きっと。ずっと。
少年は歩みを続けた。
もう姿は見えている。
幻かもしれない、とは思いつつ、その姿は揺るがない。
似たようなことはあったな、と思い出す。
最初に会った時だ。
妖精かと思った。
馬鹿みたいだ。
でも、そう思った。
やっと。
やっとだ。
気持ちが急ぐ。
視線がもう、外せない。
息切れしてしまうほどの早歩き。
でも、ホントは荷物を放り出して走りたかった。
でも、違う。
何か違う。
彼は何メートルか手前でスピードを緩め、立ち止まった。
微かに荒い息を吐き出しながら、彼は正面から少女を見つめた。
目を閉じている。
眠っているのか?
いや、そういう雰囲気じゃない。
眉間にしわ。
まるで、祈ってるみたいに。
彼はそっと荷物を置いた。
そして足音を立てないように、慎重に近付いた。
鼓動が高鳴ってゆく。
一歩、二歩。
心臓の位置が上がってきた。
地震かと思うくらい、身体全体が震えている。
三歩、四歩。
また立ち止まる。
呼吸に合わせて彼女の肩が上下している。
ひざを抱えた手が微かに震えていた。
いや、震えているのは腕だけじゃない。
身体も顔も、とにかく全部が、微かに震えている。
きっと、同じなんだろう。
少年は少しだけ言葉に迷った。
でも、長くはかからない。
すぐ思いついた。
これしかない、と思った。
彼は、少女が尋ねたように、あの時少女が口にしたように、囁くような小さな声で尋ねた。
「……何してるの……?」
身体がピクリと反応したが、目は開かなかった。
目を閉じたままの少女が微笑み、彼が答えたような小さな声で言った。
「人を……待ってたんだ」
「目をつむって?」
「……うん」
少年はそれ以上は続けなかった。
彼はかがみ込み、少女の顔の前に手を差し伸べた。
「――華」
華の目が開いた。
輝かんばかりの瞳が、少年を捉える。
彼は照れくさそうに笑ったその時。
「翔太――っ!」
華は翔太の手をつかみ、跳ね上がるように立ち上がった。
「うわっ!?」
その勢いのまま、華は翔太に抱きついた。
バランスを崩しかけた翔太はなんとか、体制を保ち、彼女を支えた。
二人は顔を見合わせる。
翔太のとがめるような視線。
華のいたずらっ子のような大きな目。
同時に笑いがあふれ出す。
その軽やかな声が、辺りに響いた。
華は笑いながら自然に目の隅を拭った。
実は翔太も同じ動きをしている。
お互いがお互いの動作に気づいた。
でも何も言わなかった。
二人はただ、笑顔でいた。
吹きぬける風はもう、暖かい。
雪はもうとっくに姿を消し、その精は多分、眠りについた。
また次の冬がやってくるまで。
また季節が巡るまで。
しかし、花びらが舞う。
鮮やかに、軽やかに。
そのひらめきに騙されて起き出した妖精が一人。
翔太はそんなことを思った。
奇跡は起きた。
約束は果たされた。
やっと。
それでも、見えない未来がある。
別れ道があるかもしれない。
大きな壁にぶつかることもある。
行き詰まって、諦めてしまう、そんなことだって起こり得る。
そうやって、すべてが終わってしまうことだってある。
だけど。
だからこそ――。
「きっと」と、思う。
きっと、物語は終わらない。
――終わらせない。
きっと。
ずっと。
物語は、終わらない。
Fin.