呪いの人形
「残念ですが。娘さんはひどく衰弱しています」
これまで、何年も医療に従事してきたことが分かる白衣を着込んだしわだらけの老人がそう告げた。
水色の布団に包まれて眠る幸を、何もできないと絶望しながらも桜子は見詰めていた。
「私も、長年医療に従事していますが、このようなケースは初めてです。
何というか、これまで様々な症状を見てきました。
心臓麻痺や脳卒中、癌。
ここいらが最もありふれた病気ですが、この少女の病状はもっとありふれたものです。
老衰。
こんな幼い少女の身の上に起こっているので、その言葉は正確ではないですが、この少女に出ている症状はそれ以外の何物でもありはしない」
不可解だと老医師は首をかしげた。
「無論、他の原因があるのは間違いありません。
しかし、その原因が分からない。
長いことこの業界で暮らしていますが、こんなものは初めての経験です」
そう締めくくるも、母親はそんなもの初めからわかっていたようだった。
大丈夫、ではないですが、この子がどうしてこうなったのか、大よその理由は見当が付きます。
難しいことなどどこにもない、解決方法は私が探してみます」
しかし、そんなまったくの不可解。
見るものによって見方が変わるであろう玉虫色の状況であるにも関わらずに、桜子はこの状況を何とかして見せると断言して見せた。
それは、この万華鏡のような不可解な状況を理解しているようでもある。
さいごに、娘を。
そして、その傍らに置かれている一体の人形を忌々しげに見て、桜子は白い廊下へと足を進めた。
☆
「言い、道に落ちているものを拾うなんてみったもないからやっちゃだめよ」
子供の手を引いて、幼稚園から帰宅していると、優子は一体の人形を見つけた。
まだ汚れも知らない人形だと思えたのだが、よくよく見れば部分部分に念がつが過ぎ去ったことによる味というべきものが見えた。
ところどころにある黒いしみを見るに、大変大事にされてきた逸品だということがうかがえる。
―――だったら、どうして捨てたんだろう。
桜子は疑問を感じてしまう。
「ええ、でももう私が拾ったんだからこれは私のだよ」
幸は黒く苦い母の諫言を口うるさく感じ、その人形を手に抱いた。
「ダメなものはダメ」
それでも心変わりすることは無い。
幸の手から人形を奪い取ると、捨ててあった場所に置く。
「言い、捨ててあるものを拾うのは……」
そういって、娘の方を向いて注意をしようとして、―――何かに見られている。
桜子はそんな感覚を感じた。
視線の先にあるのは、娘である幸と先ほど捨てた人形。
その人形の群青色の瞳が桜子たちを追うように動いた。
桜子は反射的に目をこすった。
見間違いだと思ったからだ。
しかし、人形の視線はこちらを向いたまま。
逃げ出したくなるような黒い恐怖を感じるも、桜子は再び人形をの置きこんだ。
「ああ、これが通常の仕様なのか」
それで分かったことが、目線の動きがたたりによるものではなく、そういった仕掛けによるものだということだ。
左右に動こうとも、視線が彼女についてきている。
それでも、この人形が持っている独特の雰囲気にのまれたのか、桜子は足早にこの場を後にしようとする。
そして曲がり角を曲がり、人形が視界から寒山に消えた時だ。
一台の自転車がそこに通りかかった。
服装はぼろぼろで、とても清潔とは言えない容姿の男だ。
「あちゃ、あの人形高く売れそうだったのに、他の同業者がかっさらっていったか」
男は転売目的でゴミをあさっていた。
ここではまだ使えそうな生活家電が粗大ごみとして捨てられていたので、そちらを優先したのだが。
あの人形もできがいいから売れるかもと思い此処まで戻ってきたのだ。
しかし、値段が定かではないので、hぉー務レスはこんなこともある里、素直に身を引いた。
そして、時刻は夜七時ごろ
太陽はすでに沈んでしまったが、家庭の明かり。
テレビやら電灯のちかちかとした光が癒えの中を照らす時分。
桜子はそれを見つけた。
玄関名前にポツンと建っているお人形を。
桜子は仕方がないなとため息をついた。
捨てたものを拾うというのは好ましくないが、どうせゴミなのだ。
幸が素直に持ってきたことを謝るというのならば許してあろう。
そんな軽い気持ちで、安倉子は幸を読んだ。
テトテトと子供特有の軽快な足音。
それが光が照らす家の中から、暗い夜の帳のもとへと移動していく。
そして、人形を目にすると、きらきらとお星さまのように目を輝かせた。
「お母さん、ありがとう。
私のためにあの人形と同じものを買ってくれたんだね」
後ろ暗い所などどこにもないといった風な、輝かんばかり御笑顔だ。
桜子は思わう、娘の瞳を覗き込んだ。
事の真偽を白黒つけようとしたのだ。
しかし、娘の瞳は純白で。
うす暗い所などどこにもないといった風だった。
―――どういうこと。
桜子に白濁したkン欄が訪れた。
そういえば。
彼女は過去に思いをはせた。
幼稚園から幸を迎えに来たのは四時ごろ。
今は三時で、その間出来る限り自分は彼女と過ごしていた。
そう、この人形を手にする時間的な余裕など幸にはないのだ。
だとしたらどうして任用はここにあるのだろう。
桜子はもしかして、幸に目をつけ自分の足でここまでやってきたのではないかと、そんな嫌な妄想を働かせてしまう。
「ま、まさかね」
きっと、誰かの悪戯だろう。
もしくは、この人形を誰かが落としたと勘違いしてここに置いたのか。
そんな可能性は限りなく低いというのに、青紫色のベールを桜子は取り払おうなどとは思えない。
「ちょっと、それを貸しなさい。
これは誰かがいた裏で私の家の前に置いたものなの。
もしかしたら危険かもしれないから元あった場所に反しておくわ」
「え~、目具ちゃんは私の子と気に入ったから、私と同じ風に暮らしたいって言ってるよ」
「ダメなものはダメ」
そういって、幸の枯れ枝のように細い腕から群青色の瞳を持った人形をひったくった。
そして、足早に元あった場所に戻ると、ニン票を突き放すように捨てた。
そして、走り出すようにsの場所を後にする。
家に帰ると、すぐさま幸の肩に手を置き、真摯にお願いをする。
「言い、あの人形はゴミなの。だから絶対に拾ってきちゃだめよ」
「お\\母さんが拾うなっていったんだから拾わないよ」
華やかなオレンジ色の服を揺らし幸は約束してくれた。
桜子はそれでしっかり安心したのだが……。
「幸何処に行ったの」
深夜に目を覚ますと、隣で寝ているはずの幸の姿が何処にもなかった。
「トイレかしら」
こんな時間に出歩くなんてそれ以外には考えられない。
自分もトイレに行きたいと思ったので、トイレへと続く廊下の証明を付けた。
しばらくの間白い伝統が不規則な点滅を繰り返したが、何の問題もなく明かりはついた。
娘はどこだろうと、あたりを見渡すのだが―――いない。
「あれ、トイレじゃなかったの?」
トイレについたが娘はいない。
もしかして、自分に隠れてテレビでも見ているのかもしれない。
今度はそう考えリビングに向かうものの、やはりここにもいない。
「水かしら」
あと残っている娘がいきそうな場所などキッチンしかない。
ポタリポタリと蛇口から冷たい水がしたたり落ちていた。
流しには幸が何時も使用しているコップが置かれており、娘がここにいたのは明白だ。
「成る程、入れ違いになったのね」
こうなってくると、桜子も大まかな流れを理解した。
恐らく、自分がダイニングがトイレに向かったときに幸は寝室に帰ったのだ。
要は入れ違いになった。
ほっとしたのもつかの間。
窓の方で何かが動く音がした。
「まったくあの子は何をしているのかしら」
恐らく夜空を見ている程度だろうが、連れ戻さなければ。
桜子は玄関のかぎを開け、外に出た。
とビアを開けたところで、幸が外に出ているのならば扉の鍵がかかったままなのはおかしいと気が付いた。
それに周囲には誰もいない。
悪阻r区空耳だったのだろうと、扉をしめなおそうとして、視線をわずかに下に向けると、そいつはそこにいた。
漆黒の闇の中、人形の白い顔が浮かび上がっていた。
―――……。
あまりの驚きのあまり、桜子の思考が完全に停止してしまう。
そして、停止した感情が、溶岩が噴火でもするようにあふれ出した。
大声で絶叫に、震え、そして恐怖で身をちじマセル。
「お母さんどうしたの」
その悲鳴を聞いて、娘は慌てて母のもとに駆け付けた。すると母は廊下の端湖でへたり込んで、ドアの方を見ていた。
―――きっと、虫でもいたんだわ。
幸はそう考えた。
桜子の虫嫌いは相当なもので、ッしょっちゅうゴキブリを視ては悲鳴を上げているのだ。
今回も家の外に虫がいた尾だろうと思った。
だから、桜子は押入れから殺虫スプレーを持ち出して母のもとに帰ってきた。
幸はどうしたのと母に尋ねるが肝心の桜子は震える手で扉を指さすだけだ。
一体何があるのだろう、そう感じた幸はゆっくりと扉を開け、暗闇の世界に足を踏み入れた。
そこには、昼間とつい先ほど見た人形が置かれていた。
幸はその人形を捨てたという事実を知らなかった。
そのせいもあって、どうして母が恐怖に震えているのかが分からない。
「岡朝㎜、一体どうしてそんなに怖がっているの」
そういって、幸は白い顔の人形を持ち上げ、焦げ茶色の扉の敷居を踏み出した。
娘が、嫌人形が癒えの中に入る旬化。
桜子は悲鳴を上げた。
大きな悲鳴だ。
幸は思わず身を硬直させ人形をお子としてしまう。
人形はゆっくりと、ゆっくりと赤い服を閃かせながら落ちていく。
玄関の地面を一度、二度不規則にバウンドし、その行先を桜子は目を真ん丸にして見つめる。
そして、人形は癒えの敷居をまたぐことは無かった。
未だに、家の外。夜空の下に鎮座している。
「幸、さっさとそんなものを捨てて……」
桜子がそういって娘に詰め寄ろうとしたとき、足に何かが触れた。
掃除し忘れていたのだろうと思ったが違う。
それは首だった。
人間の物ではない。
しかし、人間の形を持っている。
そう、あの家の敷居に入ることなく倒れた人形の首だった。
「嫌アアアァァァ!!」
桜子はあまりの恐怖に悲鳴を上げた。
胎児のように身を縮め、赤い口をパクパクさせ、恐怖から肌を青くした。
気のせいだろう、桜子はこの時のことを後々までかたくなにそう断言する。
もし、そうでないのならば、彼女は自分自身の精神を亜持てないと理解していたからだ。
首が取れた人形の口がにやりと嘲笑しているように感じられた。
もう、彼女はこれ以上耐えられない。
―――出て逝け、出ていけ、出ていけ。
心の中で何度もそういった。
しかし、思うように声が出ない。
それでも地面をはう湯にして進み、体を何度も小物類にぶつけ、オレンジの優しい光をともす照明を割ってしまったが、それでもその首を家の外へとたたき出すことに成功した。
そして、玄関の扉を閉めると。
幸の手を引いて寝室へと駆け戻っていく。
この時、靴箱の上。
オレンジの証明が置いてあったまさにその場所で、人形の生首が鎮座していることを彼女は見逃していた。