サイクリング
「何考えてんのかサッパリ分かんないよね!」
瞳は苛立ちを隠そうともせずぶつくさ呟いた。
華はヘルメ ットをかぶりながらなだめるような笑顔を見せたが、瞳は 構いもせず続ける。
「なんで着いて早々サイクリングなの!?」
その日の予定では、彼らはまず宿泊所から少し離れた施設 に自転車で向かい、そこでのイベントをこなすことになっ ていた。
その距離が自転車で行くのは無謀に思えるほど遠 く、全行程の三分の一は移動時間に当てられている。
その 上、この炎天下、絶対に必要ないはずのひざあて、肘あて 、身体のプロテクター、ゼッケン、ヘルメットと、最悪の 要因は揃っていた。
「さぁ?」
華はTシャツで顔の汗を拭いながら言う。
「でも、今日明日とこれからの強行軍を見ると、分かる気 がするけどね」
「え?」
華はふうっと息をついて、ヘルメットのあごひもを外した 。
暑い。
特にこの場所、ヘルメット等の貸し出しを行なって いる場所は風もなく、じっとりと熱気が迫ってきている。
華は瞳を手で促してそこから離れながら言った。
「さんざん動かして、夜すぐ眠っちゃう程疲れさせようっ てこと」
「ははぁ」
瞳は半ば呆れたような顔をした。
「「全部お見通し」って感じだねぇ」
「ただの勘だよ」
華はふっと微笑んだ。
目の前にたくさんのマウンテンバイクが並べられていて、 彼女達は自分のつけているゼッケンに書かれた数字と同じ 番号の自転車を探していた。 うんざりすることに、自転車は無作為に並べられていて、 一台一台確認していかなければならなかった。
二人は顔を見合わせてため息をついてから、自転車探しと 会話を続ける。
「なるほどね」
瞳は感心したように言う。
「先生達も上手い手を考えたじゃない。確かに見回りを増 やしたり、何度も注意したりするより、そっちのが楽だし 確実だよね」
「そういうこと」
「どうするの?」
「え?」
「とーぜん、思い通りにはさせないんだよね?」
「え、そうなの?」
華が目を丸くしたのを見て、瞳は笑ってしまう。
「何言ってるの。こーいうイベント事の夜があっさり終わ るはずがないでしょ!」
(まぁそうかもしれないけどさ)と華は思う。
「……こそこそ話して夜を明かそうっていうの?」
「あったりまえじゃん!」
華はチラリと瞳の目を窺い、その異様なまでの輝きから話 の内容が推察できてしまった。
いわゆる「恋バナ」というやつである。
華の苦手な。
「……私、あんまり話せることないよ?」
瞳もまた、華が内容を察したらしいことを察した。
「えぇ!? 白井さんが主役なのに!?」
「はい?」
華は本気で眉間にしわを寄せていたが、瞳は明るく笑って 華の肩を叩いた。
「言ったでしょ? 「白井さんは無敵だ」って。……とー ぜん、気付いてるよね?」
「何の話?」
「またまたぁ」
瞳は唇の端を吊り上げた。
「鈍い振りしなくても。白井さんの場合、自意識過剰とか そんなんじゃないし」
瞳が横目で見たが、華の横顔には動揺も照れも浮かんでい なかった。 ただ、彼女の顔の片隅にかすかに存在している困ったよう な表情が、瞳にはおかしかった。
困ることないのに。
瞳は少しだけ意地の悪い感情がわいてきて、その話題で華 をつついてみたくなった。
「ホントに面白いことになってるんだって! 例えばさ… …」
「あ」
声を上げた華が目の前の一台を指差した。
「あったよ、27番」
「え?」
瞳は一瞬何を言われたのか分からなかったが、自分のゼッ ケンを見下ろし、華が自分の自転車を見つけてくれたのだ と気付いた。
「あ……ありがと」
瞳はそのハンドルをつかむと、スタンドを蹴飛ばし、その 自転車を引っ張り出す。
華のゼッケンの番号「15」の自転車はそのあたりには見当 たらないようだ。
「そっちのないね?」
「向こうみたい。先行ってて」
華がやけにあっさり向きを変え、すたすた歩いていってし まい、瞳は「え」と声が出るほど戸惑ったが、すぐに華の 狙いに気付き、苦笑しながら呟いた。
「……逃げたね?」
どうやら華の耳にも届いたらしく、彼女はひょいと首をす くめた。