表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

第四十三話 「はよ宿泊しよう」

 


 突然現れた従業員らしき美少女は、現場の状況を見て何が起きたかを一瞬で察したらしく、「……ブレンダンさん、そろそろ捕まりそうね」とだけ言い残してまた奥へ引っ込んでしまった。


 親父さんがステラちゃん絡みで騒ぎを起こすのはしょっちゅうなのだろう。なんて迷惑なおっさんだ。


 だが、あんなジト目美少女ちゃんが働いているというのなら、この宿に泊まるのもやぶさかではないかと思う。

 しかも、出てきたの厨房っぽいところだったし、きっとこの宿の食事はあのジト目ちゃんが作っているのだ。ぜひ食べたい。絶対に食べたい。なんなら皿までぺろぺろ舐めまわしてもいい!


『変態じゃなオイ!』

『なんでだよ! 皿くらい舐めさせろよ!』

『行儀悪すぎじゃろ!』

『鍋に口付けて味噌汁飲むような奴に言われたくありませんー』

『それお主もじゃからな!?』


 そうだった。今後も野外活動をすることがあるかもしれないし、箸くらいはどっかで調達して《アイテムストレージ》に入れておこう。


 ――――で、そのままなんとなしに雑談をすること三十分。うち十分間は《スーパーアーマー》の硬直時間だったが、椅子に座ることで事なきを得た。膝の上に陣取って好き放題俺をいじりやがったリフィは絶許。


 外も良い感じで日が暮れたのだが、未だこのミノムシが起きる気配はない。どうしてくれようか、こいつ。折角お客さんが泊まりにきてやったのに、いきなり襲いかかったあげくに気絶したまま起きてこないとか、サービス業舐めてんのか。


『まあ、気絶させたのお主じゃけどな』


「……そろそろ、強制的に起こしましょうです」


 しびれを切らしたのか、ステラちゃんが最初に動いた。

 厨房に入っていくと、なにやらでっかい水差しを持ってきて、


 バシャーン!


 一切の容赦なく、親父さんにぶっかけた。


「おら、起きるですよ! この屑お父さん!」


 そして、がんがん足蹴にし始めた。

 ……なに、拷問でも始まるの? 


 するとおもむろに、「……ううむ」という低いうめき声。親父さんが、うっすらと目を開けた。最初に見たのはきっと、にっこり笑いながら青筋を立てているステラちゃんの顔だったことだろう。


「えい」


 情け容赦なく、ステラちゃんは親父さんの目を指で突いた。

 宿中に響き渡る苦悶の声。拷問始まった。……これ、近隣への騒音被害とか大丈夫かな。




 ◇◆◇◆◇




「――――で、お父さん? 申し開きはあるですか?」

「いや、しかしだなステラ。お前があんな、恥じらう乙女のような顔をするものだから、てっきり……」

「シャラァップです! 言い分け無用なのです!」


 さっき自分で申し開きを聞いたよね?


 親父さんが意識を取り戻して、今。

 ステラちゃんは宿の適当な椅子に荒縄で縛りつけた実の父親を、『お仕置き』をしている。


 左手には水の入ったピッチャー、右手には布巾だ。客に粗相をした被告人に冷水をぶっかけたり、布巾を鞭のように使ってしばき倒すのが、もはやこの宿の恒例になっているらしい。


 なおこの情報は、食堂に戻ってきた女冒険者風の人から教えてもらった。……粗相といっても、怒鳴って追い返すくらいで、ここまで酷いのは初めてだと言っていたが。


「ごめんなさいするです! アキトさんに! ほら早くです!」

「むぅ……しかしだな、ステラ。父さんはお前のことを心配して、」

「それで大事なお客様を攻撃する人がありますか!」


 ベシィン!


「おぶっ」


 鋭い布巾捌きだ……まったく目で追えなかった。

 ステラちゃんがちょっと湿らせた布巾で、親父さんの顔面をビンタしたのだ。それに対して、叩かれた側は……


「ハァハァ……う、腕を上げたなステラ……ハァハァ」


 ハァハァしてるぅ!?

 なんか顔がにやけていた。なんだこいつ、変態じゃねぇか。実の娘に叩かれて喜ぶとかもう、人の風上にも置けねぇド畜生だな。


『うわぁなのじゃ』


 流石のリフィもドン引きらしい。

 ロゼはどうかと見てみると、丁度こちらを向いた彼女と、前髪越しに目があった。少しの間目を合わせ続けていると、ロゼは小さくこくりと頷く。


「大丈夫ですご主人様。あのような仕打ちでも、ロゼは大歓迎です」

「やらねぇよ!? 今お前は何を思って何に対して頷いたんだ!」


 どうやらこっちにも重傷者が一人いたらしい。……でも、まあロゼは可愛いからいいや。ちょっと行きすぎてるけど、健気さだと思えば可愛いもんだな。うん。

 とりあえず、耳をもふもふしておく。ロゼは全身で「私今、幸せです!」と言わんばかりの反応をしてくれるから、撫でがいがある。そして、いろんなことをうやむやにできる。実にいいな、うん。


 俺がロゼと一緒に現実逃避をしている間に、ステラちゃんと親父さんの方は、『お話し』も佳境に入っていた。


 頬を布巾でしばかれながらもなぜか嬉しそうな変態が、最終的に俺の方に向かってでかい声で「正直すまんかったァ!」と謝って来たので、ロゼに気をとられていた俺は咄嗟にいえいえと日本人的に謙遜した。

 ……はっ、もう少し強気でいくはずだったのに。これが抗えぬ日本人のSAGAか。


「ごめんなさいですアキトさん! 本当に、ごめんさいです! うちの馬鹿お父さんにはよく言って聞かせたですので!」


 前屈でもしてんのかってくらい、体を折り曲げて平謝りのステラちゃん。よく言って聞かせた結果、お父さん気持ちよくなっちゃってるけど……いいのかそれ。いやまあ、過ぎたことだし、なんか俺はもういいけどさ……。


「まあ、俺の方は怪我も無かったし。気にしないで……っていうのもあれだけど。まあ、ちょっと宿代でも割引してくれればそれでいいから」

「……えっ!? まだこの宿に、泊まってくれる気があるですか!?」


 ステラちゃんがびっくり顔で俺を見つめる。その後ろで、親父さんも意外そうな顔だ。なんだお前その顔。はったおすぞ。


「まあ、他に当てもないしな」

「……でも、今回のお父さんは特に酷かったです。暴力沙汰になったですし、衛兵さんとか冒険者ギルドに報告すれば、結構簡単にこの宿を潰せるですよ?」

「いや、そんなさらっと重いこと言われても……ステラちゃんの実家なんだろ? そんなことする訳にはいかないよ」

「……ア、アキトさん……!」


 感極まった様子で、目を潤ませながらステラちゃんはもう一度頭を下げた。なんだかんだで、この宿のことが好きなんだろう。それが、自分の父親の軽率すぎる行動で潰れるかもしれないなれば、色々やるせなかったのだと思う。不憫な子だな……。

 ……まあ、聞けば暴力沙汰になったのも今回が初めてらしいし、今後気をつけるよう親父さんによく言っておいてほしい。

 

 それで良くなるかどうかは知らんが……親父さんを見ると、頭を下げるステラちゃんを見て、最高に情けない顔をしていた。

 ……まあ、この分なら大丈夫じゃないかな。


 そして俺と目が合うと、『くっ』みたいな顔をして一言。


「……娘を、よろしく頼んだぞ……」

「色々おかしいだろアンタ!」


 ぺしーん。

 思わず手が出てしまった。ちょっとだけ静電気つき。

 なんで宿屋に泊まるだけのはずが、いきなり娘をよろしく頼まれにゃならんのだ。そりゃあ、ステラちゃんは可愛いけどね? 物事には順序というものがあってね?


「お、おおおお父さん!? だから、アキトさんとはそういうんじゃなくてですね!?」

「儂も貴様も武人だ……この身を打ち負かす程の男になら、ステラを任せてもいい……本当は分かっていたのだ。いずれ、こういう日が来ると……」


 いや俺武人じゃないし。


「なんでちょっと憑き物が落ちたみたいな顔してんだ。違うからね? そういう関係じゃないからね?」



 ――――それから俺とステラちゃん、ついでにリフィとロゼの四人がかりで親父さんの認識を正して、俺達はやっと普通に宿に泊まれることになった。


 宿代は一部屋分(四人部屋)で一泊四千リル、朝晩の食事をとるならプラス一人千五百リルだったが、改心した(?)親父さんが、


『アキト殿には大変迷惑をかけたからな……、うむ。リフィ殿、ロゼ殿と合わせて三人で一部屋食事込み、一泊三千五百リルで結構だ』


 と言ってきたので、それを更にごにょごにょして二千リルまで値下げさせた。具体的には言わないが、少しだけパチッとさせたり、宿屋の将来を軽く人質にとっただけである。


 俺じゃなかったら死んでたことを考えると、これでも甘いと言わざるを得ない。俺ってば優しい。ガチで超優しいわ。


 ちなみに三人なのに四人部屋をあてがわれたのだが、この宿には三人部屋がなく、更に二人部屋プラス一人部屋にするのをリフィもロゼも猛烈に反対したためである。まぁ広い分には構わないだろう。


 更には長期滞在割引というものがあって、一カ月分前払いで一割引き。三か月分前払いで二割引き。半年分前払いで三割引きだそうだ。冒険者は宿をアパート代わりにして活動するのも珍しくないから、らしい。宿の料金も、実は長期滞在割引前提の価格設定だと、ステラちゃんが言っていた。


 客の入れ替えが起きないと、いざという時支障がでると思うんだけど……まあ、宿の経営事情は俺の関与するところではない。とりあえず三か月分前払いをしておいた。


 料金は一日二千リル×九十日の二割引きで十四万四千リル。まあ、月五万弱の食事付きアパート(美少女もいるよ!)だと思えば快適すぎるな。え? 値引きした上に長期滞在割引まで使うのかって? 当たり前じゃないか。


『……お主、殴られたの、実は結構根に持っとるじゃろ』

『まっさかぁ』


 宿代を前払いして、手持ちの残金は四万五千三百八十リルだ。門のところに正式な身分証を見せに行けば十五万リル返ってくるし、ゴブリンキングの所でいただいた武具なんかもまだある。それらを売れば、まだしばらくは働かずにごろごろできるだろう。

 宿と朝晩の飯についてはもう払ってる訳だし、最悪三ヶ月くらいはプーさんでも問題ない。


 折角冒険者になったし、迷宮に繰り出すのも悪くは無いが……ま、それもたっぷり英気を養ってからってやつだ。ひとまず、一週間くらいは宿でごろごろしよう。うん、それがいい。毎日リフィをいじって、ロゼをモフモフして過ごすのだ……!


 まったく、勇者って、最高だな!


『いやそれ、勇者要素皆無じゃからな!?』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ