目覚め
翔太は目を閉じたまま目覚めた。
まぶたの裏に見える光で現実に戻ったと分かった。
彼は頑なに目を閉じたまま頭に残った夢の断片を探し始める。
夢が尻切れトンボになった残念感で一杯だったのだ。
いや、もしかすると違うかもしれない、と彼は思った。
……妙に悲しい夢を見てただけ?
夢の中身を忘れてしまったのに、それが何か重要なことであるような気配だけが残っている。
それはつかもうとすればするほど遠ざかっていく記憶だった。
―――ダメだ、思い出せない。
諦めた翔太は目を開けた。
―――あれ?
予想と違い、部屋は薄暗い。
翔太は時計を確かめ、愕然とする。
―――四時!?
馬鹿な、と思った。
一体どうして……? あ。
翔太は部屋の隅に置かれた大きな荷物を見て、ようやく思い出した。
今日から隼人一家のキャンプに着いていくんだった。
多分、こうやって忘れかけてたことを考えると、行くのが面倒になっているんだろうな、と思い、翔太は笑ってしまいそうになる。
ふと翔太は自分の部屋の扉の向こうに人の気配を感じた。
誰かが忍び足でそこに近づいてくる。
そしてそっと、聞こえるかどうか分からないぐらいのノックの音。
「翔太、起きてる?」
母親の声だ。
「うん、大丈夫」
翔太は身を起こした。
「今一瞬、キャンプのこと忘れてたけど」
翔太の母は控えめな笑い声を上げた。
「思い出せたなら大丈夫じゃない?」
言いながら彼女は扉の前から離れていく。
多分、朝食の仕度に戻るのだろう。
「うん、多分」
翔太は口のなかで呟くと、大きくあくびをしてから着替え始めた。
居間では父もすでに起きてきていて、眠そうな顔で新聞を広げていた。
「おはよう」
「んー。早いね?」
「そりゃあ、息子の旅立ちを見送らないわけにはいかないでしょうに」
「んな大げさな」
と翔太は笑った。
「いやいや、莉沙さんはもっとひどいぞ、なんてったって……」
「賢!」
莉沙の一喝に賢はひょいと首をすくめた。
麻地家でキャンプに参加するのは翔太だけだ。
両親は「どうしても」仕事の都合がつかず、彼を送り出すことになった。
「ま、多分大丈夫だとは思うけど、ちゃんと手伝うんだぞ?」
「うん、分かってる」
「準備は?」
「出来てるよ」
翔太は口の端を少し笑いの形に歪めた。
昨日からおんなじことを言われ続けている。
よほど心配らしい。
「そんなに心配なら一緒に来れば良いのに」
「だからぁ、どうしても人に会わなきゃいけないんだって」
賢は心底残念そうに顔をしかめた。
「田舎から出てくるチャンスがここしかないとかなんとかで!」
「聞いた聞いた」
翔太は軽く笑う。
「なんて人だっけ?」
「津村石人」
賢は大げさなため息をついた。
「ったく、ホント遠慮のない奴でさぁ」
「勝手に了承しといて」
「いや、それが……」
「ほら、翔太、朝ごはん食べちゃいな。もう結構ギリギリでしょ?」
台所から莉沙の声が響いた。
翔太は時計を見上げ、少し驚いた顔になる。
「……ホントだ」
「何分集合?」
「15分後に隼人ん家」
「ヤバいじゃんか」
賢はゲラゲラ笑った。