土手の上の二人
背中にしがみつく舞を乗せて土手を走りながら、隼人はまだげらげら笑っている。
「あー面白かった。耳はおかしくなってるけど」
舞は黙っている。
若干涙目になっているのだが、それが見えていない隼人はさらに続けた。
「これからは舞もジェットコースター乗れるな。あんなん今のに比べれば全然大したことないし」
まだ舞は答えない。
さすがに隼人は心配になり、自転車を止めて舞を見ようとした。
「舞?」
彼女は自転車が止まっても隼人にピッタリとくっついたままだ。
「おい、舞? って、泣いてる……?」
「泣いてない!」
鼻声だ。
隼人は顔を上げようとしない舞を見、「あちゃー」と思った。
「……ごめん」
「……ばか」
隼人は反論せず、ただ前に向き直り、頬をぽりぽり掻いた。
「……がき。ばかがき。ばかやと」
「ばかやと? 新しいな」
隼人は笑ったが、舞はその背中に頭突きをかました。
「いて! 分かったって。ごめん」
舞はもう一度頭突きをかました後、隼人の背中に顔をうずめたまま、何も言わなくなった。
サングラスをかけたランナーや、買い物袋をかごに積んだ自転車の人達が彼らを追い越したり、すれ違ったりしていく。
それぞれが二人に好奇の視線を投げたが、隼人には全く気にならないらしく、平然と黙っていた。
「……ねぇ」
舞が背中に顔を押し付けたまま言った。
隼人は背中がくすぐったかったが、それは口にしなかった。
「ん?」
「もしかして、私たちめっちゃ見られてる?」
「誰に?」
隼人がうんざりした調子で言ったとき、ちょうどどこかの学校の野球部員が集団になって二人を追い越していった。
何人かは走りながら振り返り、二人を見た。
隼人はその視線を受け止めつつも、何も思わないらしく言葉を続けなかった。
舞はおでこだけを彼の背中につけ、下を見つめた。
「……今通った人とか」
「見てたけど、別に知らない人だし」
「さ、最低!」
舞は慌てて顔を上げ、隼人から離れた。
「言ってよ! 絶対変な風に思われた!!」
ちらっと振り返ってみて、若干赤い彼女の目が気になった隼人だったが、すでに大丈夫そうだったし、気にしないことにした。
「だから知らない人だったって」
「関係ない!」
隼人はため息をつき、さも面倒くさそうに言った。
「はいはい、ごめんなさいね。で? もう大丈夫なんだろ?」
またその言い方が気に食わなかったが、舞は一応頷いた。
隼人は「よし」と呟き、地面を蹴って自転車を漕ぎ始める。
「ちょ、ちょ、ちょ!」
舞は慌てて彼の身体にしがみつく。
「うるさいなぁ、何だよ?」
「そりゃないでしょ! 隼人のせいで心の準備ってものが……!」
隼人はへらっと笑って言った。
「安全運転で参りま~す」
「信用できるか!」
その言葉に、隼人はチラッと舞を振り返る。
「じゃあ降りれば?」
しかし、彼の予想以上に舞は食いついた。
「あ、それいい! 押していこう? ねぇ!」
「うるさいって。そんなにスピード出てないじゃん」
「それでも!」
「こわがり」
「それで良いから! ねぇ、隼人!」
隼人は答えず、黙って自転車のペダルを踏み続けた。
相変わらず舞は騒ぎ続け、立ち止まっているときよりも多くの視線を集めていたが、彼女はそれに気付いていなかった。