かつての「同志」たち
とぼとぼと道を歩いている瞳の後ろで、自転車のベルがけたたましく鳴り響いた。
ちゃんと道の端を歩いているつもりだった瞳は、きっときつい目で振り返る。
「あ、順治」
順治はブレーキをかけつつ、若干引きながら彼女を見た。
「……なんて恐ろしい目をしてんだよ。殺されるかと思った」
「マナーのマの字も知らない馬鹿が突っ込んできたかと思ったの! 何? なんか用なの?」
「いや、用って言うほどのことじゃ……」
「じゃ、バイバイ」
瞳はすたすたと歩き始めた。
「あ、ちょ、ちょっと!」
順治は慌てて彼女に追いつくと、自転車を飛び降りて横を歩き始めた。
瞳は迷惑そうな顔でその横顔をにらむ。
「何? あんたと話すと、田村さんが嫌がるからやめて欲しいんだけど」
「気にすんなよ、そんなこと! というか、俺は俺で竹雄の視線が怖いんだけど……」
「じゃ、もういいでしょ」
瞳は会話を打ち切ろうと、歩むスピードを上げた。
順治はまた慌ててその歩みについてゆく。
「だから待てって! ちょっと大事な話なんだ!」
「何が!」
「お前、「白井」を覚えてるか?」
「――っ」
瞳は咄嗟に動揺を飲み込んだ。
順治は彼女の横顔をうかがっていたが、その内心にはまったく気づかなかった。
「……覚えてるけど?」
「そっか。それでさ、俺――本庄が覚えてんのかどうかは分かんないけど――」
順治は言葉を切り、何故か周りを見回し、声を潜めた。
「「翔太」を見たんだ――!」
「え……?」
瞳は思い出した。
あの少年を。
あの諦めかけていた少年を。
そしてその前、その前の日にその場所に、同じ場所にいた少女のことも。
憧れの少女。
今日、道を歩いていた、あの少女を――
瞳は頬が緩むのを感じ、順治とは反対の空を見上げた。
小鳥がさえずりながら舞い上がる。
花の匂いがする。
今日はいい日だ。
やっぱり。
最高の日だ。
だって、奇跡が――。
ホントの奇跡が――
「おい、本庄?」
幸せな思考を邪魔された瞳は、それまで以上に迷惑そうな顔で振り向いた。
「うるさいなぁ、何?」
「いや、だから……」
ごちゃごちゃと言葉をつなぐ順治を横目に見ながら、「教えなくてもいいか」と瞳は思った。
大事なことは、心の中にしまっておこう。
口に出して消えてしまったら、もう取り返せない。
こんないい日なんだ。
かつての同志の言葉を聞き流しながら、瞳は思った。
かつての同志。
二人はかつて、同じ人に憧れて、同じような場所を目指した。
でも、もう、昔の話だ。
いや、そうしなきゃいけない。
私はともかく、こいつは絶対。
今日はいい日なんだよ、順治くん。
瞳は自分の中でからかうように呟いた。
多分知らせない方がこういう日を増やすから、教えない。
知らないほうがいいでしょ、順治くん。
「あの子もいた」、なんてことは。
また空を見る。
きっと、こんな日が続いてゆく。
もう絶対に「同志」ではないけれど、君の上にもこんな日々が続きますように。
私の上にも、あの人たちの上にも、
誰の上にも。