少女の名前
「……えっと……」
翔太は迷っていた。
華は「華」としか教えなかったが、そう呼びかけるのが彼には躊躇われた。
彼女はニッと笑って翔太に言った。
「「白井さん」ってよく呼ばれるけど、名字で呼ばれるのあんまり好きじゃないんだ」
「……なんで?」
「なんとなく」
答えた後、華はじっと翔太を見つめ、彼を待った。
翔太はその視線に気付き、散々迷った挙句、微かに眉間にしわを寄せて、言いにくそうに言った。
「じゃあ……華……ちゃん?」
翔太の窮屈そうな言い方に、華はクスクス笑った。
「わざわざ「ちゃん」付けにしなくていいよ」
翔太は少しだけ唇を尖らせた。
そちらのほうがハードルが高く思えたのだ。
華はニコニコしながら翔太を待っている。
翔太はそれをちらりと見た後、目を伏せ、小さく呟くように言った。
「……じゃ、華」
翔太はすぐに目を上げ、顔を華の方に向けた。
とはいえ視線は彼女から逸らしている。
華はそれでまた微笑んだが、今度は何も言わなかった。
翔太は言いにくそうに尋ねる。
「……いくつ?」
「5年生」
華の満面の笑みを浮かべた。
それを見た翔太は、思わず笑ってしまったが、華が「お」っという表情をするとすぐ、その笑顔を引っ込め、また空を見る。
華は「おっと」と心の中で呟いた。
(……慣れ慣れしかったかなぁ。それとも、あんまり話しかけないほうが良い……?)
それで指のとげを抜くかのように慎重にタイミングを測って質問を返した。
「翔太は?」
華の心配をよそに、翔太は彼女に向き直り、くすぐったそうにニッコリした。
「同じ」
そして彼と、内心ホッと息をついた華が顔を見合わせる。
二人は恥ずかしそうに頬を染め、お互いに微笑みを返した。
二人が空に向き直ると、また、静寂が訪れた。