夜の窓ガラス
夜。
消灯時間が迫っている中、瞳は華の動向をちらちらうかがっていた。
このまま終わるわけがない。
瞳は華の目を忘れていなかった。
太陽を睨み付けていたあの目を。
しかし彼女の見守る中、華は穏やかな笑顔を見せながら普段通りの姿をしていた。
もう戦っているような雰囲気はない。
瞳はそれをフェイクだと思った。
さっきまでの華がおかしかっただけで、本来彼女は自分を隠すのが上手すぎるくらいに上手だ。
きっと何かを企んでる。
瞳はそう期待していた。
「何もしないよ」
瞳の心を読んだらしい華が、微笑みを浮かべて言った。
「そして多分、何も起こらない」
当然のことながら、瞳は信じようとしなかった。
それはありえない、と思った。
「……隠さなくてもいいのに」
「え?」
「白井さん、少しは私を信じてよ」
瞳が口を尖らせたのを見ながら、華は少しだけ落胆している自分を発見した。
(……なんで?)
ふと浮かんできた思いがあった。
それは今まで考えもしなかったことで、華は少なからず驚いた。
華はいつでも根なし草だった。
自分でそんなようなことを考えていた。
その瞬間、その場所にいたとしても、ほんの一時に過ぎないと。
風が吹けば、雨が降れば、自分は流されていってしまうのだと。
華はしがみつこうとしなかった。
むしろ手放そうとしてきた。
軽く、軽く漂っていようとしてきた。
華は今までしてきたように、笑って否定して濁したりはせず、思いを口にした。
「……本庄さんこそ、私を信じてよ」
「え」
ポカンと口を開けた瞳を見て、華は声を上げて笑った。
自分でも意外だったのだ。
瞳が驚くのも無理はない。
「私は本―――」
華はふと思い付いた。
他愛もないことだった。
とはいえ、今まで試みたことはなかった。
華はほとんど間を置かず、思い付いたままに口にした。
「―――瞳ちゃんに、嘘なんてつかないよ」
瞳は再び驚いた。
華が初めて受け身ではなく、自分から距離を縮めてくれた。
そんな気がした。
嬉しかった。
ただ、そのせいで言葉が上手く出せなかった。
瞳は笑いかけている唇と真ん丸のままの潤んだ目で、微笑んでいる華を見つめている。
華はふと目を上げ、窓の方を見やった。
夜は窓ガラスに華自身の顔を写し出していた。
もうすぐ寝なきゃならない時間がやってくる。
そして目覚めたら、自分たちはバスに乗り込み帰っていく。
華は初めて、今の場所にとどまりたいと思った。
この場所、瞳たちのところに。
ただ、華は自分の心を誤魔化せはしない。
その思いと、今、彼女の心にいるあの少年は無関係ではないのだ。
窓ガラスの向こうで、微かな迷いをまだ抱えている少女がいる。
心は決まったはずなのに。
迷いは消えたと思えたのに。
ふとした瞬間に笑顔をなくす彼女は、やはり何かを期待していた。
でも多分、と華は思う。
その時、華の目がガラスの向こうに小さく鮮やかな光をとらえ、彼女はさっと窓に近寄った。
「瞳ちゃん! 誰かが花火やってるよ!」
「え、ほ、ホント? は、華……さん」
華はまた笑ってしまう。
「嘘じゃないって!」
「……うん」
二人の目が少し遠く、砂浜辺りではしゃぎ回る二つの光を追いかける。
追いかけたり逃げたりを繰り返すその光はそれだけで微笑ましかった。
あの二人かもしれない、と思ったその時、華の鼓動がドキンと跳ね上がる。
その二人より手前に、一つの光が立ち尽くしていた。