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第四十五話 「ここが俺達の活動拠点」

 


 そして、俺も食事を食べ進めてしばらくすると、器用に二つのトレイを持ってジト目ちゃんがやってきた。


 いや、良く見るとぷるぷるしていて結構危なっかしいぞ。一歩一歩、慎重に踏みだす……あーっと、テーブルの隙間をおばちゃんとすれ違うぞ! これは不味い! おばちゃんの大柄な体が銀のトレイに接触すれば、おかわり達の命は無い! しかしそこは流石のジト目ちゃん選手、持ち前の体の細さを生かしておばちゃんをスルー、なんとかこのピンチを切り抜けた! 無表情、無表情です! なんという余裕! そしてそのまま俺達の席までゴールイィィイン!


『なんじゃいきなり、びっくりしたのぅ』


「おめでとう……おめでとう……!」


 ぱちぱちと拍手をしてあげると、ジト目を更にジトっとさせて迷惑そうな顔をするジト目ちゃん。両手に二つのトレイを持ったまま、「ん」と顎で俺を指した。


「……早く取って」


 ……なるほど。両手にトレイを持ってるから、自分ではテーブルに置けないのか。一つずつ運んできても良かったのに。


「どうも」

「……ん」


 トレイを二つとも受け取り、ロゼの前に置く。「わぁ……ありがとうございます、ご主人様」と、ロゼも満足げだ。そして、すごいスピードで食べ始めた。喉とか詰まらせないんだろうか。獣人だから大丈夫なんだろうか。なんでも獣人と言っておけば解決するとか思って無いだろうか。


 ロゼの食べっぷりを横から惚れ惚れと見ていると、「……ん」と声が振ってきた。振り返ると、ジト目ちゃんがまだそこにいる。しかも何やら、手をこちらに差し出しているではないか。


「なんだジト目ちゃん。あまりの俺のかっこよさに、思わず握手を求めに来たのか」


 美少年は罪だな。ぎゅっと白くて小さい手を握ると、ひんやりとしていて気持ち良かった。だが、流石に冷えすぎじゃない? ウェイトレスの仕事が終わったら、すぐにでも手袋の装着をおすすめする。

 少しでも温めて上げようとさすさすしていると、バッ! と勢いよく手を振りほどかれた。


「……へ、変態っ。握手じゃなくて、追加料金だから!」

「ああ、なるほど。そういう」

「……いきなり人の手を握ってくるとか、非常識だし。どういう教育を受けたの、貴方。脳みその代わりに麦パンでも詰まってるんじゃないの」


 なかなか切れのある言葉を投擲できる模様。このジト目、毒舌キャラも兼ねるとはやるな。さっきまでの喋るの面倒ですよ的な、「……ん」やら「……ん」が嘘みたいだ。ちなみにこの二つの「……ん」には違いがあって、前者が肯定や了承を表わす「……ん」で、後者は催促や自己主張を表わす「……ん」である。みんなも聞き分けて、無口キャラマスターになろう。


「いや、ごめんなジト目ちゃん。てっきり俺のファンかと思って」

「……自意識過剰過ぎだし。あと、ジト目ちゃんって誰」

「ジト目ちゃんは、ジト目ちゃんだけど」


 彼女の方を指さすが、どうやら気に入らなかったらしい。


「……クラリス」

「え? 何?」

「……ジト目ちゃんじゃなくて、クラリス。その貧相な脳みそで覚えておいて」


 ジト目ちゃんの名前は、クラリスというらしい。愛称が、アルプスの少女から二足歩行を喜ばれそうな感じだな。ここが日本なら、車椅子の少女が立つまでの一連の流れを一人芝居して大受けを取れるのに。


『なんじゃそれ。めっちゃ興味あるんじゃけど』

『機会があったら見せてやるよ』

『絶対じゃぞ? 絶対じゃからな?』


 それはともかく、名前を告げたクラリスはそのまま歩き去ってしまった。つれないなぁ。もう少し話したかったんだけど。


『お主、妾という超絶プリティー女神といつでもどこでも話し放題なのに、更に他の女とも話したいというのか!』

『だってリフィには胸と身長と冷静な思考力が足りてないじゃん』

『ばっさり!? 酷いのじゃ!』


 まあどうせすぐに戻ってくるだろうし、いいけど。


『のじゃ? どういうことなのじゃ』


 冷静な思考力の足りないリフィが、速攻で聞き返してくる。もっとこう、自分で考えるということをしてほしい。知育が足りないのだろうか、知育が。脳トレしろ。


『いやだってクラリスちゃん、追加料金持って行ってないし』

『……はっ、確かになのじゃ』



 その後、僅かに頬を染めたクラリスが、ぶっきらぼうに追加料金の徴収に来たことは言うまでもない。可愛かった。また、シチューを平らげたリフィがパサパサの堅パンに苦しめられたことも言うまでも無い。可哀そうだった(おつむ的な意味で)。




 ◇◆◇◆◇




 夕食を食べて腹もくちくなったので、俺達は割り当てられた部屋に引っ込むことにした。

 宿屋の二階の、右の突き当たりの部屋を親父さんに案内される。


「鍵だ。無くしたら銀貨一枚払ってもらうから、気を付けろ」


 チャリン、と銀色の短い棒を渡された。これが鍵らしいのだが、見た目は判子に近くて実際、先の方になにやら紋様が彫ってあった。


『魔導錠じゃな。ロゼの足輪についとった奴と同じタイプの鍵で、一種の魔導具なのじゃ。鍵穴が無いから、地球で使われとる鍵よりも信頼性が高いのが特徴じゃな』


 なるほどな。セキュリティに関しては、異世界の方が進んでいるのかもしれない。鍵ひとつとっても魔法の産物だなんて、流石だわ。


『……正確には"魔法"ではなく"魔導"なのじゃ。この世界独自の、魔力と深く関わる技術分野じゃが、精霊力は関わってないからの』

『細かいなぁリフィは』


 すかさずツッコミをいれてくるリフィ。

 もう魔法でも魔導でもスキルでもなんでもいいよ。そんなのいちいち細かく区分してたら、設定が無駄に複雑すぎるって怒られちゃうぞ。


「では、部屋は好きに使うがいい。極端に汚したり壊したりしたら弁償してもらうからそのつもりでいろ。朝食は六時から十時の間、夕食は十八時から二十一時の間に、下に食べに来てくれ。これ以外の時間には対応できんからな」

「はいよ」


 妙にぶっきらぼう説明をした後、親父さんはのしのしと階段を下りていった。客商売として、どうなんだろうか。あるいはステラちゃんとジト目ちゃん……もといクラリスの綺麗所がいるから、宿の好感度はそちらで補うのかもしれない。くそっ……なんて的確な作戦だ。よし、許すよ。美少女従業員に免じて、あんたがどんなに態度悪かろうと全て許す。


『美少女に弱すぎじゃろお主。そのうち美少女に後ろから刺されても「許す」とか言いかねない怖さがあるんじゃけど』

『許す』

『まじで!?』


 冗談だ。状況による。


『状況によっては許すのか……いやそれ、どうなんじゃろ。勇者としてというか、人としてどうなんじゃ』


 まあ男なんて大体そんなもんだ。

 そんなことより、中に入ろう。もう流石に俺も疲れたし、リフィも久々にベッドでぐっすり寝たかろう。

 渡されたハンコっぽい鍵をドアノブのくぼみに押し付けると、カチャリとロックが外れる。扉を開けると、そこそこ広い部屋が現れた。四人部屋だからベッドは四つで、その分部屋も広いのだろう。ベッドの他には、背の低い収納棚やテーブルセット。ファンタジー色の強い所だと、武器とかを掛けるのだろうフックが複数、壁に据え付けられていた。


「灯りは、ランプとかじゃないんだよな……」


 手探りで入口付近の壁からスイッチを探しだす。パチンと押し込むと、思いっきり蛍光灯みたいな光が室内を満たした。いや……下にもギルドにもあったから今更なんだけど……発達しすぎじゃないか魔導技術。勇者が知識チートする余地なんてないよなこの世界。


「綺麗なお部屋ですね……ロゼには勿体ないくらいです」


 そう言いつつ、かなり嬉しそうな様子のロゼ。犬耳がピコピコしている。


「うむ、まぁまぁじゃな。妾の自室に比べたらちと見劣りするがの」


 リフィが偉そうに値踏みする。お前の自室は真っ白で何も無いだろうが。見劣りとかそれ以前の問題だわ。


『広さはどこにも負けないのじゃ。坪面積を評価項目に含めた場合、妾の自室は世界一グレードの高い部屋なのじゃ』


 広けりゃいいってもんじゃないだろ。部屋かどうかは議論の余地がありそうだけどな……いや、


『天を屋根にして地球が俺の部屋だって言ってるようなもんか』

『誰がホームレスじゃ! あれちゃんと部屋じゃもん! 妾の固有世界プライベートルームじゃもん! もう、アキトは神様のお部屋事情にもっと精通した方がいいのじゃ』


 いつ役に立つんだよその知識……。

 また天界の生生しい裏事情を暴露されても敵わないので、リフィを片手でつまんでぽいっとベッドの上に放る。


「ほら、さっさと着替えて寝ろ」

「扱いが雑なのじゃ……」


 言いながら、もぞもぞとエルフ店員の店で買った服を脱ぎ始めるリフィ。最終的に、純白のブラとショーツだけの姿になった。この間、およそ五秒である。はえーよ。男の前で服脱ぐのはえーよ。


「どうじゃアキト。そそるかのぅ?」


 いやそんな悩殺ポーズをベッドの上で取られても……まぁ可愛いけど、そそりはしねぇよ。誰がロリコンだ。


「つかお前ブラ要るのか。絆創膏とかで十分だろ」


 絶壁をそんな誇らしげに反らされても、いたたまれない。フェミニンでデザイン性も高いので、お洒落としてはありだろうが。


「ふふん。あのエルフの店員に選んでもらったんじゃよ。絆創膏は……それはそれで変態的じゃろ……アキトがその方がいいと言うなら、やぶさかではないが」

「いや、必要性はともかく可愛いからそのままでいい」


 絆創膏は流石にほら、あれだ。犯罪臭が香り高くなってしまうからな。


「ご主人様」


 と、ロゼが後ろから呼んでくる。……この子、気付いたらすぐ俺の背後を取るよな。

 なんだ? と振り返ると、そこにはリフィと同じく下着姿のロゼが立っていた。

 前髪で隠れた顔を真っ赤に染めて、ぷるぷるしながら立っている。どことは言わないが特性部位もぷるぷるしているため、青少年の健全育成に悪影響を及ぼすこと間違いなし。でけぇな……。水色の爽やかな色合いのブラに包まれる事によって、その大きさが更に強調されている。そこから視線を落としていくと、お腹の滑らかなラインを辿って、ブラとお揃いの水色のショーツに飾られた下半身に辿り着く。むっちりした太ももを見れば、出会った当初と比べると、ここ数日で結構肉付きが良くなっていることがよく分かるな。ロゼちゃんが健康にすくすく育ってくれているようで、お兄さん嬉しいよ。


「ど、どうでしょうか……」


 ……どうでしょうかと言われても……何。すごくえっちだねとか返して大丈夫なルート?


「お、おう。いいんじゃないか。よく似合ってるぞ、可愛い」

「……はぅ……ぁ、ありがとうございます」


 ロゼの頭からポン、と小爆発みたいな音が聞こえた気がする。


「……で、では、あの……失礼致しますね」


 もじもじしながらも、ロゼはこちらに近づいてきた。部屋の中なので、その距離三歩。あっと言う間に縮めると、そのまま俺の横を通り過ぎて、先ほどリフィを放り投げたベッドに潜りこんでいった。

 見ると、リフィがすでに布団をばっちりセットしており、いつでもスヤァできる状態だ。当の本人も布団から顔を出しており、そこにロゼが加わることにより美少女二人が同じベッドで仲良く寝ているという構図が出来上がる。写真を撮ってしかるべき場所に持っていけば、一財産になりそうだ。新宿あたりにキマシタワ―の建設案が出るかも。


 折角ベッドが四つあるんだし、何も二人で一つのベッドを使わなくてもと思うが、いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか、この子達。……まあ、いいけど。じゃあ俺は、向かい側のベッドを使わせてもらうかね……


「ん? どこに行くのじゃアキト。はよう来い」

「えっ」


 上着を脱いでベッドに寝ようとすると、リフィから待ったがかかった。


「ごっ、ご主人様……ロゼは、いつでも大丈夫です! 初めてが三人でも全然大丈夫です!」

「えっ」


 いや待って。それは多分全然大丈夫じゃないよ。


「……え、俺も一緒に寝るの?」

「当たり前じゃろ。くっついておらんと、妾の癒しの力が発動せんからのぅ。宿屋の親父に派手に殴られておったし、妾と寝る方がよかろう?」

「いやまあ、それはそうだけど……」


 なるほど、リフィの方は浄化作用を発動させるために一緒に寝ようということらしい。実際これまでも野宿では一緒に寝てたしな。

 それはロゼも同じだが、こっちの方は……


「ご主人様……できれば、電気は消してください……」

「はい、ロゼアウトー」

「アキト……優しくして欲しいのじゃ……」

「はい、リフィアウトー」


 ってリフィは無理やりアウトに持っていってんじゃねーよ。便乗すんな。


『でも、この世界に来て初めてのまともな宿じゃし。実質的初夜じゃし。ロゼなんか、完全に手を出される気満々じゃよ。勿論妾も、いつでもバッチコイなのじゃ!』


 やらないから。……やらないから!

 据え膳食わぬは男の恥と言うが、リフィはガチロリ過ぎて論外だし、ロゼはまあ見た目的にはありか無しかで言えばありだけど、リフィの前でそういうことをするつもりもない。生殺しのようだが、こんな状況にも野宿の段階である程度免疫が付いている。別にそういうことをしたくない訳ではないが、そんなにしたい訳でもないのだ。悟り系男子というやつだ。


 結局、俺はお前達を大切に思ってるんだよ的なことでお茶を濁してその場は切りぬけた。口八丁手八丁、元カノ相手に百戦錬磨の経験を積んでいた俺に不可能は無かった。ロゼには何故か、滅茶苦茶感激されて、『ご主人様……! そんなにも私のことを……!』とかなんとか……いや、そんなに感極まられても困るんだけど。しかし、俺の完璧な説得術にも関わらずベッドには一緒に入ることになった。まあ、えっちぃことをしないなら別にいいけど……狭くね。シングルサイズのベッドに三人は流石に狭くね……。



 翌朝。


 予定調和のように、リフィがベッドから蹴落とされた状態で発見された……。


 だから言ったじゃん……せめてもう一個ベッドくっつけようって……。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんか続きが気になるところで切れてた
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