雪の精
少年は一人、空を見上げていた。
最初は立ったまま上を向いていたのだが、楽な姿勢へ楽な姿勢へと体が動いて、今は仰向けに寝転んでいる。
空は全くの灰色で、太陽を浴びていない大地は痛いような冷気に包まれていた。
そこに白の結晶というべききれいな粒が、ハラリ、ハラリと舞う。
彼はそれをじっと見つめている。
初めて見る大きさの雪とその静けさに、瞬きさえも忘れていた。
そう、辺りは―――彼の住む大きな街と違って―――限りなく静寂に近かった。
時たま遠くから、鳥の羽音や鳴き声、木や屋根から雪の塊が落ちる音が聞こえてくるぐらいで、全てが沈黙している。
少年はゆっくりと冷気を吸い込んでから目をとじ、雪の積もる音を聞き取ろうとした。
息を殺し、全神経を張り詰めて。
何も聞こえない。
彼は満足げに息を吐き出し、目を開けた。
瞬間、彼はぎょっとして身を強張らせる。
何の音もしなかったにも関わらず、一人の女の子がが彼の視界に現れ、彼を上から覗き込んでいたのだ。
彼は目をまん丸にして、少女の視線を受け止めている。
二人とも瞬きもせず見つめ合った。
しばらく経って、少女は口元を覆っていたマフラーを手で引き下ろした。
息が白くかすれて、すうっととけていく。
彼女の声が囁くような調子で問いかけた。
「……何してるの……?」
苦しい。
少年は自分の呼吸が止まっていることに気付き、「ぷはぁ」と息を吐き出した。
その声は彼が思ったより大きく響き、少年は慌てて口を押さえて飛び起きた。
心臓の音がとどろいている。
肩越しに振り返ると、少女は身じろぎもせず、じっと待っていた。
少女は雪のように白い上着を着ていて、帽子やマフラー、手袋、ズボンも同じように真っ白である。
透き通るような白い肌の中、うっすらと赤くなっている頬と鼻の頭、それに黒々と輝いている目がふわりと浮かんでいた。
息を呑むほど綺麗な少女の顔立ちに、少年は見とれてしまいそうになる。
少年は目をこすり、少女が本当に存在していることを確認した。
今まで、夢の中であっても、こんな子を見たことはなかった。
彼は一瞬本気で、少女のことを妖精だと思った。
妖精。
それも雪の精だ。
とても人間の女の子とは思えなかった。