真剣勝負
「だー!! 畜生!!」
順治は華の座っている木陰に転がり込むように入ってくると、その隣にどかっと腰を下ろし、仰向けに倒れこんだ。
「途中までは勝ってたのに!」
「甘いよ」
華は汗だくではあったが、余裕のある笑みを浮かべて順治を見下ろした。
「知らなかった? 自転車レースでは一番前が一番風を受けて、一番プレッシャーもあって、一番きついんだよ」
「マジですか!?」
順治は荒い息をしながら目を覆った。
「じゃあ、ずーっと後ろにいたのは作戦!?」
「うん、まぁ、そういうこと」
「ひでぇ!!」
華はケラケラ笑った。
荒い呼吸の中、順治は指の間からその姿をそっと窺う。
直視出来ないのに目が逸らせない。
彼は彼女の第一印象を思い出す。
人ではないと思った。
もちろん、悪い意味ではない。
背骨に沿って電気が走り、誰かの手に心臓を捕まれたような気がした。
衝撃だ。
皆の前でかなり慣れた様子で自己紹介をするところも、笑顔の隅にどうすることも出来ない緊張が残っているところも、黒板に書かれたやたら整った字も、おじきをした時にさらりと流れた髪も、名前も、髪型も、姿勢も、服も、目も、鼻も、口も、声も。
全部が 全 部 だ っ た。
華が笑顔で彼に答える。
「勝つためだよ。勝つために最善の努力をしただけ」
順治は咳き込み、自分の想いを隠した気になる。
「そんなマジな勝負だったっけ!?」
「この世に真剣じゃない勝負なんて存在しないの!」
と華は楽しげに言った。
これは彼女の母、紅葉の言葉だ。
「教え」とも言える。
本来紅葉であれば「恋もね」と片目をつぶるところなのだが、華はそこまでは続けなかった。
「何だよそれ!?」
順治は無邪気に笑う。
「それじゃあ何でも強いはず! 真剣度が違うじゃん!!」
「そうだよ?」
華はさらりと肩をすくめてみせる。
「私は真剣なだけ」
その時、華の口が「あ」と開く。
順治がその視線を追うと、ちょうど瞳がゴール地点に着いたところだった。
「行かなきゃ」
華は立ち上がった。
別に諦めているわけでも、残念な様子もない。
が、何か不自然だった。
「……そういえば、お前らいつも一緒だな?」
「そだね」
すでに光の中に出た華の顔は順治にはもう見えない。
「……そのうち変な噂立つぞ」
「二人はレズだって?」
言った後華はまた明るい笑い声を上げた。
「気をつけなきゃね」
順治の耳にその声が妙に意味深な響きに聞こえたが、真意を確かめる前に華は駆け出してしまっていた。