第四十四話 「お食事の時間」
親父さんを拷問している間に、いつの間にか宿の夕食の時間になっていたらしい。
親父さんが暴れたスペースをなんとか片付けて、食事をとれる状態にする。なぜか宿泊客総出で行った。大丈夫かこの宿。
一応落ち着ける状態になると、ステラちゃんと、先ほど出てきたジト目ちゃん、あとは大柄でそばかすのおばちゃんの三人が給仕として各々のテーブルまで食事のトレイを持って来てくれた。
全員ピンクのエプロンをしての登場だったが、おばちゃんだけウワキツ感がヤバかった。
十個ほどあるテーブルが宿泊客でほとんど埋まっているので、この宿は親父さんのアレさ加減から言えば驚くほど繁盛しているようだ。
食事はかなり美味しくて、しかも女性客相手なら親父さんもただの豪快なおっさんだからだと、隣のテーブルに座った女性冒険者が話してくれた。
ちなみに彼女の向かいに座っている、恋人と思しき男性冒険者は顔をかなり引きつらせて苦笑いしていた。きっと彼も、親父さんに恐喝された口なのだろう。アーメン。
銀のトレイの上には、パンとシチューとエッグベネディクトとサラダ。日本でも見慣れたメニューだ。……いやごめん、嘘、エッグベネディクトだけは初めて見たわ。
ちなみに持って来てくれたのはおばちゃんだった。露骨に舌打ちしたら、笑顔で拳骨を落とされた。なかなかノリのいい御仁である。大丈夫かな俺の頭蓋骨。
『厳密に言うと地球の素材とはまた違う種類なんじゃが、まあ普通に食べる分にはパンとシチューとエッグベネディクトとサラダじゃな。このシチューなんか、肉がトロトロでなかなか美味なのじゃ』
リフィは運ばれるや否や、一緒に付いていた木のスプーンを握りしめ、真っ先にシチューを頬張った。
それ、後々パサパサのパンだけを食べることになって苦しむやつだぞ。おばちゃんがわざわざ、パンとシチューは一緒に食べろと言ってくれていたのに。人の話聞かなすぎだろこのロリ。
確かにシチューは良い香りだったが、神様なんだからもっとこう余裕を持って食べて欲しい。まるで最近ろくなものを食べて無かった人みたいじゃないか。
『実際、ここ最近は味噌汁しか食べとらんのじゃ』
『いや、ここに来る途中に屋台で大量に買い食いしてただろ。万単位の金で』
『買い食いは食事では無く、レジャーなのじゃ』
『なにそのフードファイターみたいな発想』
リフィが見かけによらず大食いだということは分かった。そのちんまい体の一体どこに入るのか……癒しを求めてその横を見ると、そこには涎を垂らしながらリフィのシチューを見つめるロゼが。
なんだ、まだ俺の号令が無いとものを食べちゃいけないと思っているのか。微笑ましく声を掛けようとしたが、ロゼの前に置かれているトレイを見て愕然とする。
何も残っちゃいなかった。そう、料理は全て、綺麗に平らげられた後だったのだ……。
俺が見つめていることに気付いたのか、涎を引っ込めたロゼが、頬を染めてもじもじとしながら話す。
「は、早食いは奴隷の基本ですので」
それにしても早すぎだろ。食前におばちゃんやリフィとグダグダやっていたとはいえ、俺はまだ何一つ手を付けてないんだぞ。仮にこの速度が基本なら、奴隷界には化物みたいなフードファイターしかいないのか。というか、その上でまだリフィのシチューを物欲しそうにするのか。
奴隷獣人の食欲ってすごい。素直にそう思った。俺なんか最近、脂っこい物を食べるとかなり胃がもたれるくらいなのに……若さが足りないのだろうか。おかしいな、まだ高校生なんだけどな……。
「そ、そうか。基本なのか」
「はい。ご飯を食べている暇があったら働けと教えられましたので」
「意外とハードな事情」
確かに、味噌汁を食べる勢いも凄かった。あれはてっきり、鍋から直飲みだから早いんだとばかり思ってたんだけど。
こちらを窺いながら、ときおり鼻をひくつかせたり涎を出しそうになっているロゼを見る。出された食事は……まあ確かに、味噌汁鍋三杯分よりかは少ないだろう。
「おかわりするか?」
「……よっ、よろしいのですか? あ、でも、ご主人様の魔法と違ってお金が……」
「お金なんて、昼間の買い食いを経た今では大した問題じゃないだろ?」
「それは、確かに……すみません」
万単位の買い食いを思い出したのか、さっと顔を青ざめさせるロゼ。ちなみに主犯のリフィはというと、我関せずと言った様子でシチューを完食していた。あーあ、パンどうすんだよパン。その丸々一個残ってる堅そうなパン。
「いや別に、責めてる訳じゃないけど。むしろ、ロゼが幸せそうにお腹いっぱい食べてる姿を見られたから、俺としては得したくらいだったし」
「はぅっ……そんな、ご主人様……きょ、恐悦至極であります」
「難しい言葉を知ってるなぁロゼは。ともかく、お金のことは気にするな。ロゼは俺の奴隷なんだから、主人の懐具合を心配する奴隷なんていないだろ?」
「は、はい。わかりました、ご主人様がそうおっしゃるなら」
ロゼは小さく頷いて、「では、これと同じものをもう二食分ほど頂けませんか」とかしこまった表情で聞いてきた。
「よ、良く食べるなぁロゼは……」
「たくさん食べて、たくさん育って、早くご主人様のお役に立ちたいです」
むん、と拳を握るロゼ。気合いの入った仕草と共に、彼女の豊かに実った果実もゆっさりと揺れる。……ロゼはもうそれ以上育たなくてもいいかもしれないね。主に隣に並ぶリフィが可哀そうなことになるから。
『誰のまな板が走りやすそうな大平原で可哀そうじゃと!?』
『まだそこまで言ってねーよ。二、三歩先を読んで自首してくるなよ』
『平らには平らなりの良さがあると思うのじゃ』
『それについては同意するけども』
『ということはつまり、アキトはすでに妾の我がままボディーにメロメロということじゃな! えへへ、うれしいのじゃ!』
我がままって、なんだっけ。今俺のなかで、比喩表現の常識が崩壊しかけているぞ。
リフィの神センスに戦慄しながら、俺は手を上げてロゼの分のおかわりを頼んだ。
「これと同じものを、もう二つ貰えるか?」
運のいいことに、やってきたのはおばちゃんではなく、ジト目ちゃんだった。うーん、近くで見るとその綺麗さが更によく分かるな。肌とか凄い白い。ただ、ちょっと眼の下に隈ができているのが気になる……キャラ付けだろうか。たしかに、そういうちょっとダウナー入ってる感じのキャラは根強い人気を持っているけれども。
「……二つ? 誰か他に来るの?」
「いや、うちの奴隷が食べ足りないから、単純におかわりを頼みたいんだけど。ひょっとしてここ、おかわりとか無かった?」
「……あるけど。……そう、わかった。持ってくる」
一瞬考え込んだジト目ちゃんだったが、すぐに気だるげに頷くと、厨房の方へと歩いていった。エプロンに遮られていない、だぼっとしたズボンのお尻が奥の扉へと吸い込まれていく。
この子、素体はめちゃくちゃいいのにお洒落とかは全く興味が無いんだろうか。なんか結婚を諦めたアラサー女性がコンビニ行く時みたいな服着てるけど。もったいない。
……メルベル服飾店のエルフ店員さんに見せてあげたら、二重の意味で発狂しそうだな。




