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Season  作者: 田中 遼
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男親



瞳は華に案内させ、彼女の家まで連れ添った。


華はもう泣いてはいなかったが、目は赤く、どこかぼんやりしていた。



華の家(ぼろい借家らしい。瞳は少し驚いた。その家が華のイメージとは合わなかったからだ)の前に立ち、瞳はふっと息をついた。


彼女は華の赤い目を見ている。



「……お家の人、いないといいんだけどね」


「多分、いる」


「え、お母さん?」


「違う」



華は無愛想に言うと、瞳には目も向けず、がらっと引き戸を開いた。



「……ただいま」


「あ……」



瞳は玄関の直前でためらった。

靴を脱ぎはじめて振り向いた華が怪訝そうな顔をする。



「……どうしたの?」


「えっとー……良いの?」



華は合点がいかない様子だったが、瞳が遠慮していることに気がつきクスリと笑った。



「当然」


「お、おじゃまします!」



と、その時、静かだった家の中から、「へぇ!」という男の声が響いてきた。

続いてどたばたという足音が響き、がらりと廊下の中程の襖が開いた。



「華、友達か!?」



その大声に二人ともが面食らい、とっさに言葉が出ない。

しかし男は玄関にいる瞳を見つけ、心底嬉しそうな顔で勝手に騒ぎ始める。



「吉野! 華が友達を連れてきたぞ!!」


「馬鹿、騒ぐな」と「吉野」と呼ばれた男がたしなめたが、彼はまったく気にも留めなかった。



二人ともが年齢のよく分からない雰囲気で、その大げさな反応がやたら子供っぽく、瞳はこっそり華に聞いた。



「……お兄さん?」



華は無表情のまま首を振った。



「父」


「えっ」



どたばたと近づいてきた華の父・努は、目を輝かせて矢継ぎ早に瞳に質問を投げ掛ける。



「同じクラス? いつから友達? この辺に住んでるの? もしかして華が話してた「本庄さん」?」


「え」



瞳にとって、自分がこの家の話題に上っていたこと自体が驚きだった。

努はその反応だけで自分の直感の確証を得てしまう。



「やっぱり! いつも華が……! あら?」



唐突に興奮状態から覚めた努が、華の顔をのぞきこんだ。


華は顔を背けてごまかそうとしたが、それでごまかせるはずもなく、努は眉をひそめた。



「……泣いてる?」


「あ、あの!」



瞳はあわてて言った。


これは秘密にしなくてはいけないことだ、と思ったのだ。


特に今目の前にいるようなタイプの男親に対しては、絶対に。



「華さん、帰り道で転んじゃって!」


「……転んだ」と努はひどく疑わしそうに繰り返した。


視線は華の膝や手に向かう。

当然無傷である。


瞳もそれを感じて口ごもったが、今さら嘘と認めてしまう訳にもいかず、ぼそぼそと続ける。



「えっと、あの、それで泣いちゃって……」


「それで泣いた」



努は険しい顔で華を見ていたが、華は意地になっているように横を向き続けている。



「……じゃ、それで一緒に帰ってきてくれたんだ?」



努と対称的に「吉野」と呼ばれていた男が笑顔をみせた。



「ありがとう、本庄さん」


「……いいえ」



瞳がちらりと華を見る。彼女はまだむっつりと押し黙っている。


一方、吉野の視線の先に、眉間のしわをそのままに華を見つめている努がいる。



「……「先生」、お礼はどうした?」


「え?」と努は体を吉野の方に向けたが、顔は華の横顔から動かなかった。


「いいよ。お礼なんて。でしょ?」



華がようやく口を開いた。

そして瞳の返事も待たずに続ける。



「もう大丈夫だから。瞳ちゃん、部屋行こ」



華の口調は有無を言わさない雰囲気を帯びていて、大の男二人もとっさに言葉が出ず、彼女の背中を見送った。



「あ、吉野のおじさん」と華は吉野に振り向いた。


はっきりと目が赤く、吉野はたじろいでしまう。



「もしかして弥生お姉ちゃんから、何か持ってきてくれたんですか?」


「あ、あぁ。何か分からんけれど、晩飯にって」



華は頷き、ニコッと微笑んだ。



「ありがとうってお姉ちゃんに伝えといてください」



吉野は迷った。

尋ねるべきか否か。


とっさに頭をよぎった疑問だ。

くだらない突っ込み。


言葉を飲み込みかけた吉野は寸前で思いとどまる。



「……あのさ、華ちゃん」



吉野は不服そうに口を尖らせてみせる。



「納得できないんだけど、俺も弥生も、努も紅葉さんも同じ年なのに、なんで弥生は「お姉ちゃん」で、俺が「おじさん」なわけ?」


「おじさん」と華はことさらに強調して言った。


「じゃあ聞くけど、お母さんだけさん付けで呼んでるのはなんで? 同い年なのに」


「……そりゃそういうイメージだからだけど」


「私も一緒」


「え、ウソ!?」と吉野は本気で衝撃を受けた。


「いつから!? いつから俺のイメージ、「おじさん」なの!?」


「最初から」


「最初って何年前!?」


「さぁ。思い出したら教えてあげる」



華はくるりと背を向け、呆気にとられている吉野を置き去りにすたすた歩いていってしまった。


瞳がその後ろを追うように通りすぎた後、彼はクスッと笑い、努の肩をぽんと叩く。



「そんな顔すんなって、「先生」。大丈夫そうだったろ?」


「……だから心配なんだろうが」



吉野が意外そうな顔をしたが、努はそれ以上は言わず、黙って部屋の方に戻っていった。








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