完璧な景色
しばらくして隼人はようやくブレーキをかけ、自転車を停止させた。
散々騒いでひどく疲れてしまった舞は、「ふい~」と大きく息をついた。
ずっと硬くなっていた筋肉の緊張を解き、隼人から離れると、自転車から降りる。
そしてすぐその場にしゃがみこんでしまった。
「……疲れた」
隼人も自転車から降り、スタンドを立てる。
「あんだけ騒いでたらねぇ」
「誰のせいよ」
「舞」
「はぁ?」
舞が顔を上げると、隼人が左手の川の方を指差していた。
舞は反射的にそちらを見やり、はっと息を呑んだ。
桜の帯だった。
対岸の川べりを敷き詰めるように桜の木が植えられていて、川に襲い掛かるようにせり出したそれぞれの枝から、はらはらと花びらが舞っている。
そして水面にも桜色の帯が出来ていて、ゆっくりと川下に向かって流れていた。
頭上に広がる透き通るような青空と、土手に生い茂る草花の緑。
すべてがあいまって、そこには完璧な景色が広がっていた。
舞の視界の隅を隼人が横切った。
彼は土手の斜面に足を投げ出して座り、舞を見上げてニッと歯を見せた。
「な? ここ良いだろ?」
「……そうだね」
舞はその隣に腰掛けながら言った。
「ここじゃ花びらは掴めそうにないけど」
「あ、そっか」
隼人は笑顔を一ミリもよろめかさずに言った。
「忘れてた。そういえばそんなことも言ってたな」
舞は膝を抱えたまま、また黙る。
それすらも何かの暗示に思えてきていた。
「届かないって?」
隼人は呆れたような顔で舞を見る。
「おいおい、マイナス思考過ぎるだろ!」
「誰のせいよ」
舞に睨まれ、隼人は首をすくめた。
「自分でやってたことじゃんか。俺は言い当てただけでさ」
確かにそうだったが、舞は拗ねたような顔で対岸の桜の舞いを見つめた。
しかしその静かな舞台を見ていると、段々段々と気持ちが穏やかになってくるのが分かった。
桜に波立った気持ちは似合わない。