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Season  作者: 田中 遼
19/67

「信じてる」



風は唐突に止まった。


その名残の穏やかな一筋のそよ風が、「もう終わったよ」とばかりに二人の輪郭をなでる。


舞は目を瞬いた。



「……すごい風」



隼人は答えず、自分の手の中を見つめている。



「隼人?」



彼はふっと息を吹きつけ、そこにあった桜の花びらを宙に放った。


「あ」と舞が息を呑んで、それを見送りながら尋ねる。



「取ったの?」


「うん」



隼人は明らかに嬉しそうにしている。


それで舞は悪戯っぽく笑った。



「何か考えてたね?」



隼人が顔を赤くした。



「馬鹿、違うよ!」


「嘘付き!」



舞はけたけたと無邪気に笑った。


隼人は若干気を悪くしたが、仕方のないことでもある。


舞も片思いに悩んでいるとはいえ、それにはまだ深刻さがかけているからだ。


反面、隼人の内側は、彼の見た目ほど子供ではなかった。



「……どうしたの?」



舞は不機嫌になってしまった隼人の顔を覗き込み、心配そうに言った。


隼人は彼女を横目で見返し、大きくため息をついた。



「な、何よ?」



長々と見ていたはずの幼馴染の、見ていなかった部分。


それが今日、舞を何度も戸惑わせている。



「……帰ろ」



隼人はそう呟くと、舞の返事も聞かず土手を登っていった。



「あ、ちょっと待ってよ!」



隼人は自転車のハンドルを掴むと、スタンドを蹴っ飛ばし、くるっと車体の向きを変えてそこに跨った。



「ほら、行くぞ!」



舞は何か乗ることを躊躇っている。


その理由に思い至った隼人はまた、子供らしい、太陽みたいな笑顔を見せた。



「ハハ! 大丈夫、もうあんなことしないって!」



舞はその唐突な笑顔に面食らったが、程なくニヤッと笑い、その後ろに捕まる。



「分かった。信じてる」



今度は隼人が面食らった。


想定外の言葉だった。


自分の中で何かが揺らいだ。




そんな風に言われたら、裏切れないじゃないか。




背中から、舞のふわりとした感触が、その温もりと一緒になって伝わって来る。


隼人は肩越しに少しだけ振り向いた。



「……とか言いつつ、ずいぶんしっかりつかまってるみたいだけど?」


「保険よ、保険」



舞は心なしか手の力を強くした。


隼人は正面を向き、笑っているような声を出した。



「信じてねぇじゃん!」


「いやいや、信じてなかったら乗りませんって。安全運転でよろしく!」



隼人は唇の端に笑いを浮かべ、自転車を漕ぎ出した。


一瞬舞はさらに力を入れたが、隼人があまり加速しようとしてないのを見て、若干力を緩める。



「そういえばさ」



隼人が気楽な調子で言った。



「あれも一応、安全ってことになってるんだよなぁ」



何か嫌な予感のした舞は、警戒心の塊となって尋ねた。



「……あれって?」



隼人が笑いをこらえながら答えた。



「ジェットコースター」



途端に舞が騒ぎ出す。



「隼人! 止めて! お願いだから!」


「冗談だよ、冗談」


「関係ない! 降ろせ!!」


「やーなこったぁ」


「隼人!!」



隼人はげらげら笑いながら自転車を漕ぎ続ける。


舞は騒ぎながらも、一応は隼人を信じているらしく、一緒になって笑っていた。




二人ともが、さわやかな風のざわめきを感じながら、馥郁たる桜の香りを感じながら、うららかな太陽の光を感じながら、お互いの体温を感じていた。



慣れ親しんだ、しかし同時に途方もなく特別なその感触に気付いたとき、二人は同時に口をつぐんだ。







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