花びら
「で?」
二人はずっと睨み合っていたのだが、隼人が均衡を破った。
すっと背筋を伸ばし、自分より少しだけ背の高い舞を見下げようと、ふんぞり返って言った。
「愛しの翔太がいないから一人でたそがれてた訳だ」
「な!」
舞は痛いところを突かれ、一瞬息が詰まる。
隼人はさらにその弱みを突いた。
「翔太が何しに行ったか知ってる?」
「知ってるよ!」
舞は苛立ちをそのまま口調に出した。
隼人は「ヘ!」と笑って見せ、舞にさらに睨みつけられる。
彼は楽しそうに笑いながら、彼女の大声に備えて耳に指を突っ込み、横を向いた。
しかし、舞の大声が聞こえてこない。
「……あれ?」
舞は隼人を睨みつけたまま、唇を噛み締めて身を硬くしている。
キョトンとして顔を上げた隼人は、舞の顔を見て「ゲ!」と慌てた。
「な、泣くなよ! そんなことで!」
「泣いてない!」
舞はぷいっと上を向いた。
隼人は慎重な表情でその顔を窺う。
「泣かれると面倒なことになる」ということが身に染みて分かっている隼人は、何も言わずに舞が落ち着くのを待っていた。
舞はこれ以上ないほど暗い表情で呟くように言った。
「女の子に会いに行ったんでしょ?」
「翔太?……そうだよ」
彼女は溜め息をついた。
そう、知っていた。
隼人が翔太をからかっているのを何度も聞いた。
何処か遠いところで翔太の出会った「雪の精」のことを。
隼人の目にいたわりの表情が浮かぶ。
彼を横目で見てそれに気付いた舞は、幾分の恥ずかしさと、幾分の防衛本能から、それを誤魔化そうとした。
そして、目の前を横切った桜の花びらを掴もうとしたのをきっかけに、落ちてくる桜の花びらを空中で掴もうと、必死で手を振り回しはじめた。
最初隼人は馬鹿にしてるように見ていたが、急にやる気になったらしく、ぱっと立ち上がると一緒になって騒ぎ出した。
「下っ手糞!」
「どっちが!?」
二人して、かなり長いことはしゃぎまわっていたにも関わらず、二人の手に収まってくれる花びらは、ごくわずかだった。