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Season  作者: 田中 遼
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電話




先ほどから鳴り続けていた携帯電話をようやく探し当てた女は、急いで操作をして耳に押し当てた。



「もしもし?」



空の薄い雲の隙間からところどころ青空がのぞき、穏やかでありながら少し冷たい風に桜の花びらと香りが混ざっていた。

時代をやり過ごした古い町並みの中に、ぽつりぽつりと立っている木が、静かに春を告げていた。


相手の焦った声を聞き、彼女はニヤッと笑った。



「どこって、旦那様の隣だよ?」



彼女がちらりと目をやると、夫もなにやら携帯で話をしている。

口調からすると、友人からの電話らしい。



「アハハ、そんな怒らなくても。お花見を兼ねて京都の町を散策中」



しかし、電話口の声が予想外の動揺を見せていて、彼女は目を丸くした。



「え、何? どしたの?」


「え!? なんで!?」



女は腕時計で時間を確認した。



「何時ごろ?」


「え、じゃあそろそろ着いちゃうじゃない! 私たちいないって教えてあげないと!」



その返答を聞き、女は眉間にしわを寄せた。

彼女は心配そうに、囁くように言った。



「……ホントにうちに向かってるの?」


「いや、実は行方をくらませて家出、とか?」



彼女はあっさりと納得した。



「そっか、そういうキャラじゃないもんね? あの子」


「じゃあ、心配することもないんじゃない? 鍵の場所も知ってたよね、確か?」


「そりゃ、いつ可愛い女の子が来ても良いようにね」


「アハハ、どの道可愛いもんだよ。何? そんなに心配?」



声にからかうような色が突然現れる。

女はクスクス笑った。



「じゃあまぁ、そういうことにしといてあげる」


「そんなに心配そうな声しといてよく言うな、と思っただけ」



女は微笑みながらうなずいた。



「とりあえず、メール入れておいてあげてね? うち、自由に使っていいからって」


「全然。「姉さん」の娘だもん。何の心配もしてないよ」


「良いの良いの。ちょうど向こうにも電話かかってたみたいだし」



それが聞こえていたかのように、夫も電話の向こうに別れを告げている。



「今度、また皆で飲もうね」


「うん。伝えとく。私達、明日帰る予定だから、それまではいるかな?」


「うん。またね」



電話を切ってすぐ、彼女は「あれ?」思った。



「ね、弘」


「んー?」



携帯の画面に目を落としていた男が、顔だけ彼女の方へ向けた。



「今さ、紅葉姉さんからの電話だったんだけどさ」


「ほう!」



彼女は唐突に尋ねた。



「ふと思ったんだけど、なんで「津村」なの?」







「もしもし!?」



受話器を持ったままずっと待っていた男は食いつくように声を出した。



「良かった! 今どこだ!?」


「馬鹿、のろけなんか聞いてる暇はないんだよ! どこだ!?」


「は、花見ぃ!? 京都って!」


「い、いや……」



少し迷った後、男は何故か囁き声になって言った。



「うちの息子がそっちに向かってんだよ……!」


「なんでって、知らないよ! 今朝突然出て行って……」


「六時、だったかな……」


「それがさ、あの馬鹿、携帯の電源切ってて……。多分、電池の節約とか考えてんだろうけど」


「……つまり?」



男は自信を持って首を振った。



「別にそういうんじゃないと思う」


「そう。そういう雰囲気もまったくなかったし」


「あぁ、多分。変えてないんだ?」


「生意気な糞ガキ、じゃなくて?」


「俺より、莉沙さんがな」



電話越しのからかうような声を聞き、男は少し大きな声を出した。



「いや、何の話だよ!?」



同じ声が男を笑う。

彼は反論を見つけられず、一度ため息をついた。。



「……ともかく、向かってるから」



相手の声がまた落ち着いた。



「あぁ、うん。ちゃんと綺麗に使うと思う。悪いな」


「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。悪かったね、おデートの邪魔して」


「そっか、良かった」


「あぁ、楽しみにしてる。じゃ、やよちゃんによろしくな」


「多分。じゃ、切るな?」



電話を切った後、 男はふっとため息をついた。


彼の妻がその顔を覗き込む。



「京都?」


「あぁ。はてさて、どうしたもんかね?」


「ま、仕方ないでしょ。メールでも送っておこ」



うなずいて携帯を取り出した男は、文章を打ち込みながら困ったような顔をした。



「しかし、あの野郎は何をしに行ったんだ? あんなタイミングで飛び出して?」


「うーん、私もよくは分からないんだけど」



女は小さく肩をすくめる。



「「待っている人がいる」って」


「何だそれ?」


「さぁ……」



二人は顔を見合わせた。


以前にもこんなことがあった。



一人で出かけ、一度目には夢の中にいるような顔で帰ってきた彼らの息子は、二度目には「遅かった」と望みが絶たれたかのように呟いた。


彼が遠い目をするようになったのはそれからだ。



その場所に少年は向かっている。





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