足。
一見ラフな格好に見えるが実は高級ブランドをさりげなく着こなしている姿は、もはやファッションモデルの表紙のようだ。
彼は徐に口を開く。
「ゴスロリにツインテールのドリル。更に語尾に『のじゃ』がついたら最強だと思わないか?ツンデレはもはや常識だよな」
うっとりと呟く残念なイケメンに先程怒鳴った女性 桂川 百合はそっと視線をそらした。
ロリっ娘さえ関わらなければ 害の無いイケメンなのに…
惜しい!見てる分には面白いが、仕事となればイライラする。
百合は心の中で呟く。
すると彼の隣に座っていた男性が眼鏡をクイッと上げ、面倒臭そうに発言した。
「社長。このご時世コンプライアンス的に色々煩いから幼女は絶対却下」
「いや、ちゃんと手はある」
食いぎみに社長と呼ばれたイケメンは声をあげるとちらりと眼鏡男子に視線を投げる。
「見た目はロリっ娘でも中身が成人なら問題無い。この業界、その逃げ道でみんなクリアしてるじゃないか。設定に『ロリババァ』と入れるだけですむ」
この業界とはゲーム業界のことだ。
『イエスロリータ、ノータッチ』の精神を忘れた残念な大きなお友達を撲滅するため、ゲーム業界では幼女を繊細に扱わなければならない。
この扱いを間違えると行政から指導が入ると言われている。
そこで幼女をキャラに加える際には、中身が大人あるいはTS等と一工夫することが多い。
今まさに、この会議室では次回作のゲームのメインキャラが練られているところで、最も売り上げに関わる重大案件の1つとして話し合いが続行中なのである。
眼鏡の彼、生田 正幸はハァと溜め息をつく
「そういう面倒な事を避けるために幼女は却下と何度も言ってるんです」
そしてキラリと眼鏡を輝かせると
「つまり、ここはやはりモフモフ一択!ということです。キュートなネコミミっ娘、たれミミ愛嬌ウサギっ娘、神秘のキツネっ娘、可憐なワン娘、どれをとっても間違いない!」
ぐっと握り拳を作りフルフルと若干身悶えしながらほんのり頬を染める。
ああ、ここにも1人残念な人物が…
百合は心の声が漏れそうになる。
今度は百合の正面に座る松下 隆が叫ぶ。
「いい加減にしろよ。錬金術だぞ?魔法しか出てこないんだそ?ボン、キユッ、ボンの熟女だろ!世界観を考えろよ」
いや、お前がな!
百合は盛大に心でツッコミをいれた。
確かにゲームの世界観は大切だ。
剣と魔法のRPGで全年齢対象のゲーム【グレーゾーンサーガ】~悠久の果ての真実~。
シナリオが練りに練られた感動と涙の大冒険物語。
15年前にシリーズ1作目が世に出て来年の秋に7作目が発表される。
大学のサークルでノリで作った1作目。
今、この会議室にいる6人が当初からのメンバーだ。
シナリオは、わずかな謝礼しか出せなかったが、一般募集して採用し毎回同じ人にお願いしている。もちろん今では、大金をお支払いしている。
まるで見てきたのか?と、疑いたくなるほどの細かな描写や設定に皆が感動し、その冒険に心を踊らせた。
1、2作は残念ながら売り上げが良くなかったが、3作目が大当たりしてそこから大躍進し、今では一流企業に仲間入りを果たしている。
今回のゲームは本来のゲームから派生した錬金術メインの放置型の育成とアイテム作製のゲーム。所謂放置ゲーである。
携帯で1日数回ポチポチタップするだけでポーションや装備、武器、アイテム等々が手に入りそれをそのまま来年発売の7作目で連動して使える仕様のゲームなのである。
そしてここが大事!本編とは関係の無い今回のメインキャラ。
シナリオライターのコンブWAKAMEさんから「キャラだけは自由に作っていいですよ」と初めて許可されたのだ。今までどんなに小さな物にさえこだわり抜いて設定してきたコンブWAKAMEさんからの自由作成許可。盛り上がらないはずがない。
皆、嬉しすぎてたがが外れているのだ。
しかし有頂天状態とはいえ、何故有名ゲーム会社の重役達が狭苦しい会議室でひしめき合っているか?という疑問。
答えは簡単 落ち着くから。
ただそれだけの理由である。
そもそも先輩後輩のユルい関係、敬語もいい加減で他の真面目な社員の前では到底見せられない。そんな姿をどこで晒せばいいのか?
で、ここ第三会議室で晒しているのだ。
この狭さが初めて事務所を借りた時を彷彿とさせ アイディアが次から次へと湧いてくる…ような気がするのだ。気がするだけなのだが…
まぁ今回みたいにいらないアイディアも湧いてくるんだけどね
百合はふぅーっと大きく息を吐く。
「はーい」
百合の隣の久保田 澄香が手を上げる。
「今、流行りの悪役令嬢とかどうですか?」
「澄ちゃんそれヒロインちゃんや攻略対象男子がいないと成立しないから!」
とうとう百合は声に出してツッコミを入れてしまった。
「やっぱり普通のちょっと可愛い感じの女の子でいいんじゃないか?」
佐々木 孝太がまともな意見を出す。
「魔法を使うんならそれらしくローブでも着て、普通にボクっ娘でドジっ娘でヤンデレな天才とかでいいじゃん」
「いや、それ普通なの!?」
とうとう百合は遠慮を捨てた。
百合と澄香は同学年、他は全員先輩なのだが知ったことか。
「そんな趣味をてんこ盛りしたようなキャラじゃなくて、真面目に考えましょうよ」
「そう言う桂川はどんなキャラがいいと思ってるの?」
社長が百合に聞くと堂々と彼女は答えた。
「もちろんショタっ子ですよ!可愛い男の子!半ズボンは外せませんね。アホ毛があると尚良いです。ちみっこの男の子は正義」
「いや、正義はケモミミにある!」
「幼女の方が正義だろ」
「ナイスバディーに正義が無くてどこにあるっての?」
「はぁ?普通でいいじゃん。正義が必要なの?むしろヤンデレなら悪の美学」
「悪の美学なら悪役令嬢でもいいと思います」
ワイワイと騒がしいが皆楽しくて仕方がない。
心の底から【グレーゾーンサーガ】を愛していると言っても過言ではない。
派生した放置ゲーでさえウキウキが止まらない。
百合がショタっ子の素晴らしさを語ろうと口を開けた瞬間グラリと床が大きく揺れた。
一瞬体が沈むような感覚がした後
グラグラグラグラ
あり得ないほどの揺れが会議室を襲った。
バチバチッと嫌な音がして天井の蛍光灯が消える。
ガシャーン、ガチャガチャガチャ、バシャバシャッと耳が痛くなるような大音量で次々とキャビネットのガラスが割れて中の資料が溢れ出してきた。キャビネットは耐震器具で固定してありなんとか倒れずに持ちこたえている。
「っ!!!!」
百合は目の前のパソコンを胸に抱き締めた。
この中には大切な【グレーゾーンサーガ】のデータが詰まっている。
パソコンを抱えて机の下に潜ろうか?それとも出口に向かって走る?
目が床とドアを往復した直後突然床が輝きだした。
「…嘘?」
会議室の床全体に広がる魔方陣。
それは青く輝き、まるでゲームの世界のようだ。
一瞬魔方陣に気を取られ体が止まってしまったのが百合の運命を変えてしまった。
更に大きく床が揺れ、キャビネットの上に置いてあった資料が詰まったダンボールが百合の頭に直撃したのだ。
あーこれダメなやつかもしれない。
激しい痛みに百合の意識が薄れていく。
もしかしたら頭から大量の血が流れているのかもしれない。
顔に生暖かい液体が流れている気がする。
体のに力が入らない。
手足が冷たい。
せっかくの魔方陣、もっとしっかり見たかったなぁ。
あぁ、今までの人生が走馬灯のようにぐるぐると…浮かばない!
なんてこった。
もっと頑張れよ走馬灯!何か見せろー!根性出せー!
百合は混乱しているのか冷静なのかよく分からない。
あれぇ、走馬灯ってどんなだっけ?
何か影絵の映る物じゃなかった?
人生を影絵で振り返るとかシュールすぎるわ。
ゴメン走馬灯、やっぱり頑張らなくていいや。どうせなら映画のように振り返りたい。
いやいや映画のように振り返る事を走馬灯のようにって言うのか?
何かもうどうでもいいわ。
とりあえず次に目が覚めたら走馬灯の画像でも検索してみるか…
百合は投げやりな気分で意識を手放した。
たくさんの作品の中からお立ち寄り頂きありがとうございます(*^▽^*)