日常という螺旋
落ちていく。
暗い闇の中に。
ズブズブト。
その光景をあなたたちはただ見つめている。
☆
同じような単調な日々。
それが永遠と続いていく。
明日は今日よりもよくなるはずだと、人々は笑ってごまかすが、今日とまったく同程度の明日を迎え、それが連綿と続いていく。
終わりなく、何度も、何度も、何度も……。
人々はそれを平穏と呼ぶ。
しかし、ふと真実にに気が付くと、断崖に立ったような気分になる。
自分の人生に意味なんてものがないような。
そんな漠然とした不安を感じるのだ。
だから、閉ざされた輪の中から抜け出すために刺激を求める。
ようは、自分の日常が崩れ去ってくれないか。
そんなライトノベルのような展開を持ち望んでいるのだ。
そこまで大げさでなくてもいい。
精々、勝てなかった勝負事が勝てるようになる。
難解なパズルを解ける。
欲しかった小説が出版される。
そんな小さな変化でも衝動を満足させる。
もしもだ、それでも満足なんてものが出来ないというのならばその人物は小説家になるか自殺してしまうだろう。
☆
古本屋の中。卒業論文の題材を探してあなたはオカルトコーナーへとたどり着いた。
この厚い中自転車に乗ってこんなところまで来たせいで、来ていた服は汗を吸い重くなりぴったりと肌に張り付いて不快感を感じさせる。
クーラーが聞いたへっやの中にいるお蔭ですぐに乾くだろうが、可能なら今すぐ着替えたかった。
しないのは着替えがないからだ。
目の前にはいくつもの黒い表紙。
人を恐怖させようという創意工夫の後が見えた。
どれもこれもが暗い色彩、グロテスクな絵、血を思わせる細工、そんな陳腐化したが今なお使い続けられている手法が見えた。
パッと十分。
あなたの気を引くようなものは無かった。
手にはめた腕時計のタイマー機能で時間を計算する。
このころには、あなたの関心は卒論よりも娯楽小説へ向かっていた。
何冊か目ぼしいものを発見すると、あなたに与えられたナンバーが呼ばれた。
部屋にある読んだり読まなかったりする本をここで売り、本の代金の足しにしようとしたのだ。
もらった代金を店の中で消費するという、店側からすれば最良としか言いようがない行動をとったが、あなたは物足りなさを感じていた。
この身の本が見つからなかったのだ。
近場の古本屋へ向かおうかとも思ったが、外を照らす太陽は気力まで燃やす。
すぐに帰りたくなった。
あなたは夏場であったとしても比較的涼しい川沿いの道を進んでいた。
外では蝉が遠慮なく泣いており、暑苦しい。
蝉の鳴き声が風鈴のような音色だったらどんなによかっただろうと、自然そのものを憎みながら、黒いアスファルトの上を自転車で進んでいく。
どうして自分が熱中症で倒れないのだろうかと、暑さからそんなどうしようもない事を考えてしまう。
幾ら涼しいルートでも夏は暑い。
その理不尽さに対する怒りがどうしてか道に向かった。
ちょっと近場にあった木を殴る。
部屋の外にあまり出ないせいで白い腕が、野にさらされながらもたくましく生きてきた黒ずんだ木に刺さる。
当然、手は赤くなった。
「俺、本格的につかれているな」
木陰で休もう。
普段は入らない道に足を進める。
ここで長年住んでいるのだ、土地勘はある。
多少迷っても何とかなるはずだ。
そう思い、高いビルの陰になっている路地裏へと足を延ばす。
普段いかない場所だから、見慣れないものも多い。
「ベンチがあれば最善なんだが」
と周囲を見渡すと、艶のある木でできた看板を見た。
長年使用していたのだろう、ところどころが黒ずんでいて、この店が歩んだ歴史を想像させる。
「さすがは古都。こんな老舗もあるんだ」
店の外、ガレージには本が野ざらしで置いてある。
色が薄くなっているように思えた。直射日光は本に悪影響を与えるからだろう。
その文、視覚で本の存在を教えてくれる。
並んでいる本は、どれも色とりどりのいまどきの本で、こんな十条な木製の老舗の雰囲気には合わなかった。
しかし、最近は不景気だ不景気だと言われているし、正直、不景気だと言われていない時期の方が珍しいと個人的に思ってすらいる。
どの店も生き残りに必死なのだろう。
「いつもの所では目的の本がなかったし、ここを覗いてみるか」
熱いし、こういった気軽に入れる店で涼むのもいいだろう。
カウンターには髪の毛がすっかり白くなったおじいさんが一人。
ふちが大きな黒い眼鏡をつけ新聞とにらめっこをしていた。
横目であなたが入ってくるのをチラリ見ると、いらっしゃいの一言をかけ、もう一度鼠色の新聞紙へと視線を戻した。
ざっと周囲を見た。
本は整理整頓され切れておらず、雑多に積まれていた。
古ぼけた本が多いというのも、きっとこの店の特徴だろう。
まず向かったのは漫画の場所。
最近のレンタル屋は漫画の立読みを禁じていることが多く、古本屋は立ち読みの聖地といってもいい。
もっとも、こういった狭い店だと税金の聖地のように煙たがられるのだが。
一冊漫画を読む。
絵ばかりだというのに意外と時間がかかる。
あなたの場合だと2,30分。
バックからペットボトルを取り出し水を出す。
疲れも取れてきたし、帰ろう。
こういった店は値段が高いのだ。
普段は大手の店で100円均一の商品から良本を探すのを趣味としているのだ。
新品と大差ない値段で本を買おうとは思えなかった。
最後に、卒論の研究材料がないか見てみよう。
そう思い、オカルトコーナーに足を向けると段ボールに積まれた本を見つけた。
古本屋は配置に神経をとがらせているというが、これから並べようとしていたのだろう。
そっと裏側を見れば値札がなかった。
目当てのオカルト関係の本。
しかし、あなたの卒論のテーマ魔女狩りに合致する内容だった。
ぱらぱらと中をめくる。
どうにも、前の持ち主は本をノート代わりにも使用する人物だったらしく、いたるところに落書きの後が見れた。
しかし、使えそうだ。
マネキンのような頭と蝙蝠の翼をもった使い魔の挿絵のページの所であなたは本を閉じた。
もしも時間があれば交渉しよう。
流石に、手に何も持たずに本をくれというのは失礼だろうと思い、あなたは適当な本を手に取り、レジに向かう。
「おじいさん、ここにある本には値札がないんだけど、幾ら」
「ああ、それかい。
数日前にも、そこの本を持っていた若いのがいたが。
その本はな、あまりにも落書きが多くて売り物にはならんかった。
だから、他の本を買ってくれれば持って行ってもかまわんよ」
濡れ手に泡の一掴みとはこういうことだろう。
嬉しさからギョッと握った手がかすかに赤く染まる。
おじいさんは本を捨てる手間が省ける、あなたはただで本を手に入れられる。
誰も損をしない関係だ。
嬉しさからか、歩く速度がピクニック時みたいに早足になる。
来訪を知らせるときになった金色のベルが心地の良い音と共にあなたを送りだす。
それから大よそ10分後。
黒い服を着た若い女性が大急ぎでおじいさんに詰め寄った。
「ここに置いてあった本はどうしたの」
「売ってしまったよ。もしかして君のだったかな」
☆
あなたはカバンの中から本を引っ張り出した。
部屋の中はモノが散乱し、足場すらないほどだ。
そこに買ってきた本を投げ散らかすように置いていき、「どうして僕の部屋は片付かないんだろう」
部屋に落ちているごみを拾いながら、部屋の状況に疑問を感じた。
つい最近越してきたばかりの二階建て。
欠点と言えば、狭いこと。リビングの部屋の電灯が壊れてつかなくなったことだろう。
本を開ける。
分かってはいたが落書きだらけ。
よくもこんなに記述したなと思うくらいに、分厚い本のいたるところに落書きがあった。
しかし、集中力には限界がある。
20分。疲れたのであなたは夕食を作るべく行動した。
「カレーにしよう」
簡単に作れて、日持ちもする。
それでいて飽きが来ないのだから、カレーは家庭料理の鉄板だ。
安いもやしをなんにでもぶち込むというのが、貧乏大学生のあなたの料理の基本だった
夕食を作り終え、間食するとあたりはすっかり暗く、つい最近メインの電灯が壊れたせいで、文明的な明かりがない。
そのせいですっかり本を読む気をなくしてしまった。
こんな状況だから、ネットサーフィンでよさげな小説を読み時間を潰して寝る。
これまでずっと続けてきた、らせん階段のような日常である。