幼馴染
風が吹き抜けた。
たくさんの花びらが枝から手を離し、ヒラヒラと舞い始める。
その中の一枚は「運良く」、冷たく湿った地面ではなく、温かで柔らかい少女の掌に行き着いた。
少女はその一枚を手でそっと包み込んだ。
少女は先ほどからずっと、右手を差し伸べたまま待っていた。
団地の真ん中の桜の木の下で、舞い散る桜をじっと見ながら、ただひたすらに待っていた。
ある意味「おまじない」というか、「願掛け」に近いものがあったのだ。
「待つだけで花びらを掴むことが出来たなら」。
とはいえ、それっぽっちのことで悩みが晴れるわけでもない。
少女は一瞬嬉しそうな顔をしたのだが、あっという間にそれは消え、元の深刻そうな顔に戻ってしまう。
彼女は大げさなほど大きな溜息をつき、ふてくされたように一人で呟いた。
「麻地君、もう出かけちゃったかなぁ……」
その耳元で声がした。
「翔太がどうしたって!?」
「うわぁ!!!」
少女の声が辺りに響き渡った。
この少女、黙っていればおとなしそうで「おしとやかなお嬢様」といった感じであるのだが、とにかく声が大きい。
その上、様々なこと(急な音、向かってくるボール、虫、「お化け」などなど)に若干過剰に反応するところがあり、この時もそうだった。
声をかけた少年は鼓膜をやられ、耳を押さえて少女を睨みつけた。
「いきなりそんなでかい声出してんじゃねぇよ!!」
少年は黒い顔(日焼けなんだか、汚れなんだか、判別するのが難しい。恐らくは両方だと思われる)、半袖半ズボン(春になったとはいえまだ肌寒い。普通の感覚で言えば)と、どこから見てもやんちゃな元気少年だった。
しかし、少女も負けていない。
彼女は大声でやり返した。
「じゃあいきなり後ろから声かけんな!」
彼らは、今にも取っ組み合いを始めそうな勢いでお互いを睨みつけている。
しかしこの程度のこと「いつものこと」であり、二人ともなれたものだ。
誰か同じ学年の(いや、もしかすると、同じ「学校の」)子どもが、誰か見ていたところで呆れ半分に笑うだけだっただろう。
彼らは所謂「幼馴染」というやつで、親同士の付き合いもあり、幼稚園から小学五年生の今まで、ひたすら(ありとあらゆるところで「呪い」と話題になるほどに)一緒だった。
少年の名前は風間隼人、少女は桜田 舞。
新六年生になる今春、二人ともが「最後のチャンス」と言って、最後のクラス替えにかけていた。