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Season  作者: 田中 遼
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「もうすぐ」




笑顔の意味は分からなかった舞は少し戸惑った笑みを浮かべた後、隼人の方に向き直った。



「今日の敗因は?」



隼人は即座に答える。



「翔太の元気さ」


「アハ、一昨日もそう言ってたじゃん」



隼人は肩をすくめる。



「いや、マジで日に日に元気になってきてんだよ、あの野郎」



舞はふっと息を吐き、後ろの壁に寄りかかった。


正面を向いた視線が天井に向かう途中で、彼女の後頭部がゴツンと音を立てて止まる。



「秋中あんなにどんよりしてたのにねぇ……」



舞はふうっと息を吐いた。


彼女の期待に反し、吐息はためらわずに消えてしまう。


舞はそれを見送りつつ隼人の言葉を待ったが、彼は答えなかった。



「……冬、だから?」



待ち兼ねた舞が尋ね、隼人がちらっと横を見た。

妙な響きがあったからだ。


舞は顎を上げて自分の鼻の先にある壁をじっと見つめている。


その目が悲しげで隼人は若干身構えたが、口元は微笑んでいて、警戒する必要はなさそうだった。


隼人は正面に視線を戻し、少し笑って頷いた。



「……冬だから、だな」



舞は静かに笑みを浮かべたが、隼人はそれを見ていなかった。



「……大丈夫なの?」


「え?」



舞はキョトンとして幼馴染の横顔を見つめた。

隼人の真剣な目は、まっすぐ前、何もない廊下の壁をじっと見つめている。



「……だってお前、翔太のことが……」


「わ、馬鹿!」



舞は拳を隼人のわき腹に叩き込んで黙らせた。


ちょうどそこを通りかかったクラスメートが二人をからかい、舞に睨みつけられて慌てて教室の中に逃げ込んでいった。


舞は隼人の服をつかんで引き寄せ、その耳元で言った。



「何でかい声で言おうとしてんの!?」


「……舞のが声でかい」


「それでも!」


「うるっさいなぁ」



隼人は珍しく茶化さなかった。



「で? 大丈夫なわけ?」


「大丈夫だよ!」



言った後で舞は、ばつが悪そうに視線を落とす。


隼人が自分の嘘に気付かないはずがないのだ。

それを口にしようとしまいと。


舞はちらりと隼人を窺う。


彼は何も言わなかったが、舞は話題を変えた。



「……そういえば、翔太くん、ほかの女子からも人気高いんだよ。知ってた?」


「知ってるよ」



隼人は鼻で笑った。



「「優しいから」って言うんだろ? 馬鹿だねぇ」


「何が?」


「この年で優しくできるのは、興味ない相手だけだろーが。なのに「優しい!」とか言って目を輝かせて、馬鹿馬鹿しいったら……」


「……そうなの?」



舞は翔太の優しい横顔を思い出す。

確かに、彼がこちらを向いていないことは、痛いほど分かっていた。


分かってはいた。



舞はまた天井を見上げる。


よく分からない。

なんとなく心の痛いような気もする。


ただどうしてか、奇妙に「軽」かった。


舞はふと、思い付いたことを口にした。



「……そーいえば、隼人も人気だよ。知ってた?」


「……あ?」


「「翔太くんよりイケメンで優しいから」って。翔太くんをしのいで人気ナンバーワン」


「……はぁ」



隼人に驚いた様子がないのを見て、舞は顔をしかめた。



「え、何、その「知ってた」みたいな顔」


「知らなかったよ!」


「ふーん?」


「何だよ、その疑ってるような顔?」


「別に。隼人って優しいの?」


「あ?」


「イケメンはまだしも、隼人が優しかったことなんて一度たりともないんだけど」


「っ……!」



隼人が顔色を変えたその時。



「お二人さん、何話してんの?」



翔太が絶妙なタイミングで戻ってきた。


核心をつかれかけた隼人も、きわどい話の流れのままで話していた舞もとっさに身体を強ばらせたが、彼のその心から幸せそうな表情を見て、二人は顔を見合わせてぷっと吹き出した。



「え、何? 何だよ?」



二人は答えない。

ただ、ケラケラ笑っている。


よく分からないままではあったが、翔太も笑う。


チャイムが鳴り、床に近かった二人が飛び起き、三人で教室に走りこんでいく間も、彼らはずっと笑っていた。



笑わずにいる理由がなかった。


目が覚めるほど鋭い空気。

その冴え渡った冷気の後に触れる、柔らかい綿が目の前に広がるような暖かい空気。


教室の窓の向こうに広がる、薄く透き通るような水色の空。


そしてあとほんのもう少し先にせまった冬休みが、彼らの、いや、彼の心を軽くしていた。




「もうすぐ」と口に出すたびに、彼は何か走り出したい気持ちでいっぱいになる。


世界の全てが自分のためにあるような気がしてくる。

周りの全てが幸せに思える。



翔太はそんな自分に気がつき、思わず笑ってしまう。


しかし、その気持ちは少しも薄れようとしなかった。



もうすぐだ。



窓際の自分の席に滑り込んだ翔太は一人でニヤッと笑い、窓の外の高い空を見上げた。


その青空は翔太の心と同じく、光と、希望に満ちていた。


他には何もいらなかった。






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