すべてが夢であったかのように
翔太はその後姿をじっと見つめている。
彼は華ほどに思い切りよく駆け出すことが出来なかった。
怖かったのだ。
目を逸らしたら、全てが消えてしまう気がした。
しかしその時。
飛び跳ねるようにふわふわと走っていた華の白い後姿が、するりととけるように見えなくなる。
翔太は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
消えた。
彼はゆっくり三度瞬きをした。
目を擦る。
目を凝らす。
しかし、華はもう見えなかった。
「……夢……?」
彼は本気で疑っていた。
幻であってもおかしくないよう思えた。
ためしに右手の手袋を外し、頬をつまんでみる。
痛い。
傍らには一人で作れるはずもないほど大きな雪だるまが佇んでいるし、彼女が帰って行った足跡はしっかりと雪に刻まれている。
夢や幻の類であるはずがない。
そう思えば思うほど、翔太は不思議な感情を拭い去ることができなかった。
同時に彼は、「それでもいい」とも思った。
(……春、ここで)
華のささやきを思い出し、翔太は思わず口元を綻ばせた。
少年は自分の右手を見つめている。
そこには手袋越しとはいえ、少女の手の感触がまだ残っていた。
彼は不意にしゃがみこみ、その右手で雪をすくい上げると、手早く雪玉を丸めた。
直後、少年はその雪玉をはるかな銀世界に向けて力一杯放り投げ、そして雪玉が着地した地点も確かめずに走り出した。
少年と少女の交差した足跡を塗り消すように、雪が降り始める。
その覆いが、封印が解ける時。
二人はその日まで、一気に駆け抜けようとしていた。