第四話 「森の中」
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勇者として異世界に呼び出された俺、夏村秋人は神様に会ってチートをもらいました。
『固有武装』と呼ばれるらしいそれは、勇者の最大の武器……なんだけど。どうやら俺は選択を間違えてしまったらしい。
のじゃのじゃ喋るただのロリを連れて、異世界に乗りこむことになりましたとさ。
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「うおわぁぁぁああ!! フライアウェェェェェイ!!」
「のじゃぁああああ!!」
白い神様空間から魔法陣によって転移した俺とリフィ。
転移先はどこかと眼を見開くと、そこは空中だった。
訳も分からずフライアウェイとか叫んじゃう。どっちかというと正しくはフォールダウンなんだけど。
眼下に迫る地面に、思わず隣で一緒に落下してきたリフィを胸に抱く。そしてそのまま、激突。
ゴッ! という地味ながらも凄くリアルな音と共に、俺の背中と頭に強烈な痛みが走った。続いて腹部にも圧迫感。たまらずごろごろと地面を転がるが、腕に抱えたものが非常に邪魔だ。
「いってぇぇぇ!!」
「んぎゅ! ちょアキト、待て、待つのじゃ! 妾を抱えたままごろごろ転がるでない!」
というか、リフィだった。咄嗟にかばったのは良い物の、これ本当に無事だったんだろうか。俺が地面とリフィの間でクッションになったとはいえ、どちらかと言えば俺は痩せている方だ。肉が足りなくて衝撃が普通に貫通してる気がする。こんなことならもっと日常的にピザを食しておくべきだったかもしれない。
痛みに涙目になりつつ、腕の中のリフィを見る。
俺が抱えて転げ回ったため、長い金髪や服(清楚な白いワンピース)に土がついてしまっており、肝心の本人は眼を回していた。
「ふみゅぅ……」
「おーいリフィ、大丈夫か。怪我はないか」
「うぅ……だ、大丈夫なのじゃ」
いててーなのじゃ、と呟きながらも立ち上がるリフィ。うん、確かに元気そうだ。それこそ、俺よりも。
「アキトが庇ってくれたから……の。えへへ」
「そっか……じゃあ早速で悪いんだけど、一つ、頼まれてくれないか?」
「ん、なんじゃ? なんでも言ってみるのじゃ。妾はアキトのパートナーであり、唯一無二の固有武装じゃからの! 庇ってくれた礼もあることじゃし……その、ちゅ、ちゅーくらいまでなら、」
「救急車……! 呼んで……! がくっ」
体がかつてないほどのシグナルを出している。あ、これやばい奴だ。
なんかお腹と背中がすっごく痛い。
骨とか折れて貫通してんじゃないの。背骨とか肋骨とか。あれ、背骨って折れちゃいけないやつじゃね。なんか重要な神経とかいっぱい通ってたような……。
駄目だ、直視できない。自分の身体の被害状況が直視できない! どうしよう超痛い……ああ、エリザベス。俺もうすぐ、お前と一緒の所にいくのかな。向こうにいったら、今度はお前が先輩として俺に色々教えてくれよ……あと、猫缶はできれば安いやつで満足して欲しかったなって、文句言ってやるんだからな……
「アキト! アキトぉぉ!! この世界に救急車とかあるわけないのじゃぁぁ!!」
勇者アキトの物語、完!
頭を打ったせいなのか薄れゆく意識の中、リフィの的確な突っ込みだけが聞こえてきた。
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「んん……アキトぉ。すぅ」
俺が眼を覚ましたのは、ほんの数十分後だったらしい。なんだよ、死んでね―じゃん。思ったより丈夫だな俺の身体。通りで走馬灯らしきものが見えなかった訳だ。あちこちに打ち身の跡はあったが、どうやら骨折もしていないようで良かった良かった。恐らく、思っていたほど高い所から落とされた訳ではなかったのだろう。
のじゃのじゃ泣きじゃくるリフィに抱きつかれて、それをあやすのに更に三十分ほどを要した。そして泣き疲れたのか、安心した途端に寝入ってしまう金髪ロリ。いたずらしちゃうぞー、と脅しても起きなかったので、軽く全身をマッサージしてから俺も隣で横になることにした。
ちなみにマッサージといっても、体に異常が無いか確かめただけだ。断じてやましい気持ちは無い。ただ、ロリで絶壁のくせに触り心地は悪くなかったとだけ言っておく。
あちこち痛む体に顔をしかめて、寝転がりながらも改めて状況確認。どうやらここは、森の中のようだ。なんか周りに木しかないし、多分あってるだろ。この下草の感じやカサカサと元気に虫が這いまわる様子を見ても、きちんと人の手が入った場所だとは到底思えない。
……地面が湿り気を含んでいて割と柔らかかったのも、怪我が軽度ですんだ一因だな。自然の循環とかに感謝せねば。
そしてその少しだけ開けたスペースに、俺達は落ちてきたようだ。木の真上に落ちて串刺しにならなかった幸運を、俺はどう表現したらいいのか知らない。いわば、焼き鳥ではなく唐揚げにされた鶏肉の気持ちとでも言おうか……いや違うな、それは全然違う気がする。
木々の隙間から、青い空を見上げる。異世界でも、やっぱり空は青かった。あと、雲も白い。『空が青いのはレイリー散乱。雲が白いのはミ―散乱』とはとある○ナホさんの言葉だが、この世界にもそれは通用するのだろうか。
学術的に非常に興味深いが、俺的には非常に興味が無いのでこの世界で科学をするのは他の勇者に任せておくことにする。他にあと八人も居るんだ、一人くらい学者気質の知識チートが混ざってるだろ(偏見)。
そんな益体もないことを考えつつも雲の流れを観察していると、横でむくっとリフィが起きあがる気配が。
「おはようリフィ」
「んー、おはようなのじゃ。ふわぁぁ……、ぁあ。アキト! 怪我はもう大丈夫なのかの?」
起きぬけ早々、心配そうに聞いてくるリフィに『大丈夫じゃない』とからかいたくなる気持ちがむくむくと。ただそれをやるとまたリフィが泣きだし、延々とループになるだけなので自重する。小学生を泣かせる趣味はさすがにない。ああでも、リフィはロリボディだが神様だからきっと実年齢は……いや、やめておこう。
「大丈夫だよ。なんならこのまま、空だって飛べそうだ」
「それもそれで、頭とか変に打ってしまったのかと心配なのじゃが」
「失礼だな、ジョークだよジョーク。まあ、俺の身体は今はいいんだよ。それよりリフィ、ここどこ?」
ナチュラルに頭を心配されてしまったが、泣かれるよりはマシ。うん。大人のスルースキルでもって、現状を俺よりも理解しているであろうリフィに、まずは現在地を尋ねる。
リフィの話では勇者というのは、こちらの世界『アリスティア』からの召喚要請に応じたものだったはずなんだけど。普通、召喚した人が近くにいるとか思うじゃん? お城の儀式室的な、怪しい場所がスタート地点だと思うじゃん?
けれども現実は、近くに居るのはなんかコオロギっぽいちっちゃい虫だけだし、スタート地点は森の中。おまけに荒々しく、文字通り異世界に放り込まれたような適当な扱い。どうなってんのこれと思う訳ですよ。
リフィは翡翠色の瞳をパチクリさせて、ぐるっと辺りを見回し、おごそかに告げた。
「――わからん。おそらくじゃが……妾達を召喚した人間達は、やらかしてしまったようじゃな」
「やらかしたって、つまりあれか。召喚失敗的なあれ」
「どうやらそういうことなのじゃ……」
今にも『絶望したッ』とか言いだしそうな表情で、見た目にそぐわぬため息を吐くリフィ。幸せが逃げちゃうぞ。あるいは現在進行形で逃げているのかもしれない。
「まじっすか」
チートをもらい損ねて逆にお荷物になりそうなロリを抱えてる上、俺は召喚失敗までされているらしい。つくづく運が無いというか、前途多難ってレベルじゃねーぞおい。『素晴らしく運が無いな、君は』という幻聴が聞こえるレベル。
「むー、これからどうするかのぅ。とりあえず最寄りの村か街に行って、誰が妾達を召喚したのか突きとめることから始めねばならんか」
「うわぁ。勇者ってのは普通、召喚した奴の援助を受けて魔王を倒しにいくんだよな?」
「まあ、召喚された勇者はこの世界に寄る辺など持ち合せていないしの。当然召喚した側もそれに配慮して、十分この世界でやっていけるだけの環境を整えなくてはならん」
「そっか」
十分この世界でやっていけるだけの環境を整える、ね。
この森でサバイバルでもしてやっていけというんだろうか。スパルタ式ブートキャンプ的な育成方針なのだろうか。……まあわざわざ勇者様にそんなことを仕組む奴もいないだろうし、やっぱり単純に召喚失敗ってだけなんだろうけど。
まだ見ぬ召喚主への好感度は、俺のなかでギュンギュン下がっていく。これで美少女じゃなかったら完全にぶちギレ金剛。
ていうかもう、俺の他に八人も勇者いるんだしさぁ。このまま適当な街にリフィと籠って、そいつらが魔王を倒してくれるのを鼻でもほじりながら待ってるのが正解な気がしてきた。ただのロリを引っ提げて魔王に挑むのは、いくら俺が選ばれた勇者だからって荷が重かろう。それを考えると、むしろこのスタートは幸運だったのかもしれない。よし、なんかちょっと元気出てきたぞ。
俺はこの異世界で、自由気ままに、だらだら生きてやるぜ。顔も知らない召喚主よ! 王城編をすっとばして、いきなり野外に放り出された勇者の恨みを、思い知るがいい!