表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

Nのゲーム開始

次でようやく本編を始められます



 予防線を張る。

 あなたはそうした行為が好きだった。

 AとB。二つの選択肢がある。どちらが正解か分からない。そんな時は時間を消費してでも両方の選択をとる。


 それは目覚ましにも当てはまる。

 目覚まし時計のアラーム後の携帯電話のアラーム機能でなんとか目を覚ました。

 朝食より先にインターネットに手を伸ばす。

 そのせいで、大学の講義に間に合わないことが恒例となっていた。


 何時も何時も次からはと自分に言い聞かせているのだが、毎回次回に繰り越し。


 それでも今日は数分の遅刻ですんだ。

 幾つかの授業をこなし、時刻はすっかり正午になっていた。

 食堂は人でごった返し。

 混雑を好まないあなたは図書館で時間を潰すことにした。

 

 本でも読もう。

 カバンをあさると、昨日の本が何冊残っている。


「そう言えば、読もうと思って薄い本を残していたな」

 興味をひかれた小説を並べ、―――あれ、こんな本あったか。


 そこに見覚えのない本が一冊。


 題名はオカルト入門。

 コンビニで販売されている本特有の色そのものを張り付けたような表紙。


「ああ、そういえば古本屋でなんでもいいから買ってくれって言われた時に買ったやつだ」


 簡単そうなのを選んだのだ、

 中を見ると、ここにも無数の落書きがあった。

 筆跡が違う、同一人物ではないだろう。


「もしかしたら家族、それとも共通の知り合いでもいたのかな」


 字は達筆だが、自分だけ分かればいいという気持ちが透けて見えた。

 変な略し方、良く分からない図。

 そういったものが散逸的に見られた。


「こっちの本こそ、無料にすべきなんじゃ」


 古本屋へと抗議しようかと思ったが、無料で本をくれた恩を思えば我慢できた。


 論文を書くために、とある英文学に目を通していく。

 気になった台詞を、記入していく。


「聖書において、結局悪魔は誰一人として殺していないか」


 悪魔は人を誘惑したことはあれど、殺したことは無い。

 誘惑された人間を神が殺したことがあるが……。

 神と悪魔の境界線というのはあいまいと思える。


 例えば罪。

 それでも地球は動いていると、ガリレオガリレイは訴えたが、当時の価値観故に悪とされた。


「価値観が変わると誘惑の質も変わるか」


 現在ではキリスト教の七つの大罪の新定義が出された。

 もっとも古臭いと思える宗教ですら、過去の出来事を今に当てはめる無意味さを承知している。


「絶対なんてないってことか」


 そんなこと言ったら、デカルトやソクラテスの領域になってしまう。


「それは西洋と東洋の価値観の違いだわ。

 西洋の考え方は二元論。善は善であり悪は悪である。そこに揺らぎというものは無い。

 けれど、東洋の根幹思想は陰陽五行説。

 善と悪が変動する可能性を持っている」

「成る程ね、それが違和感の正体か。

 ノックスさんも推理小説に中国人を登場させるなというけどその意味が改めて分かったよ……。

 あれ? 君は誰だ」


 灰色のネクタイをした彼女があまりにも自然に割り込んできたものだから違和感を感じなかった。

 ―――こいつ誰だ? どうして話しかけてきた。


 あなたは不審そうな眼を彼女へと向ける。


 話しかけてきたというのに、視線はあなたの方ではなくあなたの手元にあった。


 もしかしたら、少し前にここに座っていたが落し物に気が付いて帰ってきたのかも、とあなたは考えた。

 急な話題も注意をこちらに向けると考えればあり得る。


 ―――でも、まだ謎は多い。


 あなたの話は独り言だった。

 脳内に主要な情報があって、整理のためにポツリポツリと情報を吐き出しただけ。

 ―――それで的確な合図血を打てるものなのか。


「もしかして、これって君の本だった」

「ち、違うわ。偶然表紙が気になっただけ!!」


 ―――しまった。頷いていれば……。


「実はね、落とし物をしてしまって」

「ここにはないと思うけど」

「そ、そうよね」


 それだけ言うと、彼女は去っていった。

 図書館の受付に言ったのだろう。


「何だったんだ、あの子は」

 静寂。実に図書館らしい空気が流れる。

 木のテーブルに本を置いてゆっくりと読み進める。頁をめくっていく。


 するとあなたは、黒く汚れたページを見つけた。

 複数のページが張り付けられている。

 そこからはかすかに鉄の匂いがした。


「もしかして、血が使われているのか」


 不気味な想像をしてしまうが、まさかと首を振る。


 上から光をかざすと、何かの図形があるようだ。


「鋏はないか」


 本を傷つけるのはあまり好ましくない。

 大学の売店で買おうと決め、本をカバンにしまう。


「そろそろお昼にしよう」


 今の時刻は12時40分を過ぎた。

 これなら食堂もすいているだろう。

 幸いなことに食べる速度が速いので次の授業には間に合う。


 そうして、図書館から出たときあなたはそれと出会う。


 異様な雰囲気を持つ男だ。

 真昼間だというのに、黒い肌のせいか周囲の光が蝕まれているような。

 彼はあなたの方を見ると、にっこりと白い歯を見せ笑った。


 あなたは一歩後ろに引いた。

 外国人へ対応する自信がなかったのもあるが、この男のどす黒いまでの圧力に逃げ出したくなったのだ。


 しかし、後ろに下がるべく一歩引く速度よりも、彼があなたに詰め寄る速度のほうが速かった。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが、最近おかしな事件が君の周囲でなかったかな」


 男は礼儀正しく、自己紹介をすっ飛ばしてそう聞いてきた。


「別に」


 なのでなかったとあなたは答えた。


「なるほど、ではおかしな事件が起きてほしいとは思うかな」

「べつに」


 そこまで話を聞いて、何かに納得をしたらしく男の顔に暗い影をまとった笑みが浮かぶ。


「ではだ! 君を生死にかかわるような事件に遭遇したくはないかな」


 その問いかけに冷え冷えするような寒気を感じた。


「初対面でしたよね。すごいことを言いますね」

「それで質問の答えは」

「どうでもいい」


 その人物は意図もたやすく心の奥に秘された、だれにも触れられたくない部分を薄明のもとにさらしたのだ。


 もしかして誰かに話したのが誰かにばれたのか。

 あなたはその線を疑った。

 常日頃から死にたいと独り言を洩らすが、誰かに聞かれたことは無いはずだ。


「そんな君にひとつ提案がある。

 実は私はとても危険で、一歩間違えれば死ぬかもしれないゲームを開催しているんだ。

 さっさと死にたいと思っている気味にとってはおあつらえ向き。

 参加してみないかな」

「どうでもいい」


 それでも、あなたの言葉は単調なものだった。

 黒い笑みを張り付けた相手に白々しくも、本気でどうでもいいと告げる。

 それに男は困った風だった。


「まったく、これほど誘惑しがいのない人物は初めてだよ」


 呆れている、というよりは何かを期待している。

 その嘲笑はそういった感じだった。

 あなたはすぐにその人物から視線を逸らした。

 確かに、気にはなったが、興味を持てなかったのだ。





「丼もの一つ」

 がう正食堂で何を注文するのか。もっとも多いのが丼ブリだ。

 安く、ボリュームがある。

 今日はたれかつ丼を注文した。

 幾つものとんかつに濃厚なたれをかけたどんぶりで、通常のカツどんよりも、カツのサクッとした感触が楽しめるのが魅力だった。


 一口食べると、大学の学食というものは各大学の努力の集大成ではないかと思うのは、過大評価ではないと実感する。


 安く量があり味も良い。

 可能ならば、卒業後もこんな店を使いたいものだと思ってしまうほどだ。

 だが、


「一体なんだこれ」


 そこにあったのは一台の携帯電話だ。


 厄介ごとを回避するために昼食を遅くしたのだというのに、その種が机の上にあった。


 デコレーションの具合を見ると、どうやら女性の物らしい。


 食べ終えれば大学のロビーに届けよう。

 

 決心したが、運悪く携帯が鳴った。


 ―――めんどくさい。


 電話に出れば初対面の人と会話をしなければならないし、最悪盗人扱いだ。


 これは無視一択だな。

 少しはやめに届け出よう。

 そう決定して、ふいに頭痛を感じた。


『Nのゲームにようこそ』


 無機質なナレーションが脳内に響く。


 頭が割れるように痛み、脳に知らない灰色の情景が見えた。


 いつも使っている駐輪場だ。


 あなたは必死に、電話をかけようとしている。


 速く出ろ早く出ろと、ここにはいない誰かに向けて。

 あなたは気が付いた。

 呼んだところで助けなんて一人たりとも来ないという事実に。


 そして、


 駐輪場のコンクリートよりも地下特有の薄暗さよりも濃厚な漆黒の闇にあなたは飲まれていく。


 興奮し必死に動き回っているというのに、その手は青白く、寒さに震えているようだ。


 そしてゆっくりとあなたの体は、本当にゆっくり闇の中に沈んでいく。


 このままでは死ぬ、悟った。

 あなたは一人ぼっちで死んでいく。


「うわ、嫌な夢」


 叫び声を挙げなかった自制心に生まれて初めて感謝した。

 それでも、全身にねっとりとした脂汗がこびりつく。

 ―――喉が渇いた。

 その思いから水を取りに行き、席に戻ることなくがぶ飲みする。


 四杯飲んだところでどうにか落ち着いた。


 ―――携帯に出よう。

 あんな夢どうでもいいのだが、このまま進むというのがどうにも気に入らなかった。


「もしもし、君はこの子の友人かな。

 もしそうだったら、その友人にさっさと携帯電話を取りに来てくれるようお願いしてくれないか」


 こんなもの持っていても面倒なだけなのだとあなたは言う。


「残念ですが、私は友人ではありません」

「友人じゃなくて親友だなんて落ちじゃないよな」

「ええ、落とした本人よ」

「なら、今日の昼食べた食堂にいるから取りに来てくれないか」

「行けたらいいんだけど、ここからだと授業がね。

 あなたは何時まで学校に?」

「夜までいるつもりだけど」

「私これからずっと授業で、離す暇も取りに行く時間もないから。

 夜に……」

「図書簡で待っているよ」

「そう、だったら電源を切っておいて。もし誰かから電話がかかってきたら電池切れて手って言い訳できるから」

「了解」


 あなたは女が持つしたたかさをを見たような気分になった。






「そう言えば、鋏買うのを忘れていたな」


 夜になり、あなたは一人待ち人を待っていた。

 カバンに入れてあった荷物を再度広げると昼間読もうとしていた本を思い出した。


 体重を後ろにかけ、椅子をわざわざ不安定な状態にしてあなたは本を読む。


 ―――鋏はもういいか。

 お金もかかるし、ここは爪でいいだろう。


「ツッ!!」


 そう思い爪をはわせるが、最後で油断してしまった。


 指先を薄く切った。

 血がゆったりと流れ出る。

 驚きのけぞったせいで体重がさらに後ろへ。

 何とか机に手を付けたが、あなたの体は床へと吸い込まれていった。


 トイレに向かうと、血を冷たい水で洗い流し、ティッシュで血止めする。


 席に戻る瞬間、蛇口からぽたぽたと水滴が滴る音がした。

 一回しっかりと閉めるべきか。

 そう思うが、すぐに水滴は止まる。

 最後の一滴が洗面所に落ちる刹那、あなたはバッと後ろを振り向いた。

 下へと落ちる水滴に黒い何かが移っているのが見えたからだ。


「最近の俺どこかおかしいな」


 こんな所にあんな化物がいるわけがない。

 昼間、似たような幻覚を感じたのだ、今回も同様だろう。


 そんな思いから、あなたは見たものをすぐに忘れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ