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Season  作者: 田中 遼
24/67

ロードレース



華はやはり退屈そうに風の中にいた。


木陰と日向が連続するほとんど舗装されていない狭い道を、自転車は人が早足で歩くようなスピードで連なっていく。


華は汗でへばりついたTシャツを少し浮かせ、服の中に風を通した。


暑い。ひたすらに。

熱っぽくなりつつある瞼が重い。


ぎゅっと目を閉じ、すぐ開く。

額の汗がつうっと流れて目の中に入る。


華は袖でぐいと顔をこすった。


マウンテンバイクの二つの列の真ん中あたりで、その遅々たるペースが、揺らめいて見える真夏の空気が、彼女をうんざりさせていた。



「……遅いよな、このペース」


横を見ると、順治が少し固い笑みで華を見ていた。

彼の鼻の頭に汗の玉が浮かんでいる。

華はチラッと横目で彼の方を見た後、たいした反応も見せずまた前を向いた。


「抜きたい」


その率直な言い方に順治は笑った。


「道が広がったら抜いて良いんだっけ」


「らしいね」


華は目を細め、前の方をじっと見る。

前の方にはまだそういう気配はない。


やれやれ、と思ったその時、順治が唐突に言った。


「勝負しようぜ」


「へ?」


華が見ると、順治の微笑もうとしている妙な顔があった。

何か見てはいけないものを見た気がした。


彼はその妙な緊張感を引きずったままで続ける。


「ロードレースだよ。そのほうが盛り上がるだろ?」


華は少し、考えた。


瞳のせいだった。


いや、察していなかったというつもりはない。

ただ、意識はしないでいられた。

それがなんとなくバランスを崩しかけているのだ。


順治の妙な緊張が伝染しているのかもしれない。


華は肩をすくめた。


「……いいよ。何賭ける?」


「え、賭けるの!?」


「勝負でしょ? 当たり前じゃない」


華は順治に向かって微笑みながら、何か嫌なわだかまりを感じていた。


こういうところが悪いのか、という思いが頭をよぎったのだ。

こういう心を弄ぶような。


そんなつもりはまったくないのに。


しかし、順治はそんなことには気付かない。

彼は無邪気に声を上げて笑い、首をかしげた。


「例えば?」


「……ジュースとかアイスとか」


「あ、それいいね」


順治はニッと歯を見せた。


「アイス賭けよう!」


「アイス、ね」


華はこの短い瞬間に決意していた。


自分を変えない、と言うことを。


「……私、負けないよ」


その強気な笑みを見て順治はほんの少し動揺するが、華はまるで気付かなかったようになんの反応も見せず、少しのけぞって空を見上げ、木々の間から突き抜けるような青い空を見た。




夏だ。


お腹の辺り、その奥のほうで握りこぶしぐらいの何かを感じた。


血がぎゅっと集まる感じ、燃えているみたいな熱い何か。

そこにそっと手を当てる。


不思議だ。

奇妙なほど心地いい。


でも何か変な感じがした。



華はとにかく全力で、がむしゃらに走りたかった。



こんなに晴れているのだから。

こんなに気持ちのいい日なんだから。



きっとそうすれば、この心のモヤモヤもどこかにおいていけるはずだから。







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