幼い二人
最初に作った雪玉より一回り小さいだけの重たい球体をなんとか胴体に載せたあと、二人はしばらく口もきけないようだった。
両方ともが足を投げだし、雪だるまに寄り掛かってぐったりしていた。
どこか違う次元から、何かがこぼれてくるように、空気が静かに冷たくなってゆく。
始めはただ並んで座っているだけだった二人の肩が、そっとふれあう。
それは意図したものだったのだが、相手が思ったより近かったことに二人とも驚いた。
重力に抗っていた力が弱まってゆく。
押す力と押される力が同じだった。
ずっと同じくらいに強まっていった。
身体から力が抜けきり、頭と頭がこつんとぶつかりあう。
「あいた」
「うそ」
翔太は頭をぐりぐりと動かした。
華の髪の感触が帽子越しに感じられた。
寒さを防ぐための服が、ぬくもりまでも阻んでしまう。
届きそうで届かない、世界の向こうにあるような温かさがあった。
それにふれようと、感じようと生まれた力が強くなる。
「おしくらまんじゅう?」
「寒いし」
「暗くなってきたね」
夜だった。
帰らなくてはならない時間はとうに過ぎていた。
しかし、ここにいたかった。
ぎゅっと手を握りしめる。
相手も握り返してくれる。
「「あれ?」」
二人は身を引き、丸い目を見合わせた。
そして同時に、つないだ手に視線を落とした。
「……いつのまに?」
「さぁ……」
しかし手は離れず、ごく自然な動作で二人はまた寄り添った。
何も見てはいなかった。
目は開かれているのに、景色がひとつも目に入らない。
ただ、過ぎてゆく時間だけが、二人の目に見えていた。
ひときわ強い風が吹き、華の身体がぶるると震えた。
翔太は右腕にそれを感じ、その時がきたのを知った。
しかし名残惜しく、すぐには切り出せなかった。
そしてもう一度風が吹きすさび、今度は彼自身も震えてからようやく、
「帰らなきゃね」
と、口に出した。
華が驚いた顔を上げる。
翔太はそれを視界の隅にとらえつつ、目は向けなかった。
華はしばらく彼の横顔を見つめていたが、ほどなく視線を落とし、寂しそうに呟いた。
「……そうだね」
華はようやくこっちを向いた翔太にニッコリ笑ってみせる。
「じゃ、二番目のお願いするね」
「え?」
華は頬をほんのりと赤くさせ、翔太に手招きする。
彼がまた「え?」という顔をすると、華はそこに顔を寄せ、耳元で何かを囁いた。
翔太は照れくさそうに微笑み、華の目を見て頷いた。
本当に嬉しそうな笑顔があった。
「ありがと」
「……うん」
二人は向きを変え、同時に立ち上がろうと手を取り合った。
そして失敗して頭をぶつけあい、また大きな笑い声が起こる。
「じゃあ、また!」
「うん!」
二人は手をつないだまま、ほんの数秒見つめ合った。
数秒。
彼らはお互いに、相手を目に焼き付けようとしていた。
そうするほかなかった。
思い出以上のつながりは、彼らにはまだ早過ぎた。
世界のすべてが静止したその数秒の後、華は名残惜しそうに、しかし躊躇うことなく身体の向きを変えた。
つないだ手が、するりとほどけてゆく。
翔太の手は華を追いかけた。
華の手は翔太をつかもうとした。
しかし、足は踏みとどまった。駆け出した。
心は、取り残された。
少女はかけてゆく。
夢を置き去りにするかのように。