王子に強襲されました
美しい娘だと思った。
地味だと女らしくないと友人は言っていたが、興味を持っていたことを知っている。
辺境伯の娘。
領地を富ませようと必死に学ぶ姿勢は好感が持てた。
その妹は退廃的に友人の側に侍りわがまま放題で学ぶ気もない。
バカの相手は疲れないかと問うたこともあるが、可愛いという。その気持ちはわからなかった。
媚びを売り、笑うそれは嫌悪感をもって見ていたはずだった。
たった一度、見間違いと思うほどの刹那。
冷え切ったまなざしで男たちを見ていた。
ああ、そうか。彼女は知っている。
「言うほどバカじゃない」
そう忠告しなかったのは、惜しんだからかもしれない。
飽きたら、それとなく保護しておこう。
彼女だって妹は生きていて欲しいだろうから。
■ □ ■ □
「……はじめまして」
表情を取り繕わずに、彼女は挨拶を口にした。声にならない部分は、何でおまえがここに来たんだ、だろうか。
セオドアという男の名を与えられた娘。
しかし、麗しい娘。
可愛い婚約者の訳ありの妹。
ちょっとした騒ぎの責任を取って辺境送りにされた、と言うことになっている娘。
修道服に身を包むのは妙に退廃的で色気が過剰だった。
その落差に苦笑がにじむ。
「初めまして。姉を連れて行くのだから妹にも挨拶は必要だろう?」
残念ながら彼女の態度を咎める者はいない。この修道院での修道院長の権力は絶大のようで、従者や護衛をこの部屋に連れてくることは出来なかった。
曰く、神の名の下に平等である、と。建前を述べ。
権力を盾に脅すとか誇りなんてないのかねと、本音をぶちまけた。
激高した従者は何が起こったかもわからないうちに、彼に叩きのめされた。
その上、壊さないようにするのは大変労力がかかるので、けしかけるのはやめた方が良いと真顔で忠告してきた。
それ以上、何か言うものはいなかった。
ただ、たかが深窓のご令嬢に会うのに武器を持っていく腰抜けなどいないだろう。と言われて何故素直に剣を渡したのかわからなかった。
にやにや笑われて面会室に送り込まれて今に至る。
他国とはいえ、王子である立場でここまで粗雑に扱われたことはない。平等を建前とする学院への留学中ですら身分が無視されることはなかった。
友人として付き合ったこの国の王子ともここまで露骨な態度をとられたことはない。
彼女からにじみ出る迷惑感。逆に新鮮だと思うほどだ。弟妹にもそこまで邪険にされたことはない。
それでも一応、座ることを勧められる。面会室というだけあって質素な内装ではあった。座った椅子は上質であり、机も頑丈な上に装飾が施されている。
セオドアが飲み物を用意する手つきは手慣れている。
ああ、そう言えば、良く甲斐甲斐しく世話をしていた。しばらく通っていない場所の様子を思い出す。
そっと用意された飲み物は真っ黒だった。甘い匂いが漂う謎の液体。
それにミルクを入れて彼女は飲んで見せた。
いつだってそうしていたように毒味をして見せたのだろうか。誰よりも先に手をつける不作法の風に装って。
礼儀として一口くちをつけるがひどく苦く酸っぱい。顔をしかめた姿に彼女は笑った。
「それで、手紙になんて書いたんだい?」
ごまかすように話を切り出す。
「知ってるでしょうに。姑息な男は嫌われますわよ」
あら、いやだわぁと爪先を見ながら呟く。
……いらっとくるが、姉たちが時々似たようなことを婚約者などにしているのを見たことがある。
おまえの話は退屈だ。
要するにそういうことらしい。
「愛しい婚約者殿には二度と手紙など書かないでいただきたい」
「もちろん。謝罪の手紙をいただいたとしてもお返事はいたしませんわ。貴方が良い風に伝えてくださるのでしょう?」
ちらと視線を向けてため息。
一々いらっと来るが、意図的なのは明らかだ。
バカな妹が、事故で死んだのならば嘆くだけで済んだ。しかし、彼女は生き残り、辺境に送り込まれて、それに至るまでのことを知らせた。
可愛い婚約者は在学中に王子に気に入られた結果、どうなるのか、ようやく思い至った。思い至ってしまった。
調べようと考えている。
それを国外に出る前に実行してしまえば、庇うことすら難しい。
他国の事情に口を挟むのは良いことではない。国交上の問題になれば、ただの婚約者など切り捨てなければならない。
「知らせないつもりならば婚約者などにしなければ良かったのに」
そんなカオするくらいなら。
頬杖をついて彼女は笑う。
「辺境伯なんていっても一杯いる貴族の一人が、異国とは言え、王子の求婚を避けれるわけがない。身分を意識しないわけがない。そして、妹を思い出すでしょうね」
当たり前のことのように、数え上げる。
権力を盾に強引に迫った自覚はあるから否定はできない。捕まえてしまえばあとはどうにでもなると何故思えたのだろう。
どろどろに甘やかしてしまえば、溺れると。
「そんな事を思わないほど、仲が悪いとおもっていたんだがね」
「あら、優しい、お姉様が、忘れるわけないじゃない」
棘のある言い様だ。
セオドアはこの国の王子の愛人だった。
その取り巻きたちにも共有されたただのおもちゃ。
飽きるまでの暇つぶし。
何も知らない者の目には高位貴族の子息を侍らせちやほやされているように見えただろう。
優しい言葉で人を遠ざけ、貶め、依存させる。そして、飽きたら捨てもせず、忘れるだけ。邪魔なら、消すだけのこと。
それが出来るのがこの国の王族ということだ。
たちの悪いゲームだと思っていたが、やめさせるほどに女に興味はなかった。故郷に帰れば寝台に忍び込むようなたちの悪い娘もいるのだ。
むろん、牢獄行きではある。関与した者は全て。
暗殺の危険を甘く見すぎているにもほどがある。ただの恋情で、警備を緩めるバカが、暗殺者を見逃さないと何故思えるのか謎だ。
「それで、どういう気分?」
なぜか、目の前の女はとてつもなく怒っている気がした。
他人の気分などそれほど気にしたことはないが、これを無視してはいけない気がした。
「何故、怒っている」
「……怒るでしょうよ。ようやく、ようやく、安心して、生きているのに、王都のクズを刺激するようなことをやってのけるのだから」
唸るような声がやけに近いと思ったことと胸ぐらを捕まれたのは同時に自覚した。
「ねぇ、王子様。私は良い子で大人しくしているわ」
明るいとでも言える声に。
絶望を感じた。
「だから、奴らをここに来させるな」
そう言って何事もなかったかのように離れた。
「話はこれだけ」
返事をする間もなく、彼女は部屋を出て行った。
いや、呆然としていた間にと言った方が良い。
彼女は、その気になれば害することができることを実証した。それなりに護身術を習っている身の上ではあるのに全く反応できなかった。護衛がいたところで、無駄だった。
笑いがこぼれた。
アレは、自分だけならば、十分逃げることは出来ただろう。いきなりいなくなることくらいできる身体能力だ。
それをしなかったのは、自分がそうすることで罰せられる者がいると知っていたからだ。
ならば、ここはようやく辿りついた終点だ。
死ぬことなく、誰も取りこぼさず、逃げおおせた。
これは大変な損失だろう。そんなことをやってのける才覚を持つ者を捨てた。美しい女であることにしか目を向けず、それ以外を見なかった。
「だから、バカだって言うんだ」
王都でぐるぐる悩む男を嘲笑う。
一瞬も愛されたことがないのに、愛されたと思い込む男たち。
誰が、彼女の一番か、誰もわからない。
誰が彼女を手に入れるべきか、決めかねて、誰の手にも届かないところにいる。
たった一人の勝者は彼女だ。
それに敬意を表して彼女の望みを叶えるようにしよう。
愉快な気分で、面会室を出た。
いつか、彼女も国に来れるようにしようと思いながら。
【セオドア(辺境伯の娘・妹)】
ねぇねぇ、ちょっと嫌がらせの手紙だったけど、なんで、こんなトコまでくんのよ!?
と実は内心半泣きであった妹ちゃんです。
ああ、カオだけはイケメンだなぁと思っていたのは秘密です。
今後の新展開はお姉ちゃんのがんばりにかかってますとお祈りをしています。
参戦はしたくないと引きこもりたい。
【異国の王子】
気が強い姉としたたかな妹がいる。
無意識に女性に苦手いしきがあるのは……。
全くにてない姉に引かれたのもそこが遠因かも。
無自覚ながら執着心は強め。
【辺境伯の娘(姉)】
絶賛監禁中。王子不在中にお茶会事件が起きます。
【修道院長】
素敵な人外。