根回し
桃子は頭上から滴る水滴によって目が覚めた。
「あれ? どこ、ここ」
初めは意識が覚醒しきっておらず自分の状況がつかめなかった。
「……わたしは、ゆうかい」
意識が覚醒しだすと状況のまずさを認識した。
自分は檻の中に閉じ込められており、その檻は頑丈で壊せそうにない。
何せ鉄製だ、人力では道にもなるまい。
「だっ!!」
―――誰か。
助けを呼ぶ声はし、自分自身で強引にふさいだ。
誘拐犯や悪魔が周囲にいるかもと思ったのだ。
「ここはどこ、今は」
時間が混沌とした脳内をろ過するようにクリアにしていく。
もっとも、それは必ずしも好ましい状況とは言えず。
新たな暗闇へと桃子をいざなうだけだった。
「私は誘拐されて……」
認めたくない真実。
繰り返すことでそれが現実だと否応がなく認識させられる。
もう、目をそらすことはできないぞ―――。
ただ、ただ、恐ろしい。
だってそうだろう。檻の中だぞ檻の中。
逃れられない、閉ざされた、閉鎖空間。
数単語、羅列しただけ
―――なのに!
桃子は絶望してその場を動けなくなった。
震える体を落ち着かせようと自分自身を抱きしめるが、カチカチと歯が鳴るのを止めることが出来ない。
「うわあああぁぁぁっ!!」
取り繕った冷静さを保てたのに噴火のごとく感情があふれ出す。
本能の赴くまま、檻に囚われた野生動物がするように暴れまわる。
何分間かその状況が継続していたと思う。
しかし、空元気も永遠には続かない。
疲れ切り床にへたりこむ。
その状態で桃子は初めて節々の痛みを自覚する。
「これは……一晩くらいのようね」
正座をすると足がしびれるのと原理は同じだ。
長時間同じ体勢でいると負荷がかかる。そのために起こる不調。
痛みの程度から大まかな時間経過を彼女は把握した。
そして、すぐにあることに気が付いて檻の隅に身を寄せる。
犯人がここに来るかもと思ったのだ。
しかし、来ない。
まるでお前なんかに興味はないと言いたいように。
「まったく、自分でもびっくりするくらいの妄想よね」
足元には銀色の食器がある。
犬のエサ皿を連想させ、うれしくはないが、皿の上には冷めた肉が置いてあった。
誘拐犯が気を使ったのかさらにはラップが駆けてある。
―――この気づかいををもっと違う方向で使ってくれ。
桃子は切に願う。
それでも、向こうが自分をすぐに殺す気がないと判明した。
問題は。
「これって何のお肉よ」
見たところ何の変哲もない肉だ。
状況故にに警戒心が先行する。
まず指でつつき、匂いを嗅ぎ、舌でなめる。
しかし、ソムリエでもあるまいし彼女には肉の正体が判別できなかった。
「取りあえず、今は殺すつもりがないってことよね」
相手の目的が分からない。
「これには毒は入っていないよね」
考え、すぐに否定された。
犯人がその気なら、寝ている間に毒を仕込む。
「夢……」
ぐるぐると堂々巡りを繰り返す思考。
最後に行きついたのは決して手放さない無二の友達の名前。
桃子の隣には夢はいない。
UMAの犯行だから断言はできないが逃走成功者がいる。
この場所は誘拐地点とさほど離れていないように思えた、感だが。
であれば、夢は必ず、それこそどんなことをしてでも桃子を探すだろう。
「……夢」
地獄に落ちた細くそれでも確かな蜘蛛の糸に桃子の瞳にかすかなそれでいて力づよいオレンジの生気が戻る。
―――なんとしてもここを乗り越えてやる。
その覚悟のもと桃子は覚めた肉に手を伸ばした。
そう、伸ばしてしまった。
☆
会合の後、皆はそれぞれに分担された調査を行っていた。
しかし、何事にも例外は存在し、あなたは武蔵を呼びつけ二人で会合をしていた。
俗にいう根回しである。
「これ」
そういって、あなたは明るい茶色の封筒を手渡した。
「急に呼び出したかと思えばこんなものをて渡すためだったのかよ」
それならさっきの会合時に渡しておけばいいと、武蔵はあなたを白い目で見る。
しかし、それは閃光のような驚きで塗りつぶされる。
「もし俺が何らかの理由で死んだら開封してね」
軽かったはずの封筒が鉛のように重くなった。
「あ! でも、それだとコインロッカーに入れといたほうが……。
でも、あれ金がかかるしな」
話の重量に反比例してあなたの口調は軽い。
ともすれば冗談のように聞こえる。
「いきなり物騒すぎるぞ。
というかちゃんと説明しろよ」
だから、武蔵も信じきることが出来ず、灰色の懐疑的な視線を向けた。
「ああ、そうだった。悪いね。
実はさ、黒幕の候補として疑っている人物がいるんだ」
「成る程な、だから女子を遠ざけたんだよな」
話の内容はその調査に加わってくれだろうと武蔵は察した。
夢は明らかに異常な状況だ。
あなたの口ぶりからしてその黒幕が黒か白か未だわからないのだろう。
その状況で夢に事情を話すことはできない。
加えて、女子に危険な任務を任せたくないというのは男子によくある行動だ。
「実は俺はトトを疑っているんだ」
「はぁ!!」
ウンウンと一人納得している武蔵の予想は斜め上にずれ込んでいく。
「嫌、お前ら仲よさげにしてたぞ。というか、ならどうしてこんな、捜査計画に呼ぶんだよ」
「言っただろ、黒幕はいないと思っていると。
でもさ、露骨に怪しいんだよ」
あなたは情報をまとめた白い紙を机の上に出した。
昨日どうしてトトはあなたに接触してきたのか。
悪魔に関して書かれている本と彼女は何らかの関係を持っている。
悪魔に襲われた時、彼女が助けに入ると即座に悪魔は退散した。
「5%だ、彼女が黒幕である可能性は」
お前の考えはどうなんだと、どんよりと淀んだ視線を向ける。
「3%だ」
「へ~え、数分しか話していない誰かを、客観的な証拠では怪しさしかない女を、彼女の人柄すら考慮に入れた僕よりも低い可能性にするんだ」
―――取り繕うなよ。
あなたの瞳のにごりは泥のように深くなっていく。
「10%」
「だとしたら、可能性は7.5%くらいかな。
うん、内緒で捜査状況を送るから、もし怪しい場面があるとすれば君に判断でこれを警察に提出してくれないかな。
もし無理ならコインロッカーに二人で保存しよう」
さんざん思考したのち武蔵は封筒を受け取った。
―――では頼んだぞーと、手をひらひらさせてこの場を離れた彼に対して殺意なようなものを感じてしまうのは秘密だ。。
各々で調査を開始することとなったあなたたち。
☆トト
電灯が照らす静かな部屋の中、マウスをカチカチ鳴らす音とキーボードをたたく音が響く。
今やっているのはつじつま合わせだ。
悪魔について、彼女は以前から知っていた。
しかし、説明する気になれなかった。
話すのは次回の会合でだ。
そのために調査をしましたというポーズを得ようとしている。
目当ての資料へと到達し、コピーして貼り付ける。
簡単な作業だ。
「あ~、こういった細かい作業って時間がかからなくてもつかれるわ~」
所要時間はおよそ30分。
短時間だが、それでも疲れた。
凝り固まった体をほぐすために大きく伸びをし、血流を促進するべく軽く体を動かす。
最後に軽く目元を押さえると、今開いている有名ホラー掲示板に新情報は無いかと目を光らせる。
すると、新しいリンクが張られていた。
「なになに、元は普通のブログだったのに、最近はホラー記事に豹変したね」
この手の話はでたらめだらけ、むしろでたらめしかないまである。
が、どうしてか引き寄せられた。
最初の方を見ると、本当に普通のブログだ。
それが一年くらいの期間継続している。
「いくら作り話をやろうとしてもここまで前振りを長くする意味が分からないわね」
俺は本物かもしれないという期待が高まる。
そして、トトは問題のページを、クリックした。