不可解な殺人事件
日の出とともにあなたは目を覚ました。
事件のせいでほとんど眠れなかったのだ。
外では夜の帳と、太陽がここは自分の領域だと主張し、光と闇の境界が曖昧になっていた。
時間を潰そうとは思えない。
テキパキと準備を済ませると学校に行く。
今は一刻も早く状況を確認したい。
いつもは人でごった返している大学も、早朝は人が少ない。
早朝に図書館を使う人物が数人いる程度だ。
だというのに、今日は見慣れない人物がいた。
青い服をまとった、人のよさそうな警官だ。
事件だ。
あなたは直感した。
なにが起こったのかを聞かなければ。
「ここで何かあったんですか」
「おお、こんな時間に来るとはなかなかに熱心な学生さんだ。実はな、一人事故で亡くなったんだ」
「事故……ですか」
「ああ、事故だ。酒の飲みすぎじゃないかって思う。そうじゃなきゃ首を吊った後もないのに窒息死なんてありえないだろう」
泥酔状態で上を向いて寝てはいけない。
万が一下痢を催した場合、気が付かず窒息してしまうからだ。
「死体は図書館の地下室で見つかった。
入口のエレベーターには監視カメラがあるのに、どうやってもぐりこんだのやら」
と彼は緊張感を見せずに語ってくれた。
「どうした顔色が悪いぞ」
「こんな時間だからね。誰だって元気はないさ」
緊張の糸がぴんと張られてくる。
「殺人という線は無いんですか」
「そいつは刑事ドラマのいすぎだぜ
窒息だぞ窒息。
首を絞めたりはその痕跡が皆無。
水桶に顔を突っ込むって方法もあることにはあるが、一体何のためにそんな面倒なことをするんだって話になる」
例えば、洗面器に一杯の水を張る。
そこに被害者の顔を無理やり突っ込めば、窒息死も可能だ。
しかし、それならナイフで刺したほうが速いし楽だ。
証拠面にしたって、長時間圧迫する必要があるのでこっちの方が危険ではないだろうか。
しかし、あなたはつい最近例外に出会ったばかりだ。
あの黒い巨体であったのならば人を容易に窒息させられるだろう。
問題は……。
「正直、こっちの話よりクマの方が大ごとだと思うぜ。
心霊スポットを歩いているとさらわれたって話。
初めは作り話、警察に電話した御嬢さんが大きな翼をもった生き物に襲われたなんて言うからな」
気が付けば、あなたは手に持っていたカバンを床に落としていた。
「すいません。やっぱり朝でも夏は暑いな。
手に汗がにじんできた」
掌を警察官に向けた。
青い動脈の上には無数の汗が浮かび上がり、それは暑さからではなく、恐怖と緊張によってもたらされていた。
「でだ、現場に急行してみると、行方不明になった御嬢さん。
さっきも御嬢さんて言ってか、紛らわしいんだがプライバシーに厳しい時代だからな。
個人情報を洩らすのに抵抗があるんだ。
もっとも、この大学の生徒だって話だからもしかしたら君の知り合いかもな」
「モテないので無いですね」
「すまない」
さっきまでのお茶らけた雰囲気が嘘のように真剣に謝ってきた。
正直迷惑だった。
「人をさらうような大型動物なんてクマしかいないだろう」
「昔だったら、日本オオカミも候補になったかもしれませんが、今はそうですね」
「そうだ」
「それにしても不幸な事件が連続して起こっている。
よく泣きっ面に蜂って言葉がありますが。
良いことが起きる時期はどうしてか連続して全く関連性のない幸運が訪れる。
悪いことが起こる時期には連続する。関連性なんてどこにもないのに。
昔、お気に入りのサンダルが壊れたことがあった。
よく下駄の緒が切れれば身内が死ぬっていうけど、サンダルの場合でもそれは当てはまるらしい。
翌日におばあちゃんが死んだんだ。
不幸というものはまるで感染するように広がっていく」
「つまり何が言いたい」
突如始まった独白を警察官は白い目で見ていた。
あなたの言葉には陶酔感が満ちており、自己で完結し、黒のように何もにも染まらない拒絶感があった。
「小説の題材としては最適だと思ったんですよ。
全く関連性のない事件を糸でつなげる。
亡名探偵は、犯罪には関連性があり1000の事件を知っていれば1001番目の事件も解き明かすことが出来ると説いた」
「すると君は現代のホームズか」
「残念だけど僕はせいぜいがレストレード刑事、もしくは不発弾」
「その心は」
「簿を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して役に立たない」
「自分でも、関係性がないと思っていたの」
「確立としては1%あればいい方だ」
「その1%にあれだけのハイテンションを見せるあなたの気持ちが私にはわからないよ」
「他人に理解されたいわけじゃないさ。
それに、僕はただ巨大で未知の生物。
そのワードには引っかかるものがある」
「おい、それはどういったことだ」
いつの間にか会話に割り込んでいたトトに対して割と突っ込んだ話をしていると、さっきまで気さくに話してくれていた警察のオッチャンの眼光が異様に険しくなっていた。
日本人特有の焦げ茶色の瞳がまるで猛禽類の翼のように見える。
―――ここで問い詰められても面倒だ。
あなたは自然にカバンの中から不気味な本。オカルト入門を取り出した。
「なにしろ俺らオカルトサークルですからね。こういった怪事件に対してはどうしても突っ込んでききたくなってしまうんです」
証拠の品があったためだろう。
視線の険しさがだいぶ緩やかになった。
青い帽子のつばを左右に動かし「俺の感も信用ならないな」と一人笑う。
「それで一つお願いがあるんですが。ここにメッセージを置いといていいですか。
実は前々から勧誘していた子がいるんですが、こんな部活なものでガードが固くてね。連絡先を知らないんです。だから、メモで移動を伝えようと思って」
「構わんよ、それくらい」
「ありがとうございます」
そのやり取りに頭が空回りしてトトはついていけなかった。
―――そもそもオカルトサークルって何! 一体いつ勧誘していたわけ!
そんな当然の疑問は白い空白に占領された頭には浮かばなかった。
「ちょっと絵を書いてくれないか。
蝙蝠の羽。ほら、大人気のアメコミミみたいな紋章を」
「描けるけど。一体どうするの」
「後で話すよ」
チラリと、気づかれないよう警察官を見る。
事件について知っていると思われては面倒だ。
幸い、あなたに考えがあると察したのか。快く書いてくれた。
―――さてと、これで犯人が分かるかもしれないな。