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第四十一話 「静電気」


 ぺたぺたと頬を触って、痛みが引くのを待つ――――って、おぉう!?

 宿屋の床でゴロゴロしている俺が見たのは、追撃を仕掛けようと迫る親父の姿だった。

 もうなんだよこいつ。こんな宿やだぁ……誰か助けて! 

 人気が無いって言ってた理由がよぉく分かったわ。そりゃ主人がこんなんじゃね。まじで気が狂ってるとしか思えないよこのエキセントリック親バカ野郎!


 たぶんあの魔法使いの男性も、視線を逸らしたとか言ってたけど偶々そこにいたステラちゃんを見てしまったとかだろう。娘への愛を明後日の方向に極めたこのクソ親父は、かくも理不尽な存在であった。


「《撃応脚》!」


 追撃は、キックだった。容赦ねぇなオイ! 

 見えないほどの速度で迫ったキックが丁度いい具合にレバーに刺さって、しかしノックバック無効のせいで逃げることもできない俺。そのまま強引に足で持ち上げられてしまった。

 そこへ昇竜拳みたいなアッパーが腹に決まって、流れるように左右の連打が襲いかかる。やばい、全然対応できない。クソがっ! ナイスコンボ!


 まずほとんど攻撃が見えていないからして、腕で防御することもままならないので、もはや努めて痛みの嵐から逃れるように素数を数えるしかない。《スーパーアーマー》や『防壁』のおかげで怪我はしないけどめっちゃ痛いという、ある意味一番中途半端で嫌な攻撃力をしてらっしゃる。命の危機ではないから《ブレイブシンボル》も発動しなさそうだし。


 しかも宿に損害を出さないよう、なるべく受け身に気を使う俺の気配りよ……。強引にエアリアルされてから叩きつけられる際は、ノックバック無効もクソもないらしい。地に足がついてないと駄目なのか?


 心頭滅却心頭滅却、2、3、5、7、11、13、17……。


 ここで宿から逃げだすのは、なんかこのおっさんに負けたようでむかつくし、最高にかっこ悪い。リフィやロゼやステラちゃんの前でそんなことはできない。

 かと言って目の前のおっさんに反撃しようにも、素手でどうにかなるとは思えない。町内腕相撲チャンプくらいでは目の前の筋肉達磨には敵わないだろう。じゃあ剣を使えばいいのかと言われると、生半可な剣の腕じゃ筋肉の鎧に弾かれそうだ。ただでさえゴブリンドロップの剣は切れ味が悪いし、的確に弱点を狙っていくような腕は俺にはない。《剣術》スキルはよ。


 結果、耐えるしかないという……。


「オラオラオラオラァ! 《壊応拳》! 《滅応拳》! 《風応脚》ゥ!」


 耐えるしか……。


「さっさとくたばりやがれェ! どこの馬の骨とも知れん奴にステラは渡さんぞォ!」


 耐える……。


「はーははははっ! マイスイートは誰にも渡さん! いかせはせん、嫁にいかせはせんぞぉ!」


 よし、ぶっ飛ばそう。


『うむ、アキト。お主は良く頑張った。頑張ったのじゃ。妾が許可する、やっちまえなのじゃ!』


 女神様からのお許しも出ているので、うっかりやりすぎちゃっても多分セーフだ。神の名の元にセーフ。……セーフだよな?


『さぁアキト、いまこそアレ(・・)を使うときじゃ――! 大丈夫、あの筋肉だるま相手なら多分死にはしないのじゃ!』


 リフィの、やたらノリノリな声が聞こえた。

 多分、アレ(・・)のことを言ってるんだろう。……うん、そうだな。ただ殴るだけではこの暴走モンスターには毛ほどもダメージが入らないだろうし、やってみるか。


 アレ(・・)とは何か。

 ……それは、この宿にくる前のことである。


 ステラちゃんを待ってる間にリフィが俺に教えてくれた、『俺でも属性魔法(っぽいもの)が使える方法』――それは、なんていうか、実に単純かつ強引な手段だった。『俺でも』というよりは、『俺だからこそ』と言い換えた方がいいような、そんな手段だ。


 拳の乱打に耐えつつ、ステータスウインドウを呼び出す。


 そして、スキルポイントを2ポイント払って、絶対に取ることはないだろうと思っていたスキル――《静電気》を取得した。


 《静電気》1

(【任意発動型スキル】微弱な雷属性のスキル。触れた相手を静電気でパチッとさせる。レベルが上がると、少しだけ威力が上がる)


 これで俺は、ごくごく弱っちい『雷属性』の魔法っぽい攻撃手段を手に入れたことになる。いや、攻撃手段と言うのもおこがましいか。ただの静電気だし。


 勿論、これをそのまま使ったのでは、親父さんをパチッとさせることしかできないだろう。多分気づかれずに終わってしまうだろうし、それだけのスキルに価値などない。

 あるいは5レベルくらいまで育てれば、スタンガンくらいの威力にはなるかもしれないが、そんなポイントをドブに捨てるがごとき行為は勿論しない。

 このままで、十分なのだ。


 さぁ刮目せよ、レディースアンドジェントルメン!

 見せてやるよ、本当の魔法ってやつをな!


『いや、だから、本当の魔法ではないんじゃけど』


 水を差すように、余計な心の声が聞こえてきた。

 空気が読めないやつだ。

 リフィ、ちょっと黙っててね。今から盛り上がるところだからね。


『のじゃぁ……』


 のじゃ娘が黙ったので気をとり直して。


 ……体を巡る魔力の流れを意識して、それを右手に集中させる。

 集めるのは、《クリエイト:味噌汁》一回分の量だ。それはつまり、普通の勇者の全魔力量と同じくらい――本来《静電気》の発動に使う魔力の、何百、何千倍という巨大な魔力量らしい。

 そして……俺にとっては慣れ親しんだ量の魔力だった。この程度、大河の一滴と評してもいいくらいには俺の魔力は有り余っているので、すぐさま魔力の集中が終わる。むしろ、集中させ過ぎないことの方が大変だ。

 その点《アイテムストレージ》や《クリエイト:味噌汁》は、スキル発動時に自動で魔力を持っていってくれるので楽なんだが、それは今は置いておこう。


 さて、準備は万端。


 覚悟はいいか、いくぞ、クソ親父ィイイ!!


「オラオラオラ――」

「――効ッかねぇんだよこのダボがァ! しつこいわボケカス! 沈めゴラァああああ!!」


 ――《静・電・気》!


 スキルを発動させる。膨大な魔力を込めて起動した《静電気》により、絶縁体であるはずの空気中を電弧が切り裂き右腕にまとわりつく。気体分子が電離しイオン化が起こり、プラズマを生み出しその中を電流が流れた……のかは定かではないが、とにかく《スーパーアーマー》でさえついぞ得られなかった派手なスキルエフェクトに、否応なしに期待が高まる。


 そして、連打を受けながらも繰り出された俺の拳が、親父さんの土手っ腹にぶっ刺さった。どうやら親父さんは、今まで仏よりも深い慈悲の心をもってサンドバッグを立派に勤めあげていた俺が、いきなり牙を剥いてくるとは思っていなかったらしく、腹パンは綺麗に決まった。

 ノックバック無効の《スーパーアーマー》は、こういうカウンターにこそ一番輝くのかもしれない。


 しかし、俺の本命はパンチそのものではない。身体能力的には平均を自負する高校生男子のパンチくらい、ぶ厚い筋肉によって軽々と受け止められてしまうと分かっていた。

 だから、俺の狙いはそこから先にある。

 固く握った拳が電気を纏いながら、親バカの腹に触れた、その瞬間。


 ――バチィッ!


 そんな乾いた異音と共に、青白いスパークが拳を中心に盛大に華を咲かせた。今まで俺の右腕に帯電していた分が、狂気の格闘家の全身を一挙に走り、蹂躙する。

 この際、どうしてさっきまで俺の腕が無事だったのかとかは考えないことにした。きっと異世界の不思議法則で保護されていたのだ。


 凄い! かっこいい! でもこれ、静電気の面影ゼロだわ! 派手すぎる!


 一瞬だけ宿屋を明るく照らした局所発生的な雷撃は、親父さんだけに甚大なダメージを与えて、そして何事も無かったように消え去った。


「あががががっ……!?」


 ……一撃で床に崩れ落ちる親父さん。顔から倒れ込んで、そのまま動かなくなる。

 土手っ腹に直接『下級魔法相当の』雷撃を叩きこまれたのだ。下級、などと言うがゴブリンくらいなら一撃でしとめられる威力らしく、宿屋の親父一人を無力化するくらい訳無い。


 いくら筋肉に覆われていようとも、魔法には耐えられなかったようだな。


 バリバリと腕に残る蒼電を軽く振り払う。

 ピクピク痙攣している親父さんを見下ろし、ニヒルに笑う。


「……勝利とは、いつの時代も虚しいものだ」


 足蹴にしての追撃は勘弁してやろう。

 せいぜい、夢の中で娘と戯れるがいい。グッドナイト!


 かっこつけながら後ろを振り返ると、少女達がなんかキラキラした目でこちらを見ていた。


「いぃよっしゃあ!! よくやったのじゃアキト! 褒めてつかわすのじゃ!」

「流石です、ご主人様! ロゼは信じておりました!」

「お父さん、元Cランク冒険者ですのに……凄いです! ありがとうですアキトさん! にっくきお父さんには、もっとやっちゃっていいですよ! 追撃! 追撃です!」


 リフィは女神として、本当にそれでいいのか、もう一度胸に手を当てて考えてほしいと思う。人が一人倒れてるんだけど。

 あとロゼ、信じてた子はあんな人が殺せそうな目はしない。そしてステラちゃん……実の父親にそれはちょっとひど……うーん……酷くは無いかもしれない。


 とりあえずもの言わぬ屍(なんかタフそうだったし、リフィのお墨付きもあったし、死んではいない……はず)となった親父さんは、ロープかなんかで簀巻きにしておくことにした。


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