祈り
少女はさびしい、何もない場所で、ひざを抱えて座っていた。
彼女を包み込む柔らかい空気と、時たま吹き抜けるほんの少しだけとがった風が、彼女の思考を深く、深くまで連れてゆく。
彼女は多くを手放してきた。
そうすべきだったからだ。
今でも、間違っていないと思えることもある。
少女は目をぎゅっと閉じ、すぐに開いた。
空には薄い雲が多く広がり、陽の光は遮られながら地面に届く。
さえずりながら高く高く舞い上がった小鳥が、不意に力を失い、落ち始める。
そこは静かだった。
風が小さな声を上げて通り過ぎてゆく。
少女はゆっくりと形を変え、進んでゆく雲をじっと見ていた。
後悔もある。
当然。
それでも、思い出すのはこうして、振り返るときだけだ。
そうでなくては、ここまで歩いてはこれなかっただろう。
守れなかった約束。
会えなかった少年。
忘れようとしている自分が嫌になったこともある。
なんて薄情なんだろう、と思った。
しかし、他に道はなかった。
道は、なかった。
それなのに。
少女は目を閉じる。
桜の匂いがする。
彼女の脳裏にとある風景が浮かぶ。
何度も、何度も思い描いた風景。
忘れようとするたびに、塗り消そうとするたびに、新しくなって現れる、夢と記憶の入り混じった風景。
自分が少年と共にいる風景。
特に、今朝見た夢には衝撃を覚えた。
自分の記憶を疑ってしまうほどに、現実的だったからだ。
そして自分の決意も疑ってしまうほどにも、生々しかった。
もしかして、と思った。
もしかして、自分は許されたのかもしれない。
望んでいるものに手を伸ばすことが、許されたのかもしれない。
直後、「どういうこと?」と自らに問いかけながら、少女は目を開けた。
「……私、許されてなかったの? そんなことも?」
クスリと笑いがこぼれる。
そうして息を吐き出しながら、顔がうつむいてゆく。
左手が左目と額に当たる。
じんわりと温もりが染み込んでゆく。
少女の右目から微笑みが消えた。
その目がつま先辺りの地面へ泳いだ。
許 さ れ て い な か っ た の か 。
いや、待って。
そんなはずない。
そんなものじゃない。
そうだ、これは自分の問題だ。
自分で、選ぶものだ。
腕を伸ばすかどうか。
指で触れるかどうか。
掌につかむかどうか。
自分で、選ぶんだ。
だから、そうだ。
私は、自分で、手放してきた。
少女は目を閉じた。
左手が髪をつかんでゆがませ、そしてひざの上に当たり、地面までずり落ちる。
少女は妙な感覚を覚えた。
自分の身体から、自分自身が抜けていくような感覚。
力の入れ方も、まぶたの動かし方も分からない。
ただ、心は平静で、余計なものは消えているように思えた。
彼女はその感覚に覚えがあった。
何度も味わったことがある。
なんだか一瞬、楽になったような気になる、この過程。
これは、「諦め」だ――。
突然、少女は身を強張らせた。
少女は歯を食いしばり、突発的にわきあがってきた感情を噛み殺す。
――駄目だ――!
少女は思った。
――まだ、終わっていない――
今日まで、今日まではまだ、終わりじゃない。
だって、こんなところまで来てしまったのだから。
何かに突き動かされるようにして、
ただ、自分の直感だけを信じて。
あぁ、そうだ、この思考には既視感がある。
夢が正夢になるときはいつもこうだ。
目を開けたら、歩いてくる姿が見えるかもしれない。
彼がここに向かっているところかもしれない。
でも、違ったら?
嫌だ。
そんな想像はしたくない。
でも――!
目は開けられなかった。
むしろぎゅっとつむってしまった。
心が、叫んだ。
――神様――!
――神様、お願い――!