その時
隼人と舞は並んで荷物を抱えて歩いている。
翔太は二人の後ろで笑いをこらえながらついていっていた。
というのも 、さっきからずっと隼人と舞が言い争っていたからだ。
周り中で喚きたてる蝉にも負けないようなやかましさで。
車の中の不機嫌さは二人ともとっくに忘れているのに、また違う口実を見つけては二人で盛り上がっているのだ。
やけに熱い直射日光を浴びてイラついている、というより、 むしろ条件反射に近い。
そんな二人がおかしかった。
二人は車を降りたときのいざこざをネタに言い争っている。
「何も肘打ちすることないんじゃないの?」
「そんな昔のこと忘れた」
隼人が翔太の存在を思い出したように振り向いた。
「……翔太、お前、さっき舞とぶつかったろ? 頭蓋骨へこんでる様に見えるから後で 病院行こうか? 後であの石頭訴えて金もらおうぜ」
「あんたの頭見てもらった方がいいと思うけど? きっとなんか湧いてるから農薬でも入れてもらって来たら」
「「脳だけに」ってか? さぶいんだよ、この親父!」
「はぁ!? そんなつもりじゃなかったし!」
翔太はついにこらえきれなくなってクスクス笑ってしまった。
それで二人は同時に黙り、彼を向き直った。
翔太は悪びれず、ニッと歯を見せた。
「いやぁ、お二人さん、ホントに仲良いね!」
「ちょっと! 冗談じゃない!」
舞は親に言われた所に荷物を放り出した。
隼人は自分が持っていた段ボール箱をその横に置きながら、呆れたように彼女を見た。
「「仲良い」って言われただけでその拒絶反応? ひでぇな」
舞は目を細めて隼人を睨んだ。
「大体、それ以上の意味が込められてるから言ってんの! 」
「いや、でも、もうしょうがないでしょ」
翔太は笑いながら言う。
「「呪い」は結局解けなかったし、なんだかんだ二人とも一緒にいるしさ」
「麻地君!?」
「別に嫌じゃないんでしょ?」
翔太の言葉に二人は顔を見合わせる。
いや、睨み合うかのような目だった。
双方が「こんな奴!」という表情を作っている。
そう、作っていた。
翔太はまた笑ってしまい、首を振りながら車の方へ戻っていった。
「あ、待てよ!」
「二人で仲良くやってなよ。俺は遠慮しとくから」
「ちょっと、それどういう意味!?」
「しょーたぁ。舞を怒らせないほうが良いぞぉ」
舞に睨みつけられ、隼人はニヤニヤ笑いながら付け足す。
「……怖いから」
「隼人!!」
翔太もニヤつきながら、舞に言う。
「ホントだ」
「麻地君!?」
舞が本気で怒っているのを見て、男二人はさらに笑った。
それで舞は唇をかみ締める。
隼人が慌てて言う。
「冗談だって。舞、本気にすんな」
「別に本気にしてないし!」
「まーた意地張ってやがる」
「張ってない!」
「ハイハイ、ソーデスネ」
「張ってないってば!」
「別に誰も否定してないじゃん」
「してたでしょ! 口調が!」
「ハイ、スミマセン」
「隼人!!」
翔太はまた笑った。
「ホント、二人とも仲良いね! うらやましいぐらいにさ!」
舞に睨み付けられ、翔太は笑いをごまかすような咳払いをしながら足を速めた。
しかし、二人の姿が視界から消えた途端、彼の笑顔も吸い込まれるように消える。
翔太は二人に気付かれないように、そっと溜息をついた。
後半は本音だった。
うらやましかった。
向こうから同い年ぐらいの女の子が二人、歩いてくる。
翔太は急に華を思い出し、今更ながら「次の約束」がないことに気付いた。
春に顔を見合わせたときも、二人はずっと一緒にいただけだった。
何を話したのか今ではさっぱり思い出せない。
残っているのは華の笑顔と、それを思い出すたびに胸に走る痛みだけだ。
(もう会えないかもしれない)
翔太の喉の奥が冷たくなる。
そんな未来は想像したくなかった。
そして、その未来が一番ありえそうなことにも彼は気づいているのだ。
その時、突然に訪れた影に、翔太ははたと顔を上げる。
太陽がどでかい雲に遮られてしまっていた。
「もう!」
見ると、舞が口を尖らせて彼を見ていた。
「麻地君が変なところで笑うからだよ!」
すかさず隼人が口を挟む。
「何言ってんだ。日陰が出来てむしろラッキーじゃねぇか 」
「でも翳ったことには変わりないじゃん」
「このクソ暑い中日向にいたいわけ?」
「そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういうことだよ?」
「気分の話!」
「じゃあ人に当たるなよ、このタコ」
「はぁ? 当たってないし!!」
「今まさに当たってるじゃねぇか!」
「あんたは「ヒト」以下じゃん!」
「おめぇは「サル」以下だけどな!!」
「あーうるさい!」
翔太がようやく遮った。
実に楽しそうに笑っている。
「二人だけで盛り上がるなよ!」
「俺だっているのに!」 と、続けようとした瞬間。
翔太ははっと目を見開いた。
目も眩むような強烈な光線とともに、今まさにすれ違いかけている少女の顔が目に飛び込んできたのだ。
一瞬思考が止まる。
少女の姿が視界の隅の方にすーっと流れていく。
驚きが全身を貫き、興奮が血管を駆け巡る。
しかし頭がそれに追いつかず、情報が合致しない。
あまりに唐突に訪れたその瞬間を彼は信じることが出来なかった。
彼女の姿が消えてすぐ、記憶が奔流のようになって蘇った。
間違いない、と思った。
しかし、信じられなかった。
彼の身体は歩き続けた。
振り向くことはおろか、立ち止まることすら出来なかった。
彼は歩き続ける。
馬鹿野郎、と自分に思った。
違ったかもしれない。
でも、違わなかったかもしれないじゃないか。
彼は歩き続けている。
翔太は突然立ち止まり、反射的とも見える早さで振り向いた。
彼はこっちを向いていた少女と目を合わせた。
ただ、それは彼の記憶にいる少女ではなかった。
「翔太?」
見ると、隼人が訝しげな顔をしていた。
翔太はもう一度目を上げ、遠くの少女を見やるが、もう視線は合わなかった。
「……なんでもない」
そうして歩き始めた翔太の後ろで、隼人が後ろを振り向いた。