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番外 幽霊道り


「幽霊道りの神隠し事件ですか?」


 胡散臭げに桃子の話を夢は聞く。


「そうなのよ。

 この道路を通った人が忽然と、まるで神隠しにでもあったように姿を消していくのよ。

 これは真実の怪奇スポットのようね!」


 だから一緒に行きましょうと、甘い果実のような香水をまとった彼女は夢にもたれかかる。

 しかし、夢は冷笑した。

 ―――くだらない。


「まったく、この世界に幽霊なんてあいまいな存在はいません」


 夢と現実の境界を定めていないのか。と夢は嘲る。


「ははぁ。やっぱり、怖いからこない分け。

 まったく、信じないって言っている割に、暗闇だとかを怖がるんだから」


「ナッ!!」


 桃子の聞き捨てならない指摘。

 夢の顔が一気に赤く。


「行きます、そこまで言うのなら。

 そして幽霊なんていないって証明します!!」

「え! 別にそこまで言ってないんだけど」


 桃子は怖い話で盛り上がりたかっただけなのだ。

 同じ話題を共有できれば良し。

 そんなこともあるんだ怖いねと笑いあえればなお良しだ。

 離しはしたがそこまで興味はない。


 誰かこの子を止めてくれ。

 その願いに答えるものはいない。


「そんな、夜中に路地裏を歩くなんて危ないよ。

 不審者いるかもだし。

 やっぱり……」

「何を言ってるんですか。

 これはこの世に幽霊なんてものがいないという証明ですよ。

 例え、あなたがいかなくても私一人で行きます」


 この時、桃子顔色が青くなり、悟ってしまう。


 ―――こんなのを説得なんて無理よ。


 なんでこんなくだらないことで熱くなれるんだと、ため息ひとつ。






「ほらほら、そんなところで小さくならないで。こっちは早く寝たいんです~」


 どこかバカにするような口調で桃子は夢を引っ張る。

 時刻は十一時を少し過ぎたころ。

 草木も眠る丑三つ時に肝試しをしようというのが、夢の主張だった。

 しかし、桃子が反対したのである。


「思ったよりも雰囲気があるね」


 道の両脇には林が広がり、そこからは鳥や虫のざわめきが響く。


「行方不明の原因はクマに襲われたからでは」


 と、夢がリアル怖い話をしだすと、元気に歩いていた桃子が夢に抱き着いた。


「マジでありそうで怖いんだけど!

 もうさ、さっさとおさらばしようよ」

「まだです。

 幽霊なんていないんだと証明居なくては」


「まったく、意地張ってないで。

 蚊とかが飛んで、居心地が悪くて仕方ないのよ。

 あなたが残るならそれでもいいけど」


 もともとここに来るのに乗り気ではなかった桃子は早く帰らせろと迫る。

 虫も多く、割と綺麗好きな彼女には限界だった。


 もう義務は果たしたと、彼女は立ち去ろうとする。

 その足は「見て、あれを! すごくきれいよ」 と、子供のように目輝かせ、走り出した夢のせいで中断された。 


 ずんずんと足を進めると、川のせせらぎの音が聞こえた。

 コンクリートに覆われた壁からが、大きな土管がせり出した川があった。


「あれって、もしかして鬼火!」


 心霊スポットとして有名なのだ、オーブ位出現しそう。

 そんな先入観が桃子にはあった。

 眼下には不気味な光が漂っている。


「あ、あ……れ」


 震える指でそれを指示す。


「まったく、何蛍に本気でおびえているんですか」


 そのあまり伸びビリップリにプークスクスと明らかにバカにしたような笑いが漏れた。


 桃子は言われて気が付いた。

 空を優美に飛び交っている光は蛍の物だと。


「アッ アッ アッ!!」


 彼女は男には見せられないような間抜け面をさらした。

 穴があったら入りたい。

 今の彼女の心境を語るうえでピッタリな言葉だ。


「今思ったんだけど、そもそも幽霊なんてこの世にいないものを射ないと証明するのは悪魔の証明です。

 私一人がどうこういったところで状況が変わるとは思えません。

 よって、ここは帰っても」


 好いんですよ。と夢は得意げに言う。

 放っておいてくれ。その一言すら敗北に等しい桃子は無理やり夢に抱き着いた。


 オレンジ色の木漏れ日みたいな暖かさが、凍りついた体を癒していく。


「もう、桃子は性がないですね」


 ふにゃりと、なでられた猫のように視線を崩した彼女を夢は優しくなでていく。

 彼女の大きなバストが腕に押しつぶされ、同じ女性でも気持ち良さを感じてしまう。後、嫉妬も。


「蛍、綺麗ですね」

「うん」

「これが神隠しの真相ですかね。オーブと蛍を見間違えて」

「あ~、ありそ~」

「今のあなたみたいに」

「それは言わないで」


 桃子は離さないと言わんばかりに、夢の手をしっかりとつかんだ。


 二人の姿は恋人のようにも、親友のようにも、手を引かれる囚人のようにも見えた。


 目を輝かせながら、二人の女性はこの美しい情景をうっとりと眺めていた。


 二人して、写メにこの光景を収め、明日ネットにアップしようと姦しく話し合っていると、バサリ。

 何かが羽ばたく音がした。


「何だろう今の音、鳥ですか」

「鳥にしては大きいよう、嫌、絶対に鳥よ」


 先ほど蛍を鬼火と勘違いした一件から桃子は強く断言した。

 それでも違和感が確かにある。

 これ以上ここにいるのはまずい。

 本能が警鐘を鳴らす。


「あ、あれ!!」


 そして、夢は目撃した。

 空を飛ぶ巨大な化物の姿を。


 二人は見詰め合い、言葉を交わさずに頷き合った。


 バッと、来た道を引き返す。


一切先の見えない竪穴に飛び込むようなそんな感覚を彼女は感じた。



 走りながらも、上空の様子を何度も確認する。


 バサ、バサ、バサ。

 どんなに走ろうと、羽音はつかず離れず。


 途中で怖くなって、上を見ることすら忘れていた。

 化物はあなたたちを獲物としたのだ。


 夜の闇の中、まるでフクロウのように静かに、鋭利に蝙蝠の化物は投下に掴み掛った。

 冷たくブヨブヨとした感触に悲鳴を上げようとするが、それよりも前に化物に口をふさがれてしまう。


「助けて!!」


 懇願は夢中になって聞こえていないのか、あえて無視しているのか分からないが分からず、夢は進んでいく。

 前だけを見て、子供のころはあんなに大きく見えた背中がどんどんと小さくなっていく。


 蝙蝠の化物を引き離すべく蹴りつけるが、まるでゴムのように足がめり込んでいく。

 その感触は既存の生物の物では断じてない。

 大量の空気を含んだボールが最も近いのだろうか。 


 ―――離せ離せ離せ。


 必死になってもがけばもがくほどに、体は沈み込んでいく。


 自分がやっていることは全て無駄なのでは。という絶望が桃子を襲った。


 ―――死にたくない。

 助けてと今も口にしているのに、頭の中ではこの言葉でいっぱいだ。

 何度も何度も何度も同じ言葉が木霊する。


 瞳から流れ出た涙が鼻に詰まり鈍い痛みが襲いかかってくるが、気にはならなかった。


 そうして……、足場は。


 ありとあらゆる重力の枷から桃子は解き放たれた。

 眼前にはこの世ならざる風景が。

 それも一瞬で地面の上に立っていないことを気が付いた。


 待ち構えていたのは黒いアスファルトではなく白いコンクリート。


 信じられないことだが、桃子は地上から地下空間へとワープしたのだ。


 化物はそのまま彼女をひっつかんで乱暴に飛んでいく。

 高速で飛んでいることだし、ここで暴れて落ちれば死んでしまうかもしれない。


 ここで落ちて死ぬのと、化物に殺されるの、どっちが苦しまずに向こうに行けるだろうか。


 そんな、絶対にしたくない二択が彼女に突き付けられた。

 

「うわあああぁぁぁ!!」


 結局、桃子は何も選ぶことが出来なかった。

 泣き叫び、何も選ぶことのできない自分の未熟さを悔いるだけ。






「桃子、一体どこに言ったんですか、桃子」


 腐葉土に覆われた黒い地面にへたり込んだ。

 そこは虫など、小さな生物の生活圏であり、足元にうごめき、彼女の体にも上ってくる。しかし、今の彼女はそんなものを気にかける余裕が無い。


「目を話したのは一瞬だけ。

 つまり、桃子はまだ近くにいるはず」


 警察にはそう説明するが、事情が事情だけにどうなのか分からない。


 犯行の現場へと案内すれば桃子の荷物は落ちているがそれだけ。


「そうだ、携帯」


 彼女は携帯をいつもポケットの中に入れている。

 ならせば居場所が分かるかもしれない。

 そんな蜘蛛の糸のように頼りない希望に彼女はすがらざるを得ない。


 Prrrっと、コールを知らせる音が赤い形態から響く。

 かすかに音が聞こえた。

 夢は色めき立つが、捜査官はどこか冷めていた。

 大方、その辺の林の中にでも落ちているだろう。そう思っているのだ。


 対して夢は必死に地面を駆けずり回る。

 四つん這いになって、スカートの中が見えてしまいそうになるのに、そんな事には一切気にも止めず。


 結果、「あった、ありましたこれが」


 形態は何故か地面に落ちていた。

 白い爪を黒い土が覆う。

 手を汚し、なんとかそれを引っ張り出したところで、彼女の気持ちはぷっつりと切れてしまう。


 真実は紫色のベールに覆われたままだ。


これは新しい探索者の導入回です。

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