ロードレース
華はやはり退屈そうに風の中にいた。
木陰と日向が連続するほとんど舗装されていない狭い道を、自転車は人が早足で歩くようなスピードで連なっていく。
華は汗でへばりついたTシャツを少し浮かせ、服の中に風を通した。
暑い。ひたすらに。
熱っぽくなりつつある瞼が重い。
ぎゅっと目を閉じ、すぐ開く。
額の汗がつうっと流れて目の中に入る。
華は袖でぐいと顔をこすった。
マウンテンバイクの二つの列の真ん中あたりで、その遅々たるペースが、揺らめいて見える真夏の空気が、彼女をうんざりさせていた。
「……遅いよな、このペース」
横を見ると、順治が少し固い笑みで華を見ていた。
彼の鼻の頭に汗の玉が浮かんでいる。
華はチラッと横目で彼の方を見た後、たいした反応も見せずまた前を向いた。
「抜きたい」
その率直な言い方に順治は笑った。
「道が広がったら抜いて良いんだっけ」
「らしいね」
華は目を細め、前の方をじっと見る。
前の方にはまだそういう気配はない。
やれやれ、と思ったその時、順治が唐突に言った。
「勝負しようぜ」
「へ?」
華が見ると、順治の微笑もうとしている妙な顔があった。
何か見てはいけないものを見た気がした。
彼はその妙な緊張感を引きずったままで続ける。
「ロードレースだよ。そのほうが盛り上がるだろ?」
華は少し、考えた。
瞳のせいだった。
いや、察していなかったというつもりはない。
ただ、意識はしないでいられた。
それがなんとなくバランスを崩しかけているのだ。
順治の妙な緊張が伝染しているのかもしれない。
華は肩をすくめた。
「……いいよ。何賭ける?」
「え、賭けるの!?」
「勝負でしょ? 当たり前じゃない」
華は順治に向かって微笑みながら、何か嫌なわだかまりを感じていた。
こういうところが悪いのか、という思いが頭をよぎったのだ。
こういう心を弄ぶような。
そんなつもりはまったくないのに。
しかし、順治はそんなことには気付かない。
彼は無邪気に声を上げて笑い、首をかしげた。
「例えば?」
「……ジュースとかアイスとか」
「あ、それいいね」
順治はニッと歯を見せた。
「アイス賭けよう!」
「アイス、ね」
華はこの短い瞬間に決意していた。
自分を変えない、と言うことを。
「……私、負けないよ」
その強気な笑みを見て順治はほんの少し動揺するが、華はまるで気付かなかったようになんの反応も見せず、少しのけぞって空を見上げ、木々の間から突き抜けるような青い空を見た。
夏だ。
お腹の辺り、その奥のほうで握りこぶしぐらいの何かを感じた。
血がぎゅっと集まる感じ、燃えているみたいな熱い何か。
そこにそっと手を当てる。
不思議だ。
奇妙なほど心地いい。
でも何か変な感じがした。
華はとにかく全力で、がむしゃらに走りたかった。
こんなに晴れているのだから。
こんなに気持ちのいい日なんだから。
きっとそうすれば、この心のモヤモヤもどこかにおいていけるはずだから。