第三十四話 「ファッションショー」
結局俺が選び抜いたのは、最初のミスリルシャツ二枚と、下に着る用のTシャツ二枚、パーカーも二着、艶の少ないレザージーンズ二本、靴下二足、しっかりした作りのブーツが一足。
シャツやパーカーやジーンズなど、なんで同じ種類の服を重複させて買ったかって? ……気にいった服で、『防壁』の魔法効果がついてるのがこれしかなかったんだよ。どうせ男だし、着回しのバリエーションなんか二の次でいいだろ。作画も楽だし。
Tシャツは、『魔界蜘蛛の糸製、動きやすくて刃物にはめっぽう強い! 今なら特別に防壁か自動修復の魔法効果が付いてくる!』って書いてあった。
パーカーは、『魔界蜘蛛の糸を使い、着心地と防御力を両立させました! 更には魔法効果も付与! 防汚、防壁、耐衝撃、自動修復の中からお好みでお選びいただけます!』との売り文句。
ジーンズは、『黒角牛と黒角大牛の本革百パーセント! 動きやすいのにその防御力は下手な防具以上ともっぱらの噂! 当店では更に、防汚か防壁の防御魔法の付与をサービス致します!』ということらしい。
ただの服屋なのに、ナチュラルに防御力が売りになるあたり異世界だわ。そしてそれに魅力を感じるあたり、俺も異世界に染まって来てるらしい。
なお、蜘蛛糸素材は普段は柔らかいが強い衝撃に対して可逆的に硬化する特性を持つため、斬撃にはかなり強いらしい。魔法効果の付与も豊富で、一番数があった。ただしミスリル糸やレザー程の防御性はない。
魔導服の専門店なんかもあるのかもしれないけど、店の雰囲気が気にいったからここで買うことにした。こういう服飾店で買った方が、見てくれは格好いいに決まってるしな。
俺はイケメンなので何を着てもイケてるが、よりよい服を着る努力を怠ってよいということにはならない。特に、同行者二人がやたら美少女な場合とかはな。
しめて九万七千百リル……ギリギリ十万リル以内に収まった。
しっかし、あれだな。服に対して魔法の付与ってなんなんだろうなぁ。流石異世界だよなぁ。
などと、選んだ服を前にちょっと考え込んでいると、店員さんに声をかけられた。
「お連れ様のコーディネートが終わりましたよ。ご覧になられますか?」
「是非ッ!」
俺の方も大概長い時間悩んだ気がするが、リフィとロゼも同じくらいかかっていたようだ。女の子の買い物だしね。
店員さんに連れられて試着スペースへ行くと、そこにはもう店の服でばっちり決めた二人が待っていた。
まずはリフィ。
今のこの世界の季節は、もうそろそろ晩夏といったところだろうか? 夏の終わりに相応しく、ワンピースを基調として上に秋っぽいカーディガンを羽織っていた。子供用なのか、ちょっと派手めの編みこみが全体にメリハリを付けている。
「どうじゃ! 妾可愛いかの!? 可愛いかの!?」
「ああ、可愛い可愛い。世界一可愛いよ」
「やったぁーなのじゃー!! うぇっへへへ……」
……この店員……やるッ。
見れば優しげに微笑んでいるが、その目は笑っていない。ぴょんぴょん飛び跳ねるリフィの動きを観察し、全身のコーディネートを確かめている。
そしてお次はロゼ。
「どう……ですか」
なぜかお嬢様結びにされていた髪がさらりと揺れて、不安げな瞳を見え隠れさせる。
「……本当にいい仕事するじゃないか、あんた。最高だ」
「こちらこそ、久々に素晴らしい素質をお持ちの方と出会えて嬉しく思います」
俺は試着室のカーテンからおずおずと出てきたロゼを見ると、コーディネートした女性店員と固い握手をかわした。一応使っていた敬語も思わず忘れるくらい。ロゼは黒髪だし、万一ということも少しは考えていたのだが、完全に不躾な心配だったようだ。
「すごく似合ってるぞ、ロゼ。綺麗だ。これは間違いなく買いだな……あっ、ちょっとそこでくるっとしてくれ、くるっと!」
年がいもなくはしゃいでポーズを要求する。ターンで翻るスカートを見て、満足。
隣で店員も同じ顔をしている。
それほどまでに、お洒落着を着たロゼは可愛らしかった。いやこの場合、綺麗と言った方が合っているだろうか。
先ほどまでのデザインもへったくれもない貫頭衣みたいなワンピースとは雲泥の差だ。女性らしさを前面に押し出した粗目の肩出しニットの下に涼しい色合いのトップスを合わせ、下はフレアスカートで完璧な清楚系ちょいエロスタイル。それでいて、犬耳が付け加える一風変わったアクセントまで調和に組み込んだ、いいコーディネートだ。首の奴隷紋をチョーカーで隠す細やかさも評価したい。
しかも、しかもだ。
ロゼの足に合ったはずの鉄の足輪が、なんということでしょう、外れているではありませんか。
「……あの子に着いていた足輪はどうしたんだ?」
「簡単な魔導錠でしたので、こじ開けました」
薄目で笑う店員。怖っ!
「……まさかとは思いますが、いらぬ配慮でしたか?」
「いや。実は鍵が無くて困っていたんだよ。ありがとう」
「そうですか。美しい乙女が美しく着飾るのはもはや義務ともいうべきことですからね。私は私のコーディネートの邪魔になるものを排除したまでですので、お気になさらず」
「いや、本当に助かった……いくらくらいかかる?」
「サービスのうちですよ」
微笑む店員さんは最高にクールだった。
「おーい、ロゼばっか見とらんで妾も見るのじゃ!」
おう、最初の一言褒めただけでトリップしちゃってたリフィか。
「はいはい、リフィちゃんはちょっと待ってね」
「……おい、アキトよ。妾の扱いがいきなりぞんざいになっとらんか。……くっ、やはり胸か、胸なのか!」
いや、もっと根本的な色気かな。あと、変態性?
「こうなったらもう、あれじゃな。踊り子衣装とか着るしかないのじゃ! セクシー悩殺!」
「お前が着てもお遊戯会にしかならねぇだろ、それ……」
「ぐぬぬ、じゃあ次! 次なのじゃ!」
カーテンの向こうに引っ込むリフィ。二セット目の用意をしてるんだろう。
まあでも、リフィの服もお世辞抜きで可愛らしかった。見た目は本当に天使のようという表現がぴったりだからな。流れる黄金のような髪と、エメラルドの大きな瞳は、まさに美の集約といってもいい。惜しむらくは、中身が残念駄女神だということだ……。
ロゼはと言うと、まだ恥ずかしそうにこちらを向いている。なんかもう、どうしていいか分からないといった感じだ。まあ、こんなお店で服を試着すること自体、初めてなんだろうから無理も無いか。
でも、なんだか幸せそうではあるので俺としても嬉しい。
「ロゼも次の服に着替えておいで。楽しみに待ってるから」
「は、はいっ」
犬耳をぴこぴこさせながら、彼女もカーテンを閉めた。
「……さっきのロゼの服、七分丈のパンツを合わせても良さそうだな」
「わかりますか。あの子は本当に逸材ですよ……どんな組み合わせだろうと似合うだろうと確信させるような素晴らしいポテンシャルを秘めている……」
それからしばらく、店員さんと服飾界の未来について熱く語り合った。
そして、彼女の選んだ服はどれも素晴らしかったことを明記しておく。




