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第九話 「味噌汁」

 


 いやあ、ミニボアは強敵でしたね……。


 ……猪との戦闘のせいで全身傷だらけ、服もボロっとなっている。スラックスの膝とか破れちゃったしな。

 派手に出血したりはしていなかったのが、不幸中の幸いである。最悪跡は残るかもしれないが、すぐにどうこうということはなさそうだ。いや、全身はめがっさ痛いけど。


 それでもめげずに歩き続けること、どのくらいか。

 どこともしれぬ森の一画で足を止める。いくら体力がついたとはいえ流石に疲れたし、空も暗くなってきた。リフィもさっきから俺に負ぶわれてぐったりしている。ここらで休憩をすることにした。周りに木しかないけどね。


「足手まといでごめんなさいなのじゃ……」


 おんぶされている手前申し訳ないのだろう。リフィが耳元で謝ってくる。

 実際、猪と戦ってる時もびびりながら遠巻きに応援してるだけだった。神の名が泣いちゃうくらい役に立たなかった。


 でも、さ。

 それでも、足手まといだとは思わなかった。


「気にすんな。俺はリフィがいるから、こんな森の中にいきなり放り出されても正気でいられるんだ。これで、『アーデルリフィケイティカを司る勇者』以外の勇者になって、ここに迷い込んだらと思うと正直ゾッとするよ」

「ア、アキト……!」

「こんな俺について来てくれてありがとな、リフィ」


 リフィが瞳を潤ませながらぎゅっと抱きついてくる。よしよし、この甘えんぼさんめ。

 金髪ロリの涙目+力強い抱きつき……これはアレだな、俺がロリコンだったら、今ので軽く三回は死んでた。ロリコンじゃなくて良かった。半殺され程度で済んでる。


 猪の件からも分かる通り、駄目な勇者様だからな、俺は。

 いくら強い武器があっても、いきなりの状況にパニックを起こして、あっさり魔物とかにまるかじりされていた可能性も否めない。


 そういう意味では、リフィを選んだのはけっしてハズレなんかではなかったと言える……ただちょっと、エア友達の上位互換くらいの性能しかないってだけで。褒める機能が付いてるのはポイント高い。むなしくなるけど。


「エア友達と比べられるとか、さすがに酷過ぎないかの!」

「まあまあ、感謝してるのはホントだってば。その証に、今から温かい味噌汁を振る舞ってやろう」


 本当は、リフィが俺に振る舞ってくれるはずだったんだけどな。どうしてこうなった。


「おお! 固有武装スキル《クリエイト:味噌汁》……ついにやつの出番がくるのか。……ごくり」


 なにその、無駄に真剣な表情。


「いやその……創造系のスキルって、本当に魔力消費が激しいからの。勇者は魔力量はかなり多いはずじゃが、それを持ってしても、普通は一回使えばすっからかんになるレベルじゃ。……ぶっちゃけ、アキトのいままでのアレを見るに、魔力根こそぎ持っていかれた上で発動失敗という未来がありありと浮かんでくるのじゃ」

「やめろよ! 不吉なこと言うなよ!」


 折角考えないようにしてたのに。でもこれで失敗すると、マジでこの先どうしようってなる。リフィ担いで、三日三晩走り通して森を抜けることも視野に入れるレベル。まじで異世界の森の恐ろしさを、今身を持って体感してる。異世界じゃなくても森は恐ろしいのかもしれないけど。


 今更だけど、《クリエイト:味噌汁》が使えるかどうかだけ試してから《頑丈》にスキルポイントを振るべきだったかもしれない。リフィがもっともらしく魔物の話をした後に速攻でポイントつっこんだからね。あの時の俺の速さは世界を狙えた。


 そんな俺達の今後がかかった、重要な瞬間が今だ。

 右手に意識を集中する。リフィからスキルの使い方は教わった。要するに、自分の身体の中に『魔力』という燃料が流れていることを意識しながら、使いたいスキル名を言えばいいらしい。口に出さなくても、思うだけでも可。


 むむ、なんとなく自分の体を巡っている力が感じられるような、そうでもないような。

 これで後は、スキル名をいうのか……なんか、魔力をどこかに集めるとかした方がいいのかな。やっぱ手か? 手から唐揚げとか出す人もいるわけだし。味噌汁が出ても不思議じゃない。鍋入りらしいけど。


『スキルの方で勝手に魔力を吸い出すから、別に手に集める必要はないのじゃが……まあ、その方がひょっとするとスムーズにプロセスが進んで、ちょっとでも魔力が節約できるかもしれんの』


 リフィが、集中している俺に気をつかったのか、声は出さずに念話でアドバイスをくれる。ぶっちゃけこっちの方が気が散るような気がしないでもないが。こいつ、脳内に直接……とりあえず俺も念話で返信だ。ピピピ。


『そうか。じゃあとりあえず、手に魔力を集めるイメージでもしておこうかな』


 ……むむむ。なんとなく、右手がほかほかしてきたような気がしないでもない。……よし、成果は確認できないけど、面倒になってきたのでそろそろいいか。


 なんとなく魔力とか集まってるかもしれない右手を前に突き出す。


 何気に、異世界で初めてファンタジーっぽいことをしている気がする。行け、やるんだ夏村秋人! お前ならできる! 


 今こそ人知を超えた魔の理を我が手に!


「《クリエイト:味噌汁》ッ!」


 ――――光が、闇を切り裂き、鬱蒼とした森を照らした。


 俺の右手から数十センチ離れた地面に、仄かに白く輝く魔法陣が発生する。丁度片手持ちの鍋が取っ手まですっぽり収まる程度の大きさ。それが二つに分裂し、回転しながら上下にゆっくりと分かれていく。その狭間には、真っ白い火花のようなものを激しく散らしながら、ゆっくりとその姿を定着させる存在――――金属製の、片手鍋。

 うっすらとした蒸気をその身にまとい、まるで天使が地上に降り立つように、虚空から軽やかに腐葉土の上に着地する。どこか使い古されたような、熟練の雰囲気を軽いへこみと焦げ付きから漂わせるそれはまさに、異界の理によって創造された奇跡の産物だった――――


「よくもまぁ、そんなにさも壮大な風に描写できるのぅ……実際、創られるのが味噌汁という点を除けばかなりかっこ良かったが」

「これが俺の……奇蹟」


 使えた! 俺なんか魔法っぽいの使えたよ!


味噌汁そんなんでよいのか勇者」

「《無限の味噌汁製アンリミテッドミソスープワークス》と名付けよう」

「いろんな所から苦情が来そうじゃからやめるのじゃ……」


 味噌汁の固有結界とかね……なにそれ臭そう。

 まあそれは冗談としても、実際に現代日本ではありえないような奇跡なのだ。まさか、念じただけでこうも簡単に味噌汁を創りだすことができるとは。これは神の御業の一端に触れたと言っても過言ではない。つまり、俺はもう、ほとんどだいたい神……!


「それはどう考えても過言じゃろ」


 今の魔法陣とか、味噌汁生成の様子とか、めっちゃ格好良かったな。神々しい程の白い光がビビビッ! ってな。なんか俺、このスキルのことが全て許せるよ。使えねぇとか言って悪かったな、《クリエイト:味噌汁》……お前最高にクールだよ。登場シーンだけは。


 俺が脳内で先ほどの光景をリフレインして美化する作業をしていると、リフィが服の裾を掴んで揺すってくる。

 なんだよ……ああ、そうか。お腹が空いたのね。そこに味噌汁あるから、冷めないうちに食べちゃいなさい。俺の分は、新しく作ろう。蓋が無いから、早めに食べないと虫とか入って来そうだな。


「いや、そうではなくての……お主、魔力は大丈夫なのか?」


「ん?」


 ……そういえば。


 俺はいやにあっさり味噌汁を創りだすことが出来た。本来は馬鹿みたいに魔力を食う点がネックとなっていた《クリエイト:味噌汁》を許せたのも、その発動が俺にほとんど負荷も与えていないことが一因として上げられるだろう。

 せいぜい、言われてみればちょっと疲れたかな? って程度。例えるなら、大して仲良くないけど廊下ですれ違ったら挨拶するくらいの同級生と、偶々トイレでバッチリ目が合って、お互いぎこちなく「お、おう」と半笑いで挨拶するくらいの疲労感だ。伝われ。


 さっき思った通り、もう一個作ってもまだまだ余裕。恐らく、あとニ、三十回くらいは余裕で使えるんじゃないだろうか。いや、この感じだともっとか? 

 魔力がすっからかんになるまでとなれば、更にその二倍……いや三倍……いや五倍は固い気がする……! 全然分からないから適当言ってるけど、ニュアンスは汲んでほしい。


「それが本当なら……アキト、お主!」

「ああ!」


 つまり。

 どうやら俺は、勇者としての適性は低いくせに、魔力だけは大量にあるらしい。リフィの言葉を勘案すれば、多分、普通の勇者の百人分くらい……? おい、ヤバいな。


 これはもしかすると、もしかするかもしれない。


 猪との戦いを経てちょっと自信喪失してたけど、ここから俺の最強伝説とか始まっちゃうのかもしれない。俄然やる気が出てきたぞ。なんなら今なら、『魔王を倒してください』と美少女エルフにお願いされたら三日三晩悩んだ末に、最終的に断るかもしれない。いや断るんだけど、悩んだってところに物凄い成長を感じてもらいたい。


「……これは歴代の勇者ですら、誰も足元にも及ばんほどの魔力量じゃ。アキトぉ! やはり妾の目に狂いはなかったのじゃ!! よっ、イケメンなのじゃー!! やったー!!」


 はしゃぎながら、感極まったように俺の身体をよじ登ってくるリフィ。ふふふ、まあ俺はやればできる美少年だともっぱらの評判だからな。これで元カノにも、顔以外の取り柄があると胸を張れるというものだ。


「そうだろう、そうだろう。俺はけっしてポンコツではなかったのだ」


 実際、勇者ということを考慮に入れなければステータスで十分強いし。いくら才能がないとはいえ、スキルポイントを使って軒並みレベル5にすれば、街一番の冒険者くらいにはなれるだろう。異世界を遊び倒すにも、そのくらいで十分よ。冒険者という職業があるのかどうかは知らないけど、魔王がいるんだしきっとあるんじゃないかな。


 そして一通り俺の体をよじよじしたあと、はしゃぎ疲れたのかリフィはすとんと着地した。

 ……先ほどまでの喜色満面な笑みとは裏腹に、今度は悟りを開いたような顔をしている。すごく穏やかな顔だ。


「……まあただ、魔力の使い道なんて今は《クリエイト:味噌汁》しかないんじゃが。魔法も使えんし、武器や身体に魔力を纏わせるのも、すごく厳しい修行が必要じゃし」

「急に水差すようなこと言うなよ……」


 なんてひどいことを言う女神だ。今なら『魔王を倒してください』と美少女エルフにお願いされたら、真顔で断るぞ。



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